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・エピローグ カサエル姉妹の事件簿 3/3 - もう一度同じ夢を -

 こうして事件が落ち着いたその一方で、大きな問題が残った。

 一連の事件は俺たちが世界を変えた代償だ。


 転移門を持つ国。魔力を持つ者たちが勝者となり、そうでない者が敗北者となる時代が近付いている。今回の事件はその前触れだ。


 あの女王が見せてくれた最悪の未来が、もう目前に迫っているということだった。


 これは仮にだが……。

 仮に箱船から白の棺を発掘し、それらを世界中の国々に分け与えたとする。


 するとそれは、魔力を持つ者が今以上に重用される世界を生み出すだろう。

 やがてそれは、タンタルスの世界に似たディストピアを生み出すかもしれない。


 さらには国と国の戦争に転移門が使われることにもなるだろう。

 そうなればタンタルスを迎撃するどころではなくなってしまう。


 世界を転移門で繋いだのは失敗だった。

 リーンハイムを守り、侵略者タンタルスを迎撃するためにそうするしかなかったとはいえ、歴史的に見ればこれは失敗だった。


 だが現状維持を続ければ、シャンバラの女王が俺に見せた破滅の未来が待っている。

 白の棺を分配してもダメ、独占してもダメ。もはや八方塞がりだった。


 それでも俺はオアシス――いや、正確には今はただの湖であり森の池だが、とにかく家の前の草刈りをしながら、俺は考えに考えた考えた。


 俺たちは今、大いなる力の代償を支払わされている。

 敵国ガルツランドの聡い王が、シャンバラを潰さなければ自国に未来はないと決断した結果が、今回の騒動だ。


 似たような問題が今後も噴出することになるだろう。


 シャンバラの一人勝ちは許さないと、世界中の工作員が迷いの砂漠を失ったこの地に集まり、様々な工作を行うことは既に見えている。


 考えても考えても答えが見えなかった。

 『外交に納得はない。あるのは妥協だけだ』と、ツワイクの先王がその昔、戦後の演説で言っていた。


 まさか彼と似た悩みを抱えることになるとは思わなかった。


「悩んでいるようだな」

「そうだが、お前が俺ならそんなことわかり切っているだろう」


 そんな俺の前に、俺が現れた。


「……なら、シャムシエル都市長の道楽に、お前も少し付き合ってみたらどうだ?」

「道楽……? それは、いったいどういう意味だ?」


 それは機械人形と化した未来の俺だ。

 最近見ないと思っていたら、ふらりと突然現れて、言うことだけ言って去っていった。


「都市長の、道楽……?」


 彼の夢なら既に俺が叶えた。

 砂漠は失われ、樹海の国シャンバラがここに生まれた。


 ならば別の道楽という意味だろうか……。

 そうなると考えるよりも本人に聞いた方が断然早い。俺は作業を止めて都市長の書斎に押し掛けた。


 どうにも気になったので、ノックも足音もなしの転移魔法でだ。


「おや、最近はいつになく性急ですね……。どうされましたか、ユリウス? もしや、また厄介な事件ですか?」

「ああ、グラフがエヴァンスに熱を上げてうっとうしいこと以外は、いたって平和だよ」


「おや、嫉妬されていますか?」

「当然だ。彼女は俺の……、いや、とにかく、浮気されているような気分だ……」


「ふふふ……。それで、用件は?」

「質問だ。都市長、アンタ新しい夢はあるか……?」


「ええ、ありますよ」

「教えてくれ、次は何をするんだ?」


 そう俺が問い詰めると、なぜか彼は嬉しそうに微笑んだ。


「……学校です。私は新しい学校を作りたいのです。それもただの学校ではありませんよ、ユリウスさん」

「まあ言うからにはそうだろうな。どんな学校なんだ?」


 夢を語り出すと彼はいつだって若々しく見える。

 そんな彼の夢に付き合ったのが、俺たちの関係の始まりだった。


 また彼と同じ夢を見るのもいいなと思った。

 都市長だってそうだろう。また同じ夢に俺が加わってくれると期待している。目を輝かせている。


「転移門は世界を1つに繋げました」

「ああ……だがそれが今や大きな問題だ」


「ええ。ですから、互いの理解を深めるために、このシャンバラに学校を築き、留学生を募るのです」

「都市長……。アンタ、やはり考えてるんだな……」


「知識と価値観を共有し、同じ学び屋で同じ学問を学べば、今回のような不幸な誤解を抑止出来るかもしれません」


 夢見る都市長の姿を観察しながら、俺はその計画について考えた。

 学校による融和。その発想はなかった。


 それから少し遅れてあることに気付いた。

 何も学ぶのは、学問や商売だけでなくとも良いと。


「そうか、そういうことか」


 なら――魔法使いをもっと増やせばいい。


 師匠が俺を俺を拾ってくれたように、世界には魔法の才能を持つが、まだ発掘されていない者がまだまだ埋もれているはずだ。

 

 魔法の学科を作り、そこで理念と思想をもって、次世代の魔法使いを啓蒙してゆけばいいではないか。


「何か、思い付かれましたかな?」

「ああ。効果があるかはまだ定かではないが、やってみる価値はありそうだ」


 魔力を持つ者が一方的な勝利を収める世界は、不幸と破滅をまき散らす。

 だから魔力を持つ者を保護する。


 彼らに教育を施し、魔力は神からの祝福であり、持たざる者を支えるために存在していると教える。


 どうあがいても不平等になるならば、強い立場にある者に崇高な使命を与える。

 貴族たちがノブレスオブリージュを大切にするように、魔法使いには魔法使いの掟が必要だ。


 俺はこの思い付きの発想を都市長に伝えた。

 情熱的に、これには価値があるのだと強弁した。


「開き直って、魔法を広める、ですか……」

「反対か?」


「いえ、とても面白い考えです。敵に塩を送る行為でもありますが……」

「危険ではあるな」


「ですが政治的には間違っておりません」

「そうなのか?」


「ええ。魔法使いがこれからの繁栄の鍵と流布し、我々がそれを教えると宣言すれば、諸国は我々を潰すのではなく、利用して栄えようとするでしょう」

「なら決まりか?」


「はい、やりましょう。私の夢に、貴方の夢である魔法学科を加えましょう! もちろん、貴方も特別教師として協力してくれるのですよね?」

「当然だ。都市長、アンタならわかってくれると思っていた」


「フフ、夢が膨らみますね……」


 俺たちは新しい夢の誕生に笑い合った。

 上手くことが運べば、これからたくさんの若者がこのシャンバラを訪れるだろう。


 しかしその夢を叶えるには、立派で大きな学舎が必要だ。

 シャンバラの力を諸国の子女たちに知らしめ、シャンバラと結べば栄えることが出来ると、そう思わせたい。


 アルヴィンスが靴磨きや煙突掃除ばかりしていた俺に未来をくれたように、俺も誰かに希望を与えたい。


「また一緒にがんばりましょう、ユリウスさん」

「ああ。俺とアンタの関係は、同じ夢を見ている状態が最も自然なのかもしれん」


「それは愛の告白ですか?」

「そう受け止めてくれてもいい」


 彼と握手を交わし、俺たちはその後夜遅くまで計画を語り合った。

 諸国に誇れる立派な学舎を作ろう。世界中の国々に呼びかけ、魔法使いの才能の発掘をしよう。


 俺とシャムシエル都市長はこの日、新しい夢を始めた。

 魔法学校。それこそが最悪の未来を回避する鍵だと信じて。


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