・森の園ミズガルズ - ただの通りすがりの、隠し子 -
琥珀色の夕日がオアシスを照らす頃、やっと今日の納品が終わった。
商館のラウリィたちが品物を梱包し、その部下たちがラクダ車を引いて、工房を出てゆくのを目で追った。
ラウリィはここに残った。
「あの、よろしければ肩でもお揉みしましょうか……?」
「ラウリィこそ疲れているだろう」
「いいんです! で、では、お揉みしますね……」
「なら後で俺も――」
「い、いえっ、それは結構です……っっ!」
褐色の肌をした小柄な彼は、こう見えて30歳を超えている。
そんな彼に肩を揉まれながら、風に揺れる湖水をただ静かに眺めた。
「あの……学校はどうでしたか……?」
「順調だ。みんな熱心に授業を受けてくれた」
「それはよかったですねっ」
「ああ、一安心だ。かなりいい滑り出しになっていると思う」
「僕もユリウス様の授業を受けられたらよかったんですけど……。あいにく、仕事が」
「お互い忙しいからな。俺ももっと、毎日あいつらに魔法を教えてやりたい」
足音が聞こえてきて、ラウリィが背中から離れた。
足音の正体はシェラハだった。
「ユリウス、お客様よ」
「客……? おおっ、お前たちかっ!」
シェラハは美しい人だが、夕日を背にするとまるで暁の女神のように見える。
そんなシェラハの背後に、今日はミズガルズの生徒が3名いた。
タラ、アベル、それに俺を鋭い目で睨んでいたもう1人、アルデバランという大柄な青年だった。
「ユリウス先生、教えてもらいたいことがあるのだが」
若者にしては低い声で、アルデバランは前に出た。
向かい合ってみると、その背丈は俺と同じくらいあった。
「もちろんいいぞ、むしろ待っていた。そうだ、シェラハ!」
「ええ、言わなくてもわかっているわ。エヴァンスと一緒に、夕飯のおかずを増やしておくわ」
俺の考えることなんてシェラハはお見通しだった。
シェラハは大きな胸を揺らして舞い踊り、自宅の方に軽やかな足取りで駆けていった。
オドのタラは憧れるような目でシェラハの後ろ姿を目で追っていた。
「何を知りたい?」
「お前のようになる方法を知りたい」
アルデバランはガルツランドの出身だ。
あの教皇の息がかかっているかもしれないと、既に都市長に警告されている。
彼の態度はあまりよくない。
だが向上心は本物だ。
「光栄だ、喜んで手を貸そう。それで、タラとアデルは?」
「あたいも基礎を。つい先日まで、自分に魔法の才能があるなんて知らなかったので」
「私は魔力の増幅と維持のコツが知りたいです」
「わかった、日が暮れる前に早速始めよう」
つい笑みがこぼれてしまった。
なんて若々しくて貪欲な向上心なのだろうか。
俺は生徒たちをオアシスの前に連れて行き、お手本を見せた。
彼らは一挙一動を注視してくれた。
言葉の1つ1つを真面目に受け止め、理解しようと努力してくれた。
だからこそ俺だって、わかりやすく伝わるように工夫する張り合いがあった。
「あ、ども……ユリウスの隠し子です……」
「か、隠し子だとっ!? む……その姿、どこかで、見たような気が……」
しかしそこに、我が家のトラブルメーカーが乱入してきた。
「私も見覚えがあるような……。あの、どこかで会いましたでしょうか……?」
「ふ……私は、ただの通りすがりの、隠し子……」
そういえば以前、メープルが面接官の仕事を任されてたと言っていた。
幼少期に若返ってはいるが、見覚えがあってもおかしくない。
「俺の子供にお前のようなやつはいないな」
「そんな……さっきは、あんなにお楽しみだったのに……」
「おい、その冗談はシャレになっていないぞ……」
「アレ、癖になっちゃった……。もっと、して……?」
タラが蔑みの目で俺を見ている……。
アルデバランはニヤニヤと笑い、アデルはメープルを怪しんでいた。
「この、人を徹底的におちょくり倒す感じ……やっぱり、どこかで覚えが……」
「むぅ、なんだか俺も、無性にイライラとしてきたぞ……」
面接官メープルか。
想像するだけでも恐ろしい……。
彼ら試験組のストレスは、想像するに難くない。
さぞや混乱させられたことだろう。
「シェラハとエヴァンスが厨房に入っている。今夜は席が増える、手伝ってやってくれ」
「あ、そっちも楽しそ……。わかった、姉さんのおっぱい、揉んでくる……!」
「も、揉むぅっっ?!!」
「若者の集中をひっかき回すな。後で散歩でもなんでも付き合うから、早く行け……!」
「ぁ……。アレ、またしてくれる……? グリグリ……」
深いため息を吐いて見せると、メープルは幸せいっぱいに俺の苦悩を喜び、去っていった。
「すまん……あれはああいう災害みたいなものだと思ってくれ……」
夕飯の香りを嗅ぎながら、3人の生徒たちに魔法の基礎を教えた。
ハプニングはあったが、集中をすると時間が融けていった。
彼らは生徒の中でも特に優秀だったが、中でもアデルの才能が飛び抜けているように感じられた。
だが褒めたりはしない。
褒め言葉が成長の妨げになることは避けたい。
やがて日が沈み、途端に肌寒くなった。
「おお、おぬしらよくきたのぅ!」
「い、いらっしゃい……。ご飯、できたよ……?」
彼らの同級生でもあるスクルズとウルドがやってきて、あらためて夕飯にご招待した。
タラの父親は俺が殺している。
幸せな家庭の食卓が彼女の怒りを買いはしないか、やや心配になった。
だがそれは杞憂で、うちの娘たちと打ち解けていた彼女は、皮肉屋の口元を微笑ませていた。
「あたいはね、チャンスがあればアンタの父親を刺そうと思ってたんだ」
「えっ、パパをっ!?」
「うむうむ、父は刺されてもしょうがないことを山ほどやっとるからのぅ!」
「で、でも、お父さんが刺されるのは、困るよ……」
「そうさね、友達は泣かせられないね」
許してくれたのかどうかはわからない。
だがタラもアデルも、体格だけは大人に見えるアルデバランも、暖かな食卓をとても羨ましそうに見ていた。
「今帰ったよ、おお、タラじゃないか! ボクに会いに来てくれたのかい!?」
「タラに迷惑だぞ、グライオフェン教官」
グラフを面接官にする予定もあったそうだ。
メープルか、女好きのグラフか。
もっとマシな候補者はいなかったのかと、困惑せざるを得ない。




