・森の園ミズガルズ - アデルの生活 -
・新入生アデル
妙にモミアゲの長い、特徴的な容姿をした人とルームメイトになった。
「俺はモゲミアだ、よろしくな兄ちゃん!」
「あ、はい……。私は――」
「アデル・ブラウンだろ! お前、魔法科の入学試験で準主席だったんだってなぁ!」
「え、そうだったんですか……?」
「知らなかったのかよ。ちなみに一番は誰か知りぇか? 知りてぇよなぁ~?」
「ええ、まあ……」
その必要があるとは思えないけど、モゲミアに肩を抱かれた。
私は魔法科で、彼は一般学科だ。
別の学科同士がクラスメイトになるように、部屋が割り振られているようだった。
「ウェルサンディちゃんだよ、ウェルサンディちゃんが1番だ……」
「それって、ユリウス・カサエルの娘の……?」
「そう! お母さんのシェラハゾさんもたまんねぇなっ、なぁっ!? あの、おっぱ――」
「下品な話は嫌いです」
「はぁっ!? つっまんねぇ~~っ! 隠すなよっ、男なら興奮して当然だろあれはよぉっ!?」
モゲミアと私は性格がまるで合わなかった。
私はそういう話が嫌いだ。
私を虐げていたやつらが、そういう話をよく好んだからだ。
「その夫のユリウス・カサエル、始業式に現れませんでしたね」
「あ? あんなおっさんどうでもいいだろ?」
この男、清々しいほどに女性しか見ていない……。
「いや、魔法科の生徒としては、魔法科の発足にユリウス・カサエルが強い影響を――」
「だからどうでもいいだろ、男はよっ。それよりも女子の話をしようぜー、アデルゥ~!」
慣れ慣れしい男だ……。
「でしたらオドのタラ。彼女はいいライバルになりそうですね」
タラは鋭い雰囲気の女子生徒で、魔法科のクラスメイトだ。
なぜだか上手く言えないけれど、彼女には私なりの親近感があった。
「ああいう女は嫌いだ」
「なんでですか?」
「だってよぉ~、噛みつかれそうだろぉ~!?」
「女性には興味ないです」
「な、何ぃぃーっっ?!」
女子とか恋愛なんてどうでもいいと答えたつもりなのに、あの面接官と同じように勘違いをされた。
まさか彼女がユリウス・カサエルのもう1人の伴侶、メープル・カサエルだったなんて。
あんな女性を隣に置いて、ユリウス・カサエルは日々平穏に暮らせるのだろうか……。
はなはだ疑問だ……。
「そういう意味ではないです」
「へ、へぇ~、よかったぜ……。毎日、尻をがっちりガードして暮らすことになるかと思ったぜ、へ、へへ……っ、ああよかったぁ……」
「はぁ……っ」
「俺はウェルサンディちゃん狙いだ! お互い助け合って行こうぜ!」
「はい、ルームメイトとして助け合いましょう」
「お前の本命は……そうだなぁ~?」
入学するなり本命も何もない。
私は基礎教養を身に付けて、恩人であるアリ様の願いを叶えたい。
なんでもいいから、ユリウス・カサエルを越えたい。あっと驚かせたい。アリ尼に褒めてもらいたい。
「ユリウスさんの授業なら、3日後の午後だぜ」
「モゲミア。……なぜ、その話を急に私に?」
「お前のさっきの顔付きでピンときたんだ。そうか、お前あのおっさん狙いかっ、がんばれよーっ!」
「もう寝ます、もう話しかけないで下さい……」
「なんでだよぉ~! 叔父貴たちと別れて俺寂しいんだよぉ~っ、もっと話そうぜ、アデルゥ~!」
ルームメイトのモゲミアは、互いの気質の違いから極めて付き合いがたい男だった……。
後から知ったことだが、こんなお調子者がファルク王国の王族だなんて信じられない……。
そうだと言われても、まるで実感がわかない軽薄さだった。
・
白百合のグライオフェン。彼女もまたユリウスの伴侶だ。
彼女の授業は女子の黄色い悲鳴が絶えなかった。
しかし弓を放てば百発百中。
軍略への理解も深く、尊敬に値する女性だった。
「さあ、僕の手ほどきを受けたい子猫ちゃんはいるかな……?」
「はいはいはいはいはいーっ、俺受けたいです、グライオフェン先生!!」
「ふっ、第一期生は恥ずかしがりが多いな……」
「いますいますっ、このモゲミアに大人の手解きをしてくれよぉっ!」
問題があるとすれば、男子が挙手をしても無視を決め込むところだった。
グライオフェン先生は、男子など眼中になかった。
・
その日の午後、ついにユリウス・カサエルとの対面の時がやってきた。
私と父を破滅させた男。
逆恨みとはいえ、会うとなるとどんな態度を取ればいいのかわからなかった。
さっきの授業は野外で一般科と合同、今回の授業は魔法科の教室で行われる。
満足に腹に入らない昼食を終えると、緊張しながら授業の時間を待った。
「肩の力抜きなよ。そんな状態じゃ、夕方までもたないよ」
「タラさん……。ありがとうございます」
「アンタ、あの男に何をされたんだい?」
「え、ユリウス様に、ですか……? いえ、私のはただの、ただの逆恨みで……」
「はっ、そりゃ気が合うねぇ。世間のやつらはみんな、あの男を英雄と言うけれど、内心穏やかじゃないよねぇ……」
「タラ、さん……? ぁ……」
タラは私の肩に手を置いて、言いたいことだけ言って席に戻っていった。
この学校に集まる人たちは、みんなユリウスに心酔しているのかと思っていたから、彼女の言葉はとても意外だった。
少しぼんやりしていると、教室の扉が鳴った。
教室のみんなが私語を止めた。
彼を敬愛する者は姿勢を正し、タラは挑発的に悪態混じりの姿勢に変えた。
ウェルサンディ姫は父親の登場が誇らしそうだった。
「遅くなった。俺は錬金術師のユリウス・カサエルだ。錬金術と転移魔法が専門だ。不定期だが、どうかこれからよろしく頼む」
「パパッ、がんばって!」
「サンディ……。学校ではユリウス先生と呼べ……。いや、すまん」
教室が笑いで包まれた。
タラは笑っていなかった。
それともう1人、笑っていない生徒が混じっていた。
ユリウスは英雄だ。
だが彼を快く思っていない者が少なくともここに3名いた。




