・森の園ミズガルズ - なして? -
その晩――
「あ、ども……」
「帰れ」
「え、なして……?」
「その姿は犯罪だ。帰れ、すぐに帰れ」
「妻ですよ……?」
「薬の効果が切れてからまたこい……。それはダメだ……」
「でも、中身は、妻ですよ……? 一応?」
「はぁ……っ。若返りの薬なんて、作るんじゃなかった……」
その晩起きたことを詳しく説明する気はない。
どうしても帰ろうとしないお子様をベッドに引きずり込んで、抱き枕代わりにしてしばらく目を閉じれば、俺の意識は夢の中だった。
獣欲? そんなものここにはない。
・
ミズガルズ開校より半月が経ったある日、事件が起きた。
夜に特別棟に何者かが忍び込み、実習室と教室に火を放った。
都市長がその報を届けてくれた。
その時の都市長の姿は見ていられないほどで胸が痛んだ。
ミズガルズは都市長の新しい夢だ。
その夢に火を放った愚か者に、怒りを覚えない者はこの家にいなかった。
「都市長、今日はスレイ義兄さんに仕事を全て押し付けて休むといい」
「ですが私は、犯人を探しと、設備の再手配を……」
「それも義兄さんにやらせればいい。シェラハ、メープル、都市長をこの家から出すな」
「おけ……」
「休むいい機会じゃない。あたし、今日はシナモンのクッキーを焼くわ!」
「俺はあちらの様子を見てくる。何かわかったら報告する、その時は相談に乗ってくれ」
錬金術師としての仕事を投げ捨てて、俺は転移魔法を用いて居間から姿を消した。
家族は乱用をとがめるが、今は非常時だった。
「お前がやったんだろっ、アルデバラン!!」
「だから、俺はやっていないと言っているだろう!」
特別棟の前に飛んでみると酷い有様だ。
せっかく職人たちが意匠を込めてくれたというのに、ガラス窓の約半数が出火の熱で割れてしまっていた。
建物の外には生徒がまだ残っており、ガルツランド出身のアルデバランが放火魔扱いされていた。
「スクルズ、状況は?」
「父ぃぃーっ!! 大変じゃっっ、放火じゃっ、火祭りじゃっ、わしらの教科書が全部燃えてしまったのじゃーっ!」
「ウルド、状況は?」
「きてくれたんだ、お父さん……。みんな、凄くショックを受けてる……。大切なものを燃やされちゃったって」
この半月、ミズガルズは素晴らしいムードだった。
向上心と未来への希望にあふれた理想の学校にすら見えた。
それが今、焼かれてしまった。
怒りの感情が生徒たちの胸にあふれていた。
その場に残っていた教師たちまでもが、アルデバランを内心疑っているようだった。
「ユリウス先生、アルデバランはやっていません」
「アデルの言う通りだぜ。あいつは性格ねじくれてるけどよ、自分の教室に放火するほどバカじゃねぇって! なぁ、お義父さん、叔父貴の顔を立てると思って――」
だがアルデバランをかばう者もいた。
アデルとモゲミア、それにタラが彼を擁護してくれた。
「入学式だって、ガルツランドの連中が暗殺者を送りつけてきたんじゃないか!」
「おいモゲミア、冗談はその揉み上げだけにしとけよ!」
「ガルツランド人のコイツ以外に、他に誰がこんなことするんだよっ!」
アルデバランは怒りのあまりに、身を震わせながら息を荒げた。
本当に犯人だったらもっとふてぶてしい態度になったり、あるいは反対にうろたえるだろう。
多くの者が冷静さを欠いていた。
「証拠はあるのか?」
「ねぇっスよ、そんなもん! こいつらは難癖付けてるだけっスよ、お義父さん!」
「モゲミア。サンディに手を出したら次元の狭間に突き落とすと言ったはずだが?」
「なら青髪が綺麗なスクルズちゃ――」
「それ以上言ったら、酒臭いファルク王のところにお前を突き返すぞ」
「とにかく証拠はねーんだって! 叔父貴とモンスターカクテルにかけて言ってもいい!」
いやお前、未成年だろ……。
他の学生に睨まれようとも、モゲミアは友人のアルデバランをかばっている。
いいやつだった。
「ユリウス先生、貴方だって冤罪を着せられた過去があるはずだ。ツワイクのアリ将軍に、戦犯にされかけた。そうでしょう?」
アデルも同様だ。
タラとイェンもやってきて、見るかに素行の悪いアルデバランをかばった。
半月のうちに親しくなったようだ。
「父の首をかけてかまいませんわ」
「いや、そういう冗談を言われても返し辛い……」
「あら、取れとおっしゃるなら取ってきますわ」
「あれでもお前の父親だろう……。俺はゲフェン王が気の毒になってきたぞ……」
憤慨していたアルデバランは次第に落ち着いていった。
立場を犠牲にしてまで守ってくれる友人に、心動かされていなければ嘘だ。
「真犯人を見つけなよ。そしたら、父を殺した罪を赦してあげるよ」
「悪くない条件だ」
生徒たちは多数派と少数派で対立した。
それでもタラたちは引かなかった。
「パパ、うちらもアルデバランくんを信じる!」
「放火をする顔じゃないからのぅ。彼ならもっとこう、チンピラ臭いことをするはずじゃ!」
「わ、私も、やってないと思う……。この前転んだとき、助けてくれたよ……」
あまり娘に近づけたいタイプではないが、俺も犯人と断言するには根拠も動機もないと思う。
「わかった、では一週間の休校とする。その間に俺たちの手で、真犯人を見つけ出す。アルデバランの身柄はうちの家で預かろう」
抗議や不安視の言葉が沸き起こったが、信頼を犠牲にしようともここは押し切った。
面接官メープルが通したんだ。悪党のはずがない。
「俺の脇が甘かったせいだ……。すまない、ユリウス先生……」
「実は少し疑っていた」
「だが信じてくれた……。ありがとう、先生……」
「アデルが言っただろ、俺には冤罪を着せられた過去がある。さあ、みんな調査を手伝ってくれ」
シェラハたちの許可は取っていないが、アルデバランはうちで預かりたい。
担任の先生に頼み、容疑者であるアルデバランをうちの家へと護送するように依頼した。
それが済むと俺たちは煤まみれになった特別棟に入った。
これから証拠を探し、分析をしよう。
あんなに熱心に俺の授業を受けてくれる彼が、教室を焼くだなんてあり得ない。




