・第一期生 - ゲフェンのイェン -
ゲフェンで俺たちを待っていたのは、贅を尽くした宴会だった。
向こうの転移門に着くなり王の宮殿に招かれ、王と王にひれ伏す女官たちを目の当たりにした。
「おお、ウェルサンディ姫! ようこそ朕の宮殿に参った!」
「お久しぶり、王様! あれっきり頭ツルツルのままなのね!」
女官たちは震え上がった。
ゲフェン王は俺たちに対しては大らかだが、この国においては絶対的な君主だ。
「うむ、おかげさまで快適なものだ。水虫も治り、女官たちもユリウス殿に感謝しておる」
「さすがうちのパパでしょ!」
「うむうむ、ところでウェルサンディ姫や……」
「何、もったいぶって?」
「ますます美しくなったな。よければ朕の妻に――」
「ゲフェン王。国際問題にしたいなら、その言葉の続きを言うといい」
「ワハハハハッ、冗談だよ、ユリウス殿!」
「そうですか。ではここは一旦冗談ということにしておきましょう」
この国にサンディを連れて来たくなかった。
頭ツルツルの脂ぎったオヤジは、うちのサンディにまだ色目を使っていた。
「おお、それよりもちこう、ちこう寄れ! サンディとユリウス殿のために、最高の料理と酒を用意した!」
「パパ、がんばってね」
「ファルクのバカ騒ぎの次がこれか……」
遠慮したいがそうもいかない。
俺たちはゲフェン王の足下に用意された席に座った。
ここでは座布団と呼ばれるクッションがイス代わりだった。
「これほど近くに人を寄せて会食するのは、はて何年ぶりだろうか」
「あら、そうなの?」
「あまり近付けさせると、暗殺されてしまうからな! ハハハハッ!」
「ふふっ、王様の冗談は独特ね!」
きっとただの体験談だろう……。
俺たちはゲフェン料理に手を付けた。主賓はこの通りだが、料理の方は驚きの美味さだった。
エビを使った甘辛い料理や、揚げた肉と野菜を炒めた物、サンディが喜びそうな甘ったるいゼリーもあった。
「おい、ユリウス殿にお酌をしろ!」
「いや、勝手にやるからそういうのは……」
「イェン、何をやっている! 親の首をはねさせるぞ!」
勘弁してくれ……。
さすがのサンディも今のセリフにはドン引きだった。
俺の隣にイェンと呼ばれる髪の長い黒髪の少女がやってきて、酒を注ぎながら気の強い目で俺を値踏みした。
「どうぞご自分でご自分の首をはねて下さいまし、お父様」
「へ……っ?!」
「娘なのか……? たちの悪い冗談だ……」
イェンと呼ばれたその娘は、この国の王女だった。
癖のないまっすぐな髪を額と腰で切り揃えた、まるで人形のように美しい少女だった。
見たところの年齢は15歳くらいだろうか……?
「イェンは朕の11番目の子だ。性格は誰に似たのやら苛烈だが、いつか朕の首を取るかもしれない才女とも呼ばれている」
「ご希望なら今すぐ、その首を斬り落として差し上げますわ」
「わ、わぁぁ……」
どういう親子だ……。
宮廷を震え上がらせる修羅の子は、修羅ということなのか……?
「ウェルサンディ様、父が大変ご迷惑を」
「あ、それは大丈夫。あたし、王様みたいな渋いおじさん好きだから」
「……そ、そう、ですか? 汚らしい水虫のハゲ男かと存じますが」
「この通りの口の悪い娘でな、近くに置いておくと胃がキリキリと痛む……」
それは自業自得だろう。
「彼女をうちの学校に?」
「え、そうなの!?」
「うむ、女に勉学をさせる趣味はないのだが、イェンがどうしてもと言うのでな」
イェンに目を向けた。
彼女は苛烈な態度を解いて表情を消すと、ただ静かに頭をこちらに下げた。
「イェンさん、苦労してるのね……」
「ゲフェンはそういうお国柄ですので。どうかよろしくお願いします、サンディ様、ユリウス先生」
「ええ、よろしく!」
「よろしく、イェン。君のような人にチャンスを与えたくて始めたことだ。喜んで歓迎しよう」
ゲフェン王は眉をしかめていた。
『女に余計な知恵を付けさせる後が面倒だ』と言い出しそうな様子だった。
「王よ、俺としては彼女のような向上心のある人間を迎えたい。学びたいという女性が他にいたら、こちらに回してくれ」
「わかった、そうしよう」
その後はゲフェン王と並んで酒を交わした。
それも異例なことのようで、女官たちがギョロギョロとした目で俺を見ていた。
サンディとイェンが席を離れ、さすがに酔いが回ってクラクラとしてくると、王は人払いをさせた。
「ユリウス」
「なんだ、ゲフェン王?」
「もし朕が暗殺されても、次の王と仲良くしてやってくれ」
「それは構わないが……。アンタ、立場が危ういのか?」
「常に危うい。この国はこういう国だ。民は強者に支配されることに慣れ切っている。この国の者は、独裁者に支配されるのが好きなのだ」
「それは泣き言か?」
「ああ……朕はシャンバラが羨ましい。ファルクのような民と王が近い国に憧れる。ユリウス、朕のようにはなるな。どうか上手く、シャンバラを導くのだぞ……」
独裁者が独裁政治にうんざりしているだなんて、女官たちには絶対に聞かせられない話だ。
「そのための学校だ。イェン姫のことは任せてくれ」
「ありがとう、ユリウス。仰々しい歓迎しか出来ぬが、またいつでも来てくれ」
「サンディに色目を使うのを止めてくれたらな」
俺たちはゲフェン王国でイェン姫と出会った。
それから翌日、俺たちは次なる目的地に向かった。




