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・炎の雨

 ロキシスは裏切ってなどいなかった。

 ユリウスを刺したのはエルフに化けたヒューマンだった。


 その報告は都市長の書斎にいた全ての者を喜ばせた。

 全てはヒューマンの国ガルツランドの陰謀であったとわかると、場の空気は明るく覇気のあるものに変わっていった。


 奥の手も見せた。やつらを黙らせるには他にないと説得した。

 敵の誤算はシャンバラに奇襲を仕掛ける前に、こちらに気付かれてしまったことだ。こんなに早く国境に兵が集まることになるとは予期していなかったはずだ。


「しかし、いいのですか……? それをすれば、貴方はますます裏切り者となじられることになります」

「ああ、だが今さら後には退けない。転移門を各国に配備すると決めたあの時から、こうなることが決まっていたんだろう」


 国内に入り込まれる前に、ガルツランド軍と接触する。

 軍のトップと交渉を取り付けて撤退させる。国内に入り込まれた後ではダメだ。


「わかりました、許可しましょう……。ユリウスさん……その神の炎で、やつらを脅して下さい」

「了解だ」


 席を立つと励ますようにシェラハが手を取ってくれた。メープルが昔みたいに飛びついてきて、やや不満そうに人の腹をつねった。


「痛い」

「無理したらしばく……。茨の鞭で」


「い、茨っ?! 冗談に聞こえないやつは止めてくれ……」

「……ダメ?」


「いいよ、なんて言うわけねーだろ……っ」

「あたしたち、ユリウスの帰りを待っているわ」

「待ってる……」


「大げさだ。軽く脅して戻るだけだ」


 ともかくこうして許可が下りた。

 俺はメープルを引きはがすと、ガルツランド軍が現れたという北の国境の向こうに飛んだ。



 ・



 まずは斥候の兵士を襲撃した。

 転移魔法を使って直接に将軍の天幕に突入する手もあったが、交渉を確実にするために手順を踏むことにした。


 斥候から装備を奪って変装し、その格好で敵陣内部に転移で潜り込んだ。

 しばらく様子をうかがい、敵将軍が天幕に1人になったところで交渉に入るための都合だった。


 宮廷魔術師をしていた頃を否応なく思い出した。

 国を勝利に導くために汚い仕事もこなしてきた。そんな俺からすれば、敵本陣に忍び込み、敵将軍の首に盗んだ剣を突きつけるなど容易なことだった。


「ユリウス・カサエルか……?」

「ああ、交渉にきた」


「これのどこが交渉だね」

「脅しも交渉のうちだ。さて、単刀直入に言うが、退いてくれ」


「無理だ、エルフは滅ぼさなければならない」

「どちらかが滅びるまで戦い続ける気か? それこそ不毛だ」


 将軍は両手を上げ、背中に剣を突きつけられた体を反転させた。

 その男も黒髪で、軍人らしい精悍な体つきをした男だった。全く臆さないところからして度胸もあった。


「ユリウス・カサエル、君のやっていることはヒューマンの滅亡を招くことになる。その意味をちゃんと理解しているのか?」


 落ち着き払った様子で、将軍は諭すように言った。


「大げさに話を盛るやつだな。ツワイクの王は、シャンバラの繁栄は俺が死ぬまでの短い期間のことだと、そう評しているぞ」

「転移門。あれを生み出す前まではそうだっただろう」


「ま、それは一理ある」

「あれはまずい。転移門を持たない国は、転移門を持つ国にどうあがいても叶わない。軍事的にも、経済的にも。君は世界のパワーバランスを破壊したのだ」


「だからやられる前に、先制攻撃を仕掛けたとでも言いたいのか?」

「我が王は聡明だ。君たちがこれ以上肥大化する前に、倒すべきだと判断した。俺もそれが正しいと信じる」


 冷静だが、会話が通じないところは俺を刺した男と変わらないな。


「白の棺を返してくれ」

「断る。手に入らないならば、棺を破壊するように命じておいた」


「それは困る。困るが、きっと無理だろう」

「ほう?」


「白の棺はちょっと鈍器で叩いたところで傷一つ付かない。それにそちらの作戦は既に失敗だ、退いてくれ」


 彼が納得するわけがなかった。

 奇襲はかなわなかったが、犠牲を払えばこのままシャンバラを叩き潰せると将軍は考えていた。


「転移門を失った君たちがどうやってこの軍勢に勝つ?」

「……噂くらいは聞いたことがあるだろう。今でも最初にコイツを使った場所は、観光名所として残されているくらいだ」


 彼にメギドジェムを見せた。それと砂粒のように小さな、プチメギドジェムとでも呼べる物も一緒に。


「なんだそれは?」

「この大きい方を起爆すると、この軍勢ごと全てが炎に包まれる。お前たちがシャンバラに襲いかかると言うならば、俺は同族ごと全てを焼き払う」


「嘘だな、ちっぽけな石にそんな力があるはずがない」

「なら見せよう」


 彼の目の前で、俺はプチメギドジェムを起動した。

 まさかと思い将軍は後ずさったが、俺はそれを無視して天幕の天井にそれを投げると、マジックブラストで天幕ごとプチメギドジェムを空に撃った。


 軍は騒然となった。

 上空で赤い大爆発がわき起こり、天から炎の雨が降ってきたからだ。

 天幕、食料庫、薪に高温の炎が燃え移り、馬が恐怖に逃げ出した。


 将軍は目の前で腰を抜かしている。さっきまでの余裕が消え、人を怪物でも見るように目を見開いて震えだした。

 兵たちの少数が俺を囲んだが、残りは消火活動に奔走していた。


「シャンバラを蹂躙させるくらいなら、この場でお前たちを焼き払う。頼む、退いてくれ」

「ユリウス……お前は、人類を裏切った魔王だ……」


「好きに言え。それで撤退の大義名分が立つなら、好きなだけ話を盛ればいい」


 心変わりをしないようにだめ押しのプチメギドジェムをもう1発、天へとぶっ放すと、俺は炎の雨の世界から離脱した。脅しに応じてやつらが撤退するかしばらく観察して、ガルツランドという国についてもしばらく考えを巡らせた。


 敵はこちらの目論見通り――いや、まるで魔王に恐怖するかのように逃げ出していった。ヒューマンの多くを敵に回すことになったが、これでシャンバラの秩序が守られた。


 次に転移門が発掘されたら、彼の国を抱き込むことも候補に入れるべきだろうか。

 いや、あのエルフへの差別意識や恐怖を見る限り、難しいように感じられた。


 何より、潜入に必要とはいえ人間の耳を切り落とさせるような連中と、組めるとはとても思えなかった。


書籍1巻、6日後の7月29日に発売です!

書籍1巻は、ウェブ版読者さんも楽しめるように意識して、全190時間の全力改稿を施し、

本編を昇華させる前日譚と、なろうじゃちょっとやれないエッチな書き下ろしをご用意しました。


もしよかったら書籍版で、出会ったばかりのユリウスと姉妹の、瑞々しくて初々しい関係をもう一度楽しんで下さい。


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― 新着の感想 ―
[一言] う~ん、まだ国同士の勢力争いの範疇にしか見えんから 種族による生存競争扱いにする理由が判らん
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