・拉致された魔術師 図書館を荒らしに再び国へと戻る
長距離の転移は、長く世界の裏側に身を置くことになる。
こちら側の世界には色彩というものがなく、足下には細い光によりマス目が刻まれていて、空を見上げても星も月も何もない暗闇が広がっている。
ときおり流星のようなものがこの世界を行き交うが、俺たち魔術師はその正体を誰も知らない。
この世界がなんであるか、どうやって亜空間転移の術が編み出されたのか、全く知らずにこの力を使っている。
1つの制約として、他人を連れて転移してはならないと師匠に教わった。
それは非常に危険で、禁忌を破ったがあまりにこちらの世界に戻れなくなったり、あるいは数年後の未来に飛ばされることになったとも聞いた。
反面、移動手段としては最高峰だ。
馬の3倍とも5倍とも言われる速度で、地形を物ともせずに移動できる。
だからこそ俺たちは宮廷魔術師は、古くより王族たちに重用されてきた。
妖しい存在だと警戒しながらも、王たちは俺たちを利用する他になかったのだ。
「ツワイクは今どうなってるんだろな。本当にあの工場を支えていたのが俺だったとしたら……。見つかったら帰しちゃくれないだろうな」
俺は色のない、世界の裏側を歩いて歩いて歩いて、まずは人気のないツワイク王都の丘へと出た。
ツワイクは春だった。そこには緑にあふれる肌寒い世界があり、遠い山岳の彼方を見れば白い積雪がまだ残っていた。
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「ユリウス……?! ああよかったよ、無事だったんだね!」
「院長先生、お久しぶりです」
まずは孤児院に寄った。
きっと俺のせいで迷惑がかかっているだろうから、わびを入れたかった。
院長は母親のようにやさしい笑顔で俺を迎えてくれた。
クソみたいな偽善者の多いこの業界で、これだけの真心をくれる人は彼女の他にいない。
孤児院と言えば聞こえはいいが、世の中には寄付目当てで孤児をだしにする偽善者が多い。
金貨を20枚。まともに育ててくれた恩返しに、俺は院長先生のテーブルに積み重ねた。
「そのお金……本当にあんた、国を裏切ったのかい……?」
「ある国に拉致された。だが今は自分の意思で、その国のために働いている。これは汚い金じゃない、受け取ってくれ」
「そうかい……」
「俺はわびと恩返しに来たんだ。受け取ってくれきゃ困る」
そう伝えると、院長は金貨を受け取ってテーブルの棚へと押し込んだ。
その金が孤児のコートや薬になるなら、ちっとも惜しくない。
「あんたが消えてまもなくして、城の連中が来たよ……。裏切り者だって言ってたけど、違うんだね……?」
「いや、俺は裏切り者だ。自分の意思で、別の国に付くことに決めたんだからな」
「そうかい……」
「だが院長先生、俺に後ろめたい気持ちはない。俺をさらった連中は、俺に助けてくれとすがってきたんだ。立場は変わったが、俺は悪党には堕ちていない」
この寄付は慈善事業じゃない。
ここで何もしなければ、育ててくれた恩を仇で返すことになって、スッキリしないだけだ。
他の国に味方をするのだから、裏切りを寄付で帳消しにしたい。
「よかったよ……。しっかりおやり、ユーリ」
「先生、子供みたいな呼び方は止めてくれ。む……」
その時、院長室に誰かが入って来た。
ノックとかそういった文化はここにはないので、まあ仕方がないのだが……。その相手が少し問題だった。
「フッ……誰かと思えば世間を騒がす指名手配犯じゃないか。まだ国内に残ってたなんて、意外とマヌケ野郎だね、君」
「ちょっと戻って来ただけだ。久しぶりだな、マリウス」
マリウスは孤児院時代の悪友だ。
これでも現在は小さな工房を束ねる親方で、職人たちの中では若き天才とまで呼ばれていた。
「先生、あちらの部屋を借りますね。……来いよユリウス、孤児院のみんな、お前のせいで政府の連中に痛くもない腹を探られて迷惑してたんだぞ!」
「わかってる。だからわびを入れに来たところだ」
場所を隣の部屋を移して、俺はコート姿の若き工房長とにらみ合った。
「なんで裏切った……?」
「助けてくれと頼まれたんだ。どうせあの工場に残っても、ろくな未来なんて残ってなかったからな……。そういうそっちこそ、仕事の方は順調か?」
俺がそう問いかけると、マリウスはとても嫌な顔をした。これは質問を間違えたらしい。
「知らずに言ってるみたいだな。うちの工房なら、半年前に、国に接収されたよ……」
「なんだって……!?」
「経営が上手く行き過ぎて、目を付けられたらしい……。フンッ、あいつらは俺たちから搾取することしか考えていない。おかげで、ここに回す金がずいぶんと減った……」
「そんな横暴が通るのか……? お前が作った工房だろ?」
「うるせーなっ、納得出来るわけねーだろっ! お前がやったことに、俺が腹を立ててるとでも思ったかっ!? 違うね、聞いて清々したよっ、アハハハハハ!!」
マリウスらしくもないヒステリックな笑いに驚かされた。
国が成功者から事業を奪っていったら、誰も挑戦をしなくなってしまう。
「いや、工場のオーブとかパクッたのは、俺じゃなくて別のやつなんだけどな……」
「だったらそいつに礼を言っておいてくれ、おかげで気が晴れたってさ! ラインが2つも潰れて、あいつら青い顔して働いてるぜ!」
「荒れてんな……」
マリウスの背中を叩いて慰めた。
なんかこの国、あの戦争に勝ってから変な方向に突っ走っている。
迷宮とポーションという国益を他国に譲れないのはわかるが、そのせいでどんどん歪んでいった。
持つ者は持たざる者に狙われる。難しい問題だ。
「だから密告はしない。これから何かやるなら派手にやってくれ!」
「まさかお前に応援されるとは思わなかったな……」
「お前、今どこにいるんだ? 俺が助けになってやってもいいぞ」
「今さっき戻ったばかりだ」
「危険を冒してまで、なんのためにだ? お前は指名手配されてるんだぞ、フラフラしてたらとっ捕まるぞ」
「逃げ足には自信があるんだ」
「なんでだよっ、うちの工房で特別に、お前を匿ってやってもいいんだぞ……!」
甲高い彼の声はヒステリックで、だけどそれだけ同じ場所で育った仲間を心配してくれていた。
「その気持ちが嬉しいよ。だが、今回はさっと忍び込んで、さっと盗んで逃げる予定だ」
「ぁっ……」
感謝を込めて、マリウスの胸をトンと叩いた。
するとオカマみたいな声を上げるのだから、こっちも驚いた。
「へ、変なところ触るなっ! お、お前はいつもいつもっ……そもそも盗むって何をするつもりだよっ!?」
「巻き込む気はない。じゃあな、マリウス、がんばれよ」
「待てっ、こらまたその力……っ、ユリウスゥッ!!」
あまり金をばらまく趣味はないのだが、悪友のピンチを見捨てられなくてつい、俺は金貨を5枚彼に向けて爪弾いてから、裏側の世界に姿をくらました。
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寝てました……。定時より遅くなってすみません。
今夜更新分、少なめになります。




