・退職金代わりに古巣から本を盗もう 1/2
「そろそろ行くよ。それと今さらかもしれないけど、育ててくれて感謝してる。ありがとう」
「ほとぼりが冷めたらまたおいで。がんばるんだよ、ユーリ」
「ああ。国の連中が俺のことを忘れた頃にまた来るよ」
院長のベッドを借りて夜まで休むと、別れを告げて夜の王都に出た。
何も考えずにシャンバラから飛んできたが、今思うと魔術師のローブに着替えておくべきだった。
白と金糸のトーガとマントはツワイクでは肌寒く、夜間の隠密性能は皆無だ。
豊かな王都には酔客が集まり、羽振りのいい冒険者たちや職人が下町を闊歩していた。
「なんだ兄ちゃん、ガイジンかと思ったらツワイク人じゃねーか」
「そうだけど……この格好、やっぱ目立つよな?」
歩いていると冒険者風の飲んだくれに声をかけられた。
酒臭いってことは、それなりに稼いでいる証拠だ。
「ったりめーだろ。けどぉ、羽振りよさそうだなぁ……1杯奢ってくれよぉ……?」
「いいぞ、代わりに教えてくれ。最近のポーションはどうだ?」
「ああ……そのことな。頭痛の種だよ、まったくよ……」
「何か問題でもあるのか?」
「あるに決まってる! やつら、薄めてやがる……」
「薄める……。まさか、ポーションをか……?」
続きを聞き出したくて、酒を売っている出店に小さな銀貨を置いた。
飲んだくれはそれでウィスキーを注文して、立ち飲みのカウンターで強い酒をあおった。
「そうとしか考えられねーよ。少しずつ効果が落ちていって、今じゃちょっと前の6割くらいしか回復しねぇ。やり方があこぎ過ぎるだろ……」
「バカだろ、あの工場長……」
「あ? おめーポーション工場のクソ野郎と知り合いか?」
「ちょっと昔な」
これはいいことを聞いた。ツワイクの市場は今、隙だらけだ。
粗悪化した国産ポーションのライバルとして、こちらがポーションを流してやれば、案外あっさりと市場を食いつぶせるかもしれない。
「そういや、ポーション工場にスパイが入って、工員が1人消えたって聞いたな……。ふーん、異国の格好をしたツワイク人な……?」
「そろそろ失礼するよ」
「ま、がんばりな」
「そのつもりだ。……いつになるかはわからないが、もっと質の良いポーションが異国から流れてくるかもな」
「マジか……?」
「さあな」
俺は下町を離れて、都心にそびえる城壁の前まで移動した。
城の警備はそれなりに厳しい。この国の富を狙う連中が後を絶たないからだ。
しかし味方の魔術師には脆弱だ。
まずはお得意の亜空間転移で、城内の学術区画に忍び込んだ。
俺たち魔術師には城壁などなんの意味もなさない。
いともたやすく王立図書館への潜入に成功していた。
「……ッッ?!」
ただ予定外もあった……。
念のため転移を使わずに建物に入ると、こんな夜中だというのに師匠の姿がそこにあった。
俺は本棚の陰に身を隠し、俺を魔術師にしてくれた男の様子をうかがった。
師匠は宮廷に仕える全ての魔術師の長だ。
しかし身だしなみにはあまり興味のない男で、だらしなく足を組んで肘を突き、酒と干し肉をかじりながら本を見下ろしていた。
「不味っ……カビ生えてねーだろな、これ。しょうがね、後でまた厨房行くかぁ……」
師匠は独り言が多く、かつ魔力の反応に敏感だ。
そこで俺は図書館の地をはって、貴重本書庫を目指すことにした。
「おい、何やってんだ、コイツ……!」
「――ッ!?」
はいつくばったまま師匠の様子をうかがうと、本にブツブツと文句を言っていた……。
焦った……。さすがの師匠も、国を裏切ったバカ弟子が今、ほんのすぐそこの床にへばり付いているとは思うまい。
「はぁぁぁ……っ。なんでアレがいるんだよ……っ」
ともあれ書庫の潜入に成功した。
俺は孤児院から買い取ったバッグに、手当たり次第に錬金術関連の本を詰めていった。
師匠さえいなければ、あちら側にあるはずの、錬金術の初歩をレクチャーした本も盗めたというのに……。
膨大な希書の中から、必要な物をかき集めるのには時間がかかった。
10分ほど作業すると、バッグに20冊ほどが集まった。
そろそろ潮時だ。図書館の冷たい床が恋しくなってきたので、俺は再び地をはって図書館を抜け出した。
「ふぅ……。師匠を相手にするのだけはお断りだからな……」
亜空間を開き、帰国の際に寄ったあの高台へと転移を行うことにした。
直接シャンバラまで飛べば、痕跡をたどられる可能性もあったからだ。
「ん……おかしいな」
ところが転送先が少し狂っていた。
ここは高台ではない。暗闇でよく見えなかったが、どうやら郊外の草原地帯だった。
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