・ネズミだと思ったら……
材料が尽きたので、俺はカビ臭い保管庫を訪れた。
やはりネズミがいるようだ。人気はないが、俺が入室するなり微かな物音が聞こえた。
「ネズミの方が、人間様より良い生活してるんじゃないかな……」
ここのネズミは都市に住み着き、人から食べ物を盗むという進化をとげた生き物だ。言わば生まれながらの盗賊だ。
だからと言ってそれが悪かと言えば、きっとそうではないのだろう。
栄えた街道に盗賊が根付くように、生きるすべがそこに存在するからこそ、ネズミも盗賊もその地を荒らす。
「おいおい、勘弁してくれよ……」
しかしずいぶんとデカいネズミがいるようだ。
奥にある棚の1つがガタガタと揺れている。
ここでネズミを見逃したら、管理不行き届きとして、また責任をおっかぶされかねない。
ネズミは善でも悪でもないが、俺の仕事を妨害するお邪魔虫だ。可哀想だが消すしかない。
「悪く思うなよ、ネズミちゃん」
盗賊もネズミも、人の物をかすめ取る生き方を選んだ以上は恨みっこなしだ。
俺は片手で小さな亜空間を開いて、もう片手で棚を開いた。
「ちゅーちゅー……」
ところがそこにネズミはいなかった。
ネズミよりも遙かにでっかい女の子が、狭い棚の中になぜか住み着いていた。
「……へ?」
肌は健康的な褐色で、人間にしてはやけに長い耳が左右に伸びていて、おまけに――
「パラライズ……!」
「グハァッッ?!!」
抱き抱えていた銀の杖をこちらに突き付けて、不意打ちの麻痺魔法を俺に放っていた。
何が起きたのかわからない。
このエリート魔術師ユリウスを一撃で麻痺させるなんて、この小娘はただ者ではない。
断じて、3年間のブランクに戦いの牙を抜かれたわけではない。
「たあいない……。またつまらぬ者を、ピリピリさせて、しまった……」
「つま、ら……て、め……」
小さな彼女は俺を麻痺させるなり、どこから取り出したのやら大きな麻袋を開いた。
「あ、姉さん、ほら、大成功……。見た目通り、ちょろかった……」
「ぐ、ぬ……」
そこに姉さんと呼ばれる女がやってきた。
2人は俺を麻袋へと押し込む。それはもう軽々と俺は梱包されてしまっていた。
「こっちも一通り確保出来たわ、撤収しましょ。隠密の術をお願い」
「かしこまり」
……え? これって、あれっ? まさかこれって……拉致、拉致なのか!?
実行犯がのほほんとしているので、実感が持てなかったけれど、状況的にこれは拉致だよなっ!?
「だ、へ……や、め……」
「拉致って……本当に、いいものですね……」
「バカなこと言ってないで急ぎましょ」
麻袋に入れられた俺は、軽々と台車に乗せられて外へと運ばれた。
それから馬車か何かに移されて――
やがて麻痺が解けた頃には、既に国境の外に運ばれていたようだった……。
・
麻痺が解けてからはすぐに動かずに様子をうかがった。
姉の方が御者となり、妹の方が暗い馬車の中で俺を監視している。
「姉さん。意外と、異常耐性、高い……」
「あら、もう解けたの?」
「そうみたい……」
「ふふ、あたしたちがターゲットに選んだだけのことはあるわね」
ところがすぐに見破られていた……。
まずい。麻の繊維というのは粗いが強靱で、それに詰められては抜け出す方法がない。
得意の亜空間を開いて逃げようにも、俺をターゲットに選んだだけあって対策されてしまっているようだった。
「それにしても不思議ね。あの国の人はなんでこれほどの人材を、あんな微妙な現場になんか配置していたのかしら……」
「そうだね……。あ、それより、どうする、コレ……?」
コレとかゆーな。
どうものん気なので自信がなくなってきたが、こいつらは拉致の実行犯のはずだ。
しかしどうもわからんのだが、彼女たちから敵意や悪意を全くと言って感じられない。
今すぐパラライズの魔法をかけ直せばいいのに、彼女たちは平然としていた。
そろそろ俺も動けない振りを止めて、まずは抗議から始めてみよう。
「俺はエリートだぞっ、何が目的か知らんがここから出せ!!」
どうやっても計算上は出れないことくらいわかっていたが、それでも暴れてみた。
亜空間の扉も、炎の魔法も謎の力にキャンセルされていた。
「どうする、姉さん……?」
「そうね、馬車を止めるから制圧しておいて」
「りょー」
「え、ちょっと待てっ、制圧って何をする気――ウゴァッッ?!」
麻袋の中で暴れていると、腹に女が飛び乗った。
妹の方はやはり小柄で軽く、だが腹筋を絞めていない腹部には十分な破壊力だった。
「暴れない、騒がないと約束して……。でないと、私はマウントからの一方的な、暴行に出ます……」
「ゲホッゲホッ……こ、この野郎……。俺は超スーパーエリート宮廷魔術師なんだぞっ!!」
「違う。ただの、左遷された、惨めな男、ユリウス……」
「グハッ!?」
魔力をともなわない精神攻撃に、俺は抵抗のすべを失った……。
「今や、エリートとは、ほど遠い……。それでも、過去の栄光にすがるしかない、あなたの姿は……フ、フフ、素敵……。芸術的価値を感じるくらい、素敵……♪」
俺を拉致した小さい方は、俺に馬乗りになったまま、声を上擦らせて人の不幸に愉悦の声を上げた。
これはだいぶ、独特の感性をお持ちのようだ……。
「止めなさい、メイプル、そういうのは可哀想でしょ」
「だって……」
「だってじゃありません。人の不幸に興奮するなんて、そんなのはしたないですよ」
「違う……。私はただ、人の苦しそうな顔を見るのが、大好きなだけ……」
つまり、真性のサディストってことじゃね……?
俺はとんでもない相手に捕まってしまったようだ。
まさか趣味で拷問とか始めたりしないよな、この変な女……?
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