・白の棺奪還の鍵 - 白百合のグライオフェン -
小型のメギドジェムを使った恫喝。これはシャンバラの立ち位置を変えるだろう。
閉じた世界からキャラバン隊だけを派遣してくる幻想の国。これがヒューマンから見たかつてのシャンバラだった。
だか今や迷いの砂漠は失われ、転移門を中心とする同盟国の実質的な盟主として世に君臨している。台頭を危惧するガルツランドの言い分もわからなくもなかった。
そして今回、シャンバラは敵対国にメギドジェムという大量破壊兵器で恫喝を行った。
それは畏れを呼び、畏れは不安となり、人々の敵意を奪う一方で、『エルフは排除しなければならない』といった思想をさらに深める結果となるだろう。
開戦の危機は去ったが、厄介な現実が浮き彫りになることになった。
ともあれガルツランド軍を撤退させた俺は、その足で行政区で開かれていた議会に出席した。そこでエヴァンスの依頼から始まった今回の顛末と、先ほど触れた懸念事項を報告した。
議会は長引くことになった。
外敵ガルツランドへの今後の対応もあったが、何よりも問題は白の棺だ。シャンバラの白の棺はまだ俺たちの手元には帰ってきていなかった。
敵工作員はこのシャンバラのどこかに潜伏し、現在も命令に従って棺の破壊を試みているだろう。
破壊できるとは思えなかったが、可能な限り急ぎたかった。
急ぎ奪還し、国境の封鎖を解かなければ、さらに面倒な問題が頻出することが見えていたからだ。
・
気付くと夜だった。
どうやって白の棺を奪還したものやら、悩みながら議会からの暗い夜道を歩き、自宅の玄関を開かずに転移魔法で素通りした。
居間を通り抜けてまっすぐに自室へ向かい、そこへと倒れ込もうとした。
ところがベッドが膨らんでいた。
シェラハか、メープルか、グラフか。
誰かは知らないが、俺は帰りを待っていてくれたみたいだ。
よく見ると髪が青白い。ならこれはグラフだ。
そう思い顔を寄せると、それは――なんと娘の方のスクルズだった。
俺は危うく、実の娘にとんでもないことをするところだった……。非常に焦った……。
「すまん」
きっと心配させてしまったのだろう。
罪悪感に小さなお姫様の頬を撫でて、彼女を起こさないように気を使いながら隣に横たわった。
もうこんなに大きいのに、帰りの遅い父親が心配になってベッドにやってくるだなんて、エルフというのはつくづく見た目と中身が一致しない種族だ。
安らかな寝顔を横目に見ながら俺も目を閉じて、白の棺の奪還策についてまた考え続けた。
議会は民間人を動員してのローラー作戦を提案している。
強引だが他に確実な代案がなければ、明日からこの力ずくの作戦で棺を探すことになるだろう。
「帰ったのなら帰ったと言え。……ん、スクルズ?」
「ただいま、グラフ。そっちこそ、今回はずいぶんと帰りが早いな」
「都市長に作戦の指揮を取って欲しいと頼まれたんだ」
「それは多分、ローラー作戦のことかも――お、おい……」
ところがグラフがベッドに入り込んできた。
ただでさえ右半分を愛しいお姫様に占領されているというのに、グラフはお構いなしに俺を押して、ベッド左側を占領しようとした。
「さすがに狭いぞ……」
「僕たちが横寝にすれば入る」
「それは、そうなんだが……」
「フ……」
「なんだその笑いは……」
「三児の父だというのに、君はときどき初恋を迎えたばかりの少女のようにウブになるね」
「お前、俺が困惑すると知っていて言っているだろう……」
「正直な感想さ。それに……」
グライオフェンという女性は二面性を持っている。
ナルシストで女好きなところもあれば、乙女のような別の顔を見せるときもある。
「僕らがこうやって寄り添って眠っているところを、起きたスクルズが見たらきっと喜ぶ」
「そうか……?」
「そうだ。だから今日のところは早く寝ろ。君が眠るまで見守ってやる」
「よくもまあ、そんなセリフを恥ずかしげもなく言えるものだな……」
俺たちは息もかからんばかりの至近距離で見つめ合った。
隣にスクルズが眠っている以上、出来ることと言ったらこうして手を繋ぐことくらいだった。
「昔は君みたいな男になんか眼中になかったのにな……」
「娘の隣でそういうことを言うな……。場所や立場が変われば、人だって変わる。だたそれだけのことだろう」
「立場か……。ここが僕の世界じゃないと知ったあの日、何もかもが変わってしまったさ。僕を受け入れてくれた君たちには、本当に感謝しかないよ……」
隣で娘が寝ているというのに、情熱的な女性に唇を奪われた。
「さあ寝よう。きっとどうにかなるさ」
言葉の代わりに手を握り返すと、グラフが静かに目を閉じた。
俺もそれにならってまぶたを下ろすと、急な眠気が意識を奪っていった。
確かに俺は、ヒューマンから見れば裏切り者だ。
だが、俺はこの家族を守りたい。
陽気なネコヒト族と、俺を頼ってくれるエルフ族たちを、守り栄えさせたいと願って何が悪い。
これは都市長と俺が始めた夢の続きだ。
シャンバラを復活させたいという彼の夢に俺は乗り、長い苦労の果てにこうして悲願を果たした。
俺たちは自分たちの夢を叶えただけだ。俺たちは何も悪くない。
1巻発売まであと3日です!
どうか書店に並びましたら手に取って見て下さい。
そしてコミカライズの夢のために買い支えてくれると嬉しいです!




