・被害者ロキシスの正体
「……何やってんだ?」
「おや、ユリウスさん。ふふ、こんな夜遅くに会いにきて下さるとは嬉しいですね」
老人はまだ起きていた。寝間着姿でこざっぱりとしていたが、休まずにこんな時間まで書類仕事を進めていた。
「アンタ、ちゃんと休んでるんだろうな……?」
「ええ、おかげさまで」
「おい、どっちつかずのごまかしは止めろ……」
「無理をしているのはお互い様でしょう」
この爺さん、どうにかしなきゃ死ぬまでこういう生活を続けそうだ……。
下手に長寿で健康というのも、問題といえば問題だな……。
「メープルが例のミーズリルの名をここで見たというんだ」
「ほう……」
「何かのリストだったらしいんだが、悪いがここにあるやつを見せてはくれないか?」
「喜んでお付き合いしましょう」
ペンを止めて、老人は凝り固まった肩や腰を鳴らした。
腰を痛めている俺がやるのも変かもしれないが、その肩を後ろから軽く揉んでやるととても喜ばれた。
「もう少し人手が欲しいですね……」
「ならメープルとグラフがそのうち現れるだろう。向こうに置いてきた」
「でしたらもう少し、孫の顔も増やして欲しいところです」
「サンディたちだけでもあれだけ手が焼けるっていうのに、無理を言うな……」
「ふふ……。その時は、きっとサンディたちが妹たちの面倒を見てくれることでしょう」
「それはあり得る」
都市長が数々のバインダーをかき集め、俺がソファーでそれに目を通した。
やがて一通りがソファーのテーブルに集まると、メープルとグラフがこの書斎にやってきた。
「勘違いだったら、私の責任……?」
「違うね。こんな夜中に大騒ぎを始めたのはユリウスだ」
「ま、そういうことだな」
速読が得意なシェラハがいればはかどったのだが、彼女にも明日がある。寝かし付けられたのを起こすのは酷だろう。
俺たちは可能性を信じて、ミーズリルの名をリストから探していった。
そして――ついに見つ出した。
しかしその名は、かなりまずいリストの中に入ってしまっていた。
「あった、ミーズリル、いた……! いたけど……これって……」
俺たちはそのリストとメープルを囲んだ。ミーズリルの名を確認して、メープルがバインダーを閉じるのを見た。
そのバインダーの表紙にはこう記されていた。
【[部外秘]転移門 勤務者リスト】と。
「えと……ミーズリル、3日前から、転移門で働いてるみたいだけど……?」
「て、転移門だってっ?!」
嫌な予感――いや、直感で危険を感じた。
俺たちは先日、犯人グループの1人を捕らえた。そのことは敵の耳にも届いているはずだ。
仮にやつらの狙いがシャンバラの転移門だったとすると、仲間が情報を吐く前に動き出していてもおかしくない。例えば、今夜にでも。
「パパッ、大変大変っっ、うちら見つけたのっ!!」
今すぐ無事を確かめに行きたいところだったが、そこにサンディのやつが転移してきた。
彼女は右手に割れた銀の紋章を持っていた。
「あのねっ、この紋章の正体がやっとわかったのっ!」
「それは報告にあった、犯人一派が持っていた紋章ですね……?」
「うんっ! 先が枝分かれした不思議な角、それはシャンバラにはいない生き物の角だったの! つまりこの紋章は、シャンバラの外の世界で使われている物なんだって! シカって生き物の雄なんだって!」
真っ先に都市長がその意味の重大性を察した。
続いてグラフが、俺は転移門を確かめに行きたい一心で少し判断が遅れた。
シカはシャンバラにはいない。
だからシャンバラ国内の本から探っても、紋章は見つからなかった。
ならば、なぜあの連中が、国外勢力の紋章を持っていたのだ……?
「お手柄だ、サンディ! それで、それがどこの家の紋章かわかったのか!?」
「ううん、違うわ。これはスクルズとウルドががんばってくれたからよ。あ、それでね、この紋章は――ヒューマンの国の、エダルって家の紋章だったの。……あれ、みんな、どうしたの?」
国外勢力だ、やつらのバックには国外の連中がいた。
シャンバラを守っていた揺りかごは消えてしまった。シャンバラはかつてのように盤石ではなくなっていた。
「情報を整理しよう……」
「お願いします、ユリウスさん」
「被害者の妹に莫大な金が渡った。被害者は殺された。被害者の足取りを追うと、ヒューマンのエダル家の紋章が見つかった。加害者の1人が漏らした名は、転移門に勤務する人物の名だった」
ピースは足りていないが、それは推測で補完できる。
敵の背後にいるのはヒューマン。そして――
「ロキシスがミーズリルだ!! やつらの狙いは転移門だ!!」
俺が結論を述べる前に、グラフが推理の答えを叫んでいた。
「えーーーっっ?!! えっ、何っ、どういうことーっ!?」
ならば俺がこれからやることは一つだ。細かいことは都市長とグラフが上手くやってくれる。これまでだってずっとそうだった。俺は無言で、世界の裏側への扉を開いた。
「サンディ、お前はアルヴィンスを呼びに行け。俺は様子を見てくる」
返答を待たずに俺は姿を消した。
転移門は敵に奪われてはならない。それは侵略の入り口になるどころか、まだ解決していない異世界の敵を呼び込むことにもなりかねない。
いやそんなことよりも俺は、箱船で眠るコモンエルフたちをこれ以上危険にさらしたくなかった。
あの箱船を未来へと無事に届けるためにも、あの箱船にある白の棺を、奪われた転移門の代用品にするようなことはしたくない。
俺はグラフから借りパクしたままのあの聖剣を抜き、要塞化させた転移門内部へと降り立った。
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魅惑的なパッケージになっていますので、どうか期待していて下さい。




