・森の園ミズガルズ - 小さいっていいね…… -
ユリウス・カサエルの授業には、他の教師にはない強い熱意があった。
今や事実上の世界の盟主と呼んでも差し支えのないシャンバラ、そのナンバー2の地位にあるというのに、彼は驕らず、強い熱意を込めて魔法の基礎を私たちに教えてくれた。
ちやほやとした雰囲気はすぐに吹き飛んだ。
クラスメイトたちは彼から少しでも何かを学ぼうと、熱心に黒板と、手のひらで生み出される魔法を見上げていた。
高度な魔法を身に付けて人生を変えたい。
その願いは、私だけのものではなかった。
ここにいる誰もが私のライバルだった。
ユリウスを睨んでいたクラスメイト、アルデバランという名の青年も、勉学においては非常に真摯だった。
鐘が鳴り、休憩時間が訪れるその時まで、誰もが時間を忘れて打ち込んでいた。
「すまん、もうこんな時間か……」
鐘が鳴ると、ユリウス先生は授業の終わりを惜しんだ。
まだ教え足りないという顔だった。
私たちも彼の授業を、このままで昼休みまでぶっ通しで受けたい気分になっていた。
「何か質問があれば、行政区にあるうちの錬金術工房まで訪ねてきてくれ。遠慮はいらない。いや、だが――」
「あら、なーに、パパ?」
ユリウス先生が娘のウェルサンディを確認して、やけに重々しく私たちを見回した。
「だがこれだけは覚えておいてくれ。サンディに手を出した男は、退学処分とする。すまんがわかってくれ」
「もぉーっっ!! せっかくいい雰囲気だったのに、ちっちゃいこと言わないでよ!!」
「俺は本気だ」
「恥ずかしいから止めてって言ってるのーっ! それにうちは、渋いおじさまが好きなのっ!」
「サンディ、ちょっとこっちにこい……」
娘と一緒にユリウス先生は教室を出て行った。
ウェルサンディの明るい笑顔と、大胆なスキンシップに憧れを覚える男子は多く、彼女の意外な好みに衝撃を受けていたようだった。
ユリウス先生を睨んでいた生徒アルデバランは、やはり彼が気に入らないのか鋭い目でそれを見送っていた。
そのアルデバランと、私は目が合った。
「なんだ、準主席」
「なんでもありません」
「なんでもないって顔ではないだろ。タラとお前は、ずいぶんとあの男が気に入らないみたいだな?」
「ええ、ですが勉学には関係のないことです」
アルデバランは大柄な青年だ。
グレーの髪と浅黒い肌は、サンディたち砂漠エルフに雰囲気が少し似ていた。
「やつに何をされた?」
「何も」
何もされていない。
何もされてないのに、ただ逆恨みをしているだけ……。
逆恨みを口にしても、恥となるだけだ。
「アイツ、いつでも訪ねてこいって言ってたな。そうだ、何か嫌がらせしてやるか」
「退学にされても知りませんよ」
「……それは困る」
「なら止めましょう」
「だったら、本当に工房に押し掛けて……。仕事の邪魔をしてやるというのはどうだ?」
アルデバラン。やや素行の悪そうな男。
彼となれ合う予定はなかった。
「あれはリップサービスではなく、本気で言っているように見えました」
「どっちにしろ仕事の邪魔はできるだろ。付き合えよ、準主席」
「アデルです」
ふと隣を見れば、オドのタラが私と肩を並べて立っていた。
自分も加わる。そういった顔だった。
・
・錬金術師
「おかえり……」
「ああ、ただい――んなぁっっ?!」
ミズガルズから家の軒先に帰ると、少女に姿を変えたメープルが胸に飛び込んできた。
彼女はフリルがふんだんに使われた、桃色のドレスをまとっていた。
愛らしい……。
シェラハが溺愛するのも当然の愛らしさだった……。
「どやー……かわいいでしょ……?」
「またあの薬を飲んだのか……。お、おい……っ?」
「小さいって、いいね……」
人に抱き付き、よじ登り、その首にまたがる。
孤児院時代の子供たちを思い出すような挙動だった。
「降りろ……」
「へへへ、嬉しいくせに……。んっ、当たってる……」
「降りろと言っている!」
「オアシス、一周回って……? そしたら、解放したげる……」
オアシスの一周は結構な距離だ。
普通に歩いても30分以上を労することになるだろう。
「……今日だけだぞ」
「え、いいの……? 嫌がらせのつもりだったのに……ラッキー……」
「ああ、今日は特別だ。散歩に行くとしよう」
孤児院時代の妹たちは、今もツワイクで無事にやっているのだろうか。
俺は羽根のように軽いメープルを肩車にしたまま、オアシスの外周を気ままに歩いた。
「ん……っ、なんか、癖になる感覚……かも……」
「その姿で言われても全く響かないな」
「そんなこと言わないで、獣欲に身を任せよ……?」
「その姿、その愛らしい格好では、庇護の対象にしかならんな」
「そんな……旦那がロリコンじゃないだなんて、ショック……」
「突っ込まないぞ」
子供の頃は、孤児院の妹たちとよくこうした。
授業も上手くいって機嫌がよかった俺は、ときおり変な声を上げるお子さまと長い散歩を楽しんだ。




