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・ミーズリルの正体

 夜。寝床にグラフがやってきた。


「う、痛……っ」

「大丈夫か?」


 彼女の名誉のために言うが夜這いじゃない。薬を持ってきてくれた。

 結局、その後は一緒に同じベッドに入ることにもなったが……。


「大丈夫だ、明日にはもう少しマシになる……」

「ふふっ……。シャンバラを再生させた大錬金術師様も、自分の腰はどうにもならないんだね」


 仮にそういう薬を開発したとして、それを彼女たちが知ったらどうなるか?

 信じてはいるが、試したくはないな。腰の次は心臓発作かもしれん。


「そう思うならもう少しだけ自重してくれ……」

「ごめん……」


 彼女にしてはやけに素直な謝罪だった。


「君と一緒だと、ボクらはなんだか変なんだ……。君が刺されたってサンディから聞いたら、スクルズをもっと増やしたくなった……」

「俺ももう懲りた。次からは別の方法を考えるよ……」


「君はいつかボクらの前から消えてしまう。ボクらはそれが怖いんだ……」

「すまん、もうしない」


「約束だぞ!」


 シャンバラの夜は昔と比べてすっかり過ごしやすくなった。

 揺りかごが失われ、外気が外の世界と混じるようになった。暖炉を使わない夜ばかりが増えた。


「もう寝るか……? もし眠くないなら、事件の話、してもいいか……?」

「もちろんいいぞ。うっ……」


 照れくささに背中を向けて横寝にしていたものを、グラフを正面にする姿勢に変えた。

 グラフの白い肌、艶のある青い髪はこんな夜中でも浮かび上がるようによく見えた。


「敵には何か目的があった。だけど君が捕まえた男は、その目的を投げ捨てて、君を殺そうとしてきた」


 その美しい素顔が、生真面目で凛とした白百合のグライオフェンのものになった。


「確かにな。目的を優先するならば、逃亡を選んだだろう」

「といっても転移魔法使いの君からは逃げられない。そのことを知っていたから反撃を選んだ。って線もるだろうけどね」


「いや、ヤツは尋問室でも俺への憎悪を剥き出しにしていた」

「なら――つい感情的になった。……あるいは、君の殺害は彼らの目的に適うことだった」


「……俺は裏切り者だそうだからな」


 尋問室での話は既にグラフも知っている。

 ユリウスを裏切り者とする見解に、グラフは不機嫌そうに難しい顔をした。


「たとえ世界中の人々が君の敵になっても、ボクたちは君の味方だ。君がエルフにしてくれたことを忘れられるはずがない。君がボクにしてくれたこともだ……」


 彼女のその言葉に胸の安らぎを覚えた。理由がわからないとはいえ、エルフに恨まれるのは俺も納得がいかなかった。

 『これだけ尽くしてきたのになぜ……』と思わずにはいられない。


「そういえば、出会ったばかりの頃のお前は――」

「そ、その話は止めろ……っっ。あ、あの頃のボクは……っ、ヒューマンの君がボクを助けてくれるなんて、そんなふうには考えられなかったんだ……」


 ごまかしたいのか、それとも甘えたいのか、わからないがグラフはぴったりとこちらに張り付いてきた。こんなに凛として綺麗な人に好かれるなんて、俺は幸せ者だった。


「敵はスパイか何かの類かと思う。しかしだとすると、いったいどこの誰の差し金だ?」

「都市長の敵対派閥とか……?」


「あり得るが……。ならば、裏切り者というのはどういうことだ?」

「きっとそのままだろう。敵からすれば君は裏切り者だった。ただそれだけのことだ」


「俺は何を裏切った?」

「そうだな……。エルフ族が君を恨む理由か……」


 グラフは甘い声で甘えていたかと思えば、途端にいつもの涼しい彼女の声に戻っていた。今度の質問は難問だ。彼女もすぐには返答が出てこなかった。


「君は世界を大きく動かしたからな……。逆恨みの理由がないとはいえないが、それでも許せるだけの活躍をしている。エルフが君を恨むわけがない」

「ああ、そうであってほしい」


 胸の中でもやもやとする感情から逃げるように、グラフを確かめるように抱き締めた。


「どちらにしろ、敵は何かしらの目的を持っていて、そのために被害者ロキシスを味方に引き込んだ。なんの変哲もない普通の、ただ勤勉で妹煩悩なだけのエルフをだ」

「うん……」


「それと、ミーズリルだな。ミーズリルという人物にも殺意を向けていた」

「実はボク、その名前、どこかで聞いたことある気がするんだ……」


「本当か?」

「気がするってだけだよ。ミーズリルって、独特の響きしか思い出せない……」


 それでもどうにかして思い出したいようで、グラフは俺の胸から離れるとベッドから立ち上がった。続いて両手を胸の中で組んで、うろうろと室内を歩き出した。


 俺もベッドサイドに腰掛けて、自分もどこかでその名を聞いていないかと腕を組んだ。いや、ところが――


「ふっふっふっ、お楽しみのよう――あ、あれ……?」

「あれ、メープル……?」


 ところが扉が鳴り、部屋にメープルがやってきた。

 えらく扇情的な勝負下着を上下に身に付けてな……。


「なして……?」

「それはこっちのセリフだ……。なしてそんな格好をしているんだ、お前は……」


「だって、抜け駆けかと思って……姉さん、やっと寝かし付けてきたのに……。はぁ……しょんぼり……」

「ぬ、抜け駆けなんてしないよ……っ」


 嘘だ。メープルはグラフのその場しのぎの嘘に笑った。

 それから俺の隣にやってきて、ぴったりと隣に寄り添って座り、同じように腕を組んだ。

 付き合ってくれると言うので今の議題を彼女に伝えた。


「あ、私も、聞き覚えある……」

「お前も……?」

「それなら少し絞り込めるな。ボクとメープルの共通する部分から考えればいいんだ」


「あ、そっか……。グラちん、頭いいね……」


 体重を全部預けてくるメープルを支えて、2人の思慮を見守った。

 当然だが、そうそう簡単に思い出せるものでもなかった。


「あ……」

「何か思い出したかっ!?」


「えと……いつも行くニャバクラの、ミーちゃんの、本名だっけ……?」

「お前ら、そんなところに通ってたのか……?」

「知らないっ、ボクはそんないかがわしいところ行ってないよ……っっ!?」


 人をからかったり手玉に取ることにかけては、メープルの右に出るやつはいないかもな……。

 わかっているよと、グラフに半笑いの笑顔を送った。


「あ、違った……。そだ……都市長の仕事、手伝った時、見た……。名簿に、ミーズリルって、入ってた……わっ!?」


 ベッドサイドから跳ね上がると、旦那に体重を預けていたメープルが布団に倒れた。

 俺はそれに一瞥もせずに脱いでいたトーガに近付き、素早くそれを袖へと通した。


「ま、待って……っ、そんなの明日の朝にすればいいだろ……っ」

「あーあ……言わなきゃ、よかった……」

「すまん、どうしても気になるのでちょっと確かめてくる」


「待て、ユリウスッ! ボクと一緒に寝ろっ!!」

「組んず解れつ、希望……」

「それは後でな」


 着替えが済むなり、俺はすぐに都市長の書斎へと転移した。


来週11日に大切な告知を行います。

Twitterなり活動報告なり、よろしけばその際にチェックしていただけると嬉しいです。


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