・錬金術師ユリウスの失敗 - 俺はユリウスだ…… -
目覚めるとそこにシェラハがいた。
俺に膝枕をしてくれて、ぼやける視界の向こうで俺を見下ろしていた。
「大丈夫……? もう、心配させないで……」
「すまん……」
その昔、このやさしさに俺はコロッとやられた。
人間不信になりかけていた当時の俺にとって、包み隠さないメープルと、慈愛にあふれるシェラハの姿はただそれだけで魅力的だった。
「んふふふっ♪」
ただ――ぼやける視界の向こうの、シェラハだと思っていた物体が、野太い声で笑いながら俺の額に手を置いた。
その手のひらはやわらかだったが、明らかに、女性の手の大きさではなかった……。
目の焦点が戻ると、慈愛の微笑みを浮かべながら、俺に膝枕をするカマカマ野郎の姿がそこにあった!
「うわっ、お、お前っ?! え……っ?!」
俺は二重に驚くことになった。
自分の声が妙に甲高くなっていたからだ。
「ええ、そうでしょうとも。あたしもビックリしたわぁ~。まさか、ユリウスちゃんがいたいけな青少年になっちゃうだなんて♪」
「嘘、その子……本当にユリウスなの……?」
「だから言ったじゃない、自分で自分の若返りの薬を試したって」
カマの膝から脱出し、立ち上がると視点がかがんだかのように低い。
シェラハは目を丸くしていて、いつもよりもずっと大きく感じられた。
「成功……いや、だが……この身体は……」
「んふふっ、若返り過ぎたみたいね。ほら触ってごらんなさい、お肌スベスベよぉ~っ♪」
顔面を抱えると、スベスベの感触に驚いて手を引っ込めることになった。
シェラハはまだ俺を疑っている。不思議そうに首を傾げてこちらに寄ってきた。
「ユリウスなの……?」
「だからそう言っている」
あの日、メープルと買った白と金糸のローブが証拠だ。
どこもかしこもぶかぶかで、視線を落とすと胸元がはだけていたので急ぎ整え直した。
「顔はユリウスにそっくりね……」
「信じてくれ、俺だ!」
「それは無理な話じゃないかしら。だって、まるで別人のようにかわいいんだものっ、んもうっ♪」
カマカマ野郎が人を抱きすくめようとしてきたので、蹴りで迎撃した。
「ああんっ……美少年に蹴られたわぁ……最高っ♪」
「シェラハ、まずはこの子供の教育によろしくない変質者にお帰りいただこう」
「ユリウスのまねをしているの? ふふっ、似ているわ」
「本物だと言っている!」
カーマスの目当ては若返り薬だ。
言われてそろそろお暇しようとでも考えたのか、瓶から薬を摘まんでいた。
「待て、それを使うのは俺の経過を見届けてからにしろ!」
「んふふふっ、若返って誰を誘惑しようかしらん……っ♪」
カーマスは鍛え上げたたくましいその身体で、あまりに力強いスキップで飛ぶように工房から消えていった。
「坊や、家はどこかしら?」
シェラハは俺が俺であることを信じてくれなかった。
俺より大きな身体で俺の手を引いて、工房から居間の方に俺を連れて行った。
「クッキーは好き?」
「まあまあ好きだ……」
「そう、ユリウスみたいなことを言うのね」
説明を諦めて俺は自分の考えに没頭した。
実験は成功だ。成功したのだが、家族が俺を信じてくれない。
このまま経過を観察し、自分がどうなるか様子を見よう。
魔力は落ちていないようだが、このままでは身体が小さ過ぎる。
「ただいま、ママ! あれ、その子誰?」
「父の隠し子かー?」
「えっっ?! お、お父さんは、う、浮気なんてしないよ……た、たぶん……」
ウルド、なぜそこでドモる……。
「父はモテるからのぅ~。で、そこの小僧、母は誰じゃ?」
「俺はお前の父親ユリウスだ」
「ワハハハハッッ、面白いやつじゃのぅ! 気に入ったっ、ワシの弟分にしてやるっ! ……本当に弟かもしれんがなっ!」
大人の身体だった頃は大らかに受け入れられたが、小さくなると我が娘ながらムカつくやつだ……。
「サンディ、俺だ、ユリウスだ……。お前なら俺を信じてくれるだろ……?」
「パパが若返るなんて悪夢よ! うちのパパはこんなお肌つるつるのショタっ子じゃないわ!」
「ウ、ウルド……」
「お父さん、なの……?」
ウルドだけが信じてくれた……。
だがローブの肩の部分がまたずれると、悲鳴を上げて顔をおおった。
「まっ、父でも隠し子でもどっちでもよかろうっ!」
「うち的には隠し子の方が面白そうで好きかも! 弟、欲しかったんだぁ!」
実験は今のところ大成功だ……。
早急な説得を諦めた俺は、シェラハが運んできた茶を口にして、シェラハが作ったクッキーをかじった。
「どう? ママのクッキー美味しいでしょ?」
「ああ、いつもより美味い」
子供の身体になると、甘さに対する感覚が鋭くなるのだろうか。
いつも美味しいクッキーは、少しずつ大切に食べたくなるほどに絶品だった。




