・学校を作ろう、建材編 - サボろー? -
・高慢知己
国境を越えた学校を作ろうというこの計画。いざ始まってみれば、異様なフットワークで物事が次々と決まっていった。
そこにはもちろん、前々から都市長が計画と根回しを進めていたことが大きな理由としてある。
だが皮肉なことに、あの『白の棺強奪事件』もまた、シャンバラ議会や有力者の説得に繋がった。
この計画には多額の国家予算を投入することになる。
それも一回限りではなく、毎年の予算も必要だ。
なぜ他国の子供を、シャンバラの金で教育してやらなければならないのだと、計画に反対する議員も多かった。
それがひっくり返った。
金で外国との融和が出来るものなら安いものだと、反対議員たちは手のひらを返した。
もちろん融和を拒むタカ派もいたが派閥としては小勢力だ。
そういった連中は、ずいぶんと昔の都市長とシェラハの父との対決で、シャンバラを出て行って久しかった。
そうして予算が確保されたのならば、その次は用地の確保だ。
土地の確保そのものは今のシャンバラからすればなんの苦労もない。
開拓不能だった砂の大地は、今は潤いのある樹海へと変わっている。
その樹海をちょっとだけ伐り拓いて、平坦に均しさえすればそれでよかった。
都市長曰く――
『各オアシスから労働者を集めることになりました。これで各地の雇用問題が改善し、経済と消費も刺激されます。我々政治家からすれば、あの森は天からの賜り物ですよ』
『木を伐ることに、もう少し抵抗があるのかと思っていたぞ』
『いくらなんでも多過ぎます』
『俺もそう思う』
これは誰でも参加出来る単純な労働、公共事業にもなって都合がいいそうだ。
材木を輸出するのもよし、建材として利用するのもよし。樹海は偉大なる女王からの賜り物だった。
そういったわけで用地の確保、整地は都市長たち政治家と労働者に任せよう。
俺には俺しか出来ないサポートをするべきだ。
そこで真っ先に思いついたのは『建材』だ。
新しい学校を作るのだから、新しい建材を発明したいと思い立った。
コンクル。あの万能建材だけで校舎を建てるのは、少し芸やおもむきがないのではないかと。
せっかくなのだから、何か面白いことをしたかった。
・
「邪魔だ……」
「へへ……嬉しいくせに……」
エルフとエルフを警戒する人々との融和がかかった巨大プロジェクトは、今1人のエルフにより著しい妨害の憂き目に遭っていた。
具体的に言うと、研究者は膝の上に乗られ、細い両手を首の後ろに回され、非常に窮屈でうっとうしい状態で、錬金術の希書を読むことになっていた。
「それは時と場合による。今は集中させ――痛っ?!」
「つねってみていい……?」
「それはやる前に聞いてくれ……」
「だって、ヤダって言われるし……」
「当たり前だ……」
犯人の名は語るまでもないだろう。
美しい銀髪と褐色の肌、挑発的な瞳の持ち主が、本に目を落とすこちらを見つめている。飽きたりはしないそうだった。
「何か思い付いた……? 新しい学校……ユリウスのひらめきにかかってる……」
「ならなぜ邪魔をする……」
「へへ……。だって、そんなに嫌そうじゃないし……」
メープルはふいに俺の手を取って、自分に触れさせた。
こっちは突然のことで跳ね上がりそうだった……。
「ひらめいた……?」
「ひらめくかっ!」
手を引っ込めて、本に戻し、ページをめくる。
メープルは何も言わず、ただこちらを見つめてやっと静かにしてくれた。
しばらくすると考えがまとまった。
本を閉じてテーブルにどかすと、何を勘違いしたのか胸に飛び込んできた。
いや、ただ障害物がなくなって、衝動任せにそうしただけなのかもしれないが……。
「大地の結晶、今安いんだっけ……?」
「ああ、シャンバラの緑化をする必要がなくなったからな」
「じゃ……今まで通りのが、材料費、安いんじゃない……?」
「それを言われると研究をする意味がなくなる」
大地の結晶は価値が暴落した。
このシャンバラが世界中から買い占めていたからだ。
砂漠を森に戻すには、大地の結晶が根幹素材として必要不可欠だった。
その需要が突然消えた。
今では大地の結晶の価値は、ピークと比較すると1割にまで落ちたと言われている。
「ねぇ、ユリウス……やっぱり、明日にしない……?」
「しない」
「子供たちも、姉さんも、しばらく帰ってこないよ……?」
「らしいな」
「だから……一緒に水浴びしない……?」
「し……しない……」
イスから立ち上がると、メープルを胸に張り付けたまま歩くことになった。
つにスケベ心に負けそうになりながらも、俺は気を強く持って錬金釜の前に立った。
「サボろー?」
「サボらない。離れろ、材料ごと釜に押し込むぞ」
「そんなこと言わないで、サボろ……? 一緒に、洗いっこしよ……?」
「なっ、何を言い出す……っ。こ、子供たちに聞かれたらどうする……っ!」
メープルがやっと降りてくれた。
何を考えているのかわからないが、釜の向かいに移って静かな微笑みを浮かべた。
「そういえば……ウルドにね。『お父さんの邪魔をしちゃダメだよ、お母さん』って言われてたんだった……」
「思い出すのがだいぶ遅かったようだな……」
「何すればいい……?」
「材料を取ってこよう。直感任せで頼む」
「え、レシピは……?」
「今回はレシピなしだ。先人のレシピを頼らずに、新しいコンセプトで新しい建材を作る」
「それ、楽しそう……!」
一緒に行けばいいのにメープルが跳ねるように倉庫へと駆けていった。
遅れて俺も倉庫に入って、建材になるように堅実な素材をかき集めた。
一足先に釜へ戻り、汲みおきの水を半分、釜へと流し込んだ。
試作品を大量に作ってもしょうがなかった。
「持ってきた……!」
「ん、意外と普通の物だな……」
メープルが持ってきたのはモンスターの骨や、トレントの枝、ただの綿花や砂だった。
「大量生産するなら、自ずと材料も限られる……」
「おお、お前にしては考えているな……」
「どこでも穫れる物を材料にした方が、絶対楽……」
「それもそうだ」
メープルの杖を借りて、俺たちは1つ1つ試作品を作っていった。
遅くなって申し訳ありません。
向こう2話は安定供給できそうです。




