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・はかないセミちゃん、あるいは尋問官ユリウス

 それから1日が経った昼過ぎ、俺は湖畔の木陰で気だるく重いまぶたを開くことになった。


「お父さん、大丈夫……?」

「おい、悪い冗談はよせ……。お前のせいでこうなったんだろうが……メープル」


 目の前に水浴びを終えたメープルが立っていた。

 彼女は娘のウルドを演じるのを止めると、腰の痛みと眠気に不調そうにしている俺を、隠しもせずに嬉々した目で見下ろした。


 ま、コイツは元からこういうやつだ……。


「フフ……。サンディには感謝かな……」


 昨晩、娘たちはお泊まりに出た。サンディとウルドは都市長のところで、スクルズは女王アストライアのところだ……。


 そして娘たち不在の我が家で何が起きたかだなんて、もはや説明するまでもないだろう……。俺はその晩、たっぷりと、お説教(・・・)をされた……。


「ユリウス、マジで眠そ……。あ、腰の方はどう……?」

「痛い」


「ふーん、大変だね……♪」

「3分の1はお前のせいだってのっっ! うっっ?!!」


 声を上げて木陰から立ち上がろうとすると、鈍い腰の痛みが俺に情けなく膝を突かせた。

 メープルか? そんな俺を心配するどころか、口元をひきつらせて気分良く見下ろしているよ……。


「さっきウルドに会ったら……顔、真っ赤だった……」

「だろうな……。気付いていないのはサンディだけだ」


「うん……。姉さんに似て、サンディは凄く純情で、純粋だから……」

「いやそこが心配だ……。いつか悪い男に騙されたりはしないだろうか……」


「あ……それで思い出した……。兵舎の方、ちょっとこない……?」

「やっとあの男が何か口を割ったのかっ!? ぅっっ……?!」


 俺は赤子のように潤いのある土の地面をはいずりながら、メープルの手を借りてどうにか立ち上がった。介護老人になる未来が、その時少しだけ見えた……。


「私たちの何よりも大切なユリウス。それを刺した悪い男……」

「違うな、油断させるためにわざと刺されたんだ」


「それ、全然、笑えない……」

「そのことは昨日何度も謝っただろ。それで、アイツがどうした?」


「東方に伝わる古の尋問術……ODNの封印を解いても、喋らない……」

「詳しくは聞かないでおこう。とにかくかなり荒っぽいことをしても、喋らなかったと?」


 平気で焼身自殺をする連中の仲間だ、たった一晩で情報を吐くはずもない。


「うん……。でね、そこで私たちは、考えたの……」


 メープルはその言葉に合わせて、その細く小さな人差し指を俺の鼻先に突き付けた。


「俺か……?」

「そう……あの憎い男は、ユリウスを殺そうとした……。だったら、ユリウスにまた合わせれば、うっかりボロを出すかも……」


 出来ることなら一緒にこれから昼寝でもしたい気分なのだが――そう言われると途端にこっちも眠気が覚めてきた。

 あの男は俺を異常なほどに憎んでいた。俺だって隠された理由が知りたい。


「そう上手くいくだろうか?」

「ん、任せて……。そうなるように仕向けるのが、私たちの仕事……」


「そういやお前も一応スパイだったな」


 そう俺が皮肉っぽいことを言うと、メープルは怒るどころがとても懐かしそうに笑った。俺だってあの頃が懐かしくなって、その笑顔に微笑み返していた。


「砂漠が恋しい……」

「ああ、あの女王も少しくらい残しておいてくれてもよかったのにな……」


 そんなメープルが木の幹背もたれにして座り込んだ。


「もう少し寝てていいよ……。あいつが完全に憔悴するまで、まだ少しある……」

「そういや、最近は一緒にゆっくりなんてしてられなかったな……」


「うん……。それに疲れ切って判断力が鈍ったところで、憎くてたまらないユリウスを登場させることに、意味がある……」

「……メープル、もう少しのんびりした話題はないのか?」


 メープルの隣に腰掛けて、2人でかつて砂漠のオアシスだった湖を眺めた。

 あそこの桟橋で釣りをしたり、うたた寝をしたり、理由もなく夕涼みをしながらくっついていた頃もあった。


「メープル、そういえば昔――」


 懐かしい思い出話を投げかけても、プラチナブロンドの乙女が目を開くことはなかった。


 彼女のやすらかな寝息を聞きながら目を閉じれば、俺の目の前には記憶のままの広大な砂漠と、瑞々しいオアシスの香りが確かにそこにあった。



 ・



 人道に反するとか、もっと他の方法があるのではないだろうかとか、そんなつまらないことを言う気はない。俺もまたツワイク王国の暗部、宮廷魔術師だったからだ。


 代わりにこの陰鬱で心の病みそうな仕事を受け持ってくれた現場の者たちに感謝して、俺はお膳立てされた最高のタイミングで、行政区兵舎の尋問室を訪れた。


「ユリ、ウス……」

「そろそろ俺に会いたくなる頃かと思ってな、様子を見にきた。しかしたった一晩で、酷くボロボロになったな……」


 男は両手両足を鎖でイスにくくり付けられ、口には自害を封じるための布が噛まされていた。どうにかして喋れるようだが、少し言葉を聞き取りにくい状態だ。


 そんな絶体絶命の状態の男が、憎悪に目を血走らせて俺を睨んでいた。


「なぜ俺を憎む?」


 問いに回答はなかった。だが言葉は、男の怒りをさらに燃え上がらせることになった。


「なぜ俺を殺そうとした?」


 俺はこの男を怒らせたい。

 怒りに我を忘れて失言をするように事前に言葉を組み立ててあった。


 しかしバカ正直な挑発ではダメだ。

 挑発したいこちらの意図を悟らせずに、彼の神経を逆撫でしたい。


「俺は今日までずっと、シャンバラと、そこで暮らすエルフと、ネコヒト族に、尽くしてきたつもりだ。それがなぜ、仲間であるはずのエルフに、殺されなければならない?」


 一句一句、どの部分に男が怒りを示すのか探った。

 ネコヒト族はどうでもいいようだ。怒りは『エルフ』という単語と『尽くしてきた』という部分に強く見られた。


「教えてくれ、俺はヒューマンだがエルフの味方だ。俺の人生は、この先も生涯シャンバラに捧げ続けるつもりだ」


 少し早いが結論を言おう。

 お膳立てもあって、俺たちはヤツから冷静さの全てをはぎ取ることに成功した。


 その男は、俺がシャンバラに尽くすことがどうしても気に入らない。

 そうとしか思えないような反応を、表情や鼻息、全身の一挙一動から見せてくれた。


「ユリウス……貴様は、裏切り者だ……」

「俺が……? これだけ毎日働いて――」


「ユリウス……ッ、貴様、貴様は……ッ、貴様はいつか、他の者の手によって殺されるっ!! お前も、ミーズリルも、生かしてなどおけるものかっっ!!」


 ……ミーズリル? どうやら人名のようだが、聞いたことのない名前だった。


「なぜ俺を憎んでいるかの回答になっていないな」

「……ふんっ」


 どうやらここまでのようだ。

 男は己の失言に気付き、己の殻の中に閉じこもってしまった。


「ミーズリルというのはなんだ?」


 答えはない。これ以上は何をしてもムダだと悟り、俺は彼と尋問室から背中を向けた。


「いつか殺してやる……。貴様も、貴様の妻も、娘たちも、皆殺しにしてやる……」

「なるほど」


 ミーズリル。恐らくは人名。これがやつらの正体を突き止める鍵となりそうだ。


 俺は尋問室を離れると、協力してくれた兵舎の人々と喜びを分かち合った。容疑者にして重要参考人が、たった1日で情報を吐いてくれたのだ。

 この勝負、元より一方的なアウェイではあるが、俺たちの勝利だった。


更新が遅くなり申し訳ありません。

おかげさまで書籍版1巻の作業がどうにか終わりました。

素晴らしいパッケージ、その道の人間にはとてもありがたい帯になっています。期待していて下さい!

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