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・錬金術師ユリウスの事件簿

 午前の仕事を終わらせると、俺は都市長の書斎を訪ねた。

 普段はアポなんて取らないんだが、今はお互いに非常に忙しい立場だ。久しぶりに彼と顔を合わせると、顔の辺りが少し痩せたように見えた。


「昨日の騒ぎは聞いているな?」

「ええ、だいたいは。まったく、堅物のスレイもあの子たちには弱いようで……」


「それもアンタもだろ」

「それはそうですが、今回はさすがに――」


「俺にあいつらの無茶を報告をしてくれたのもスレイだ。で、本題なんだがこの事件、娘たちから俺が引き継ごうと思う」

「ユリウスさん、ですが貴方は貴方でとても忙しいのでは?」


「まあな……。だがサンディたちのためだ。特に、サンディだな……。アイツは俺たちがダメと言っても素直に聞くたまじゃない」

「フフフ……誰かさんにそっくりですね」


「ああ、俺の生き方を見てああなったのなら、自業自得だな……」


 俺が困り果てたように窓から遠くを見つめると、都市長はやさしげに鼻を鳴らして微笑んでいた。


「……しかしとにかくだ、俺が動かなければ、いずれサンディが犯人探しを始めると見ていい」


 今は落ち込んでいるが、立ち直れば必ずそうなる。

 都市長からしてもその展開はまずいだろう。いつだってほがらかなその老人が、深く悩むように片腕で頭を抱えた。


「犯人は自らを焼いて自害したそうですね……」

「俺に呪いの言葉を投げかけてな。どうも普通じゃない。エヴァンスに支払われた莫大な金もきな臭い」


「ええ……。それに自殺用のスクロールを持ち歩いているだなんて、変ですね」

「遺体からは何も残らなかった。あれで残るわけもない」


 自らの命を投げ捨ててでも守りたい機密がある、ということだ。

 そしてそいつらはなぜか俺を憎んでいる。ならばもはや捨て置いていい事態ではない。


「水面下で何かが動いている可能性がある。ロキシスはそのための何かだったんじゃないか?」

「……あり得ます。その被害者の遺体はどちらに?」


「エヴァンスに届けた」

「では再び接触してもらえますか? 趣味が悪いと思われるかもしれませんが、死体から情報をたぐる方法があります。回収していただければ、こちらで亡骸を医者の元に移送しましょう」


 嫌な仕事だ。だが俺が最大の適任者だろう。


「わかった、これから頼みに行こう」

「では先に昼食にしましょう。我らが名探偵カサエル姉妹の活躍を祝して」


「エルフは成長が早すぎる……。来年には、彼氏を連れて戻ってくるかもしれん……」

「サンディならあり得ますね。その時は祖父と父でタッグを組んでいびってやることにしましょう」


「そうしよう」


 誓いの握手を交わして、それから都市長と昼食を共にした。

 食事を終えると工房へと戻り、娘たちとラウリィと一緒に急ピッチで注文のポーションを大量生産した。


「後は僕たちにお任せ下さい!」

「いってらっしゃい、パパ。がんばってね……」

「雑用を片付けてくるだけだ。終わったら仕事の続きだな……」


 行き先は言わなかったがサンディは既に何かを察していた。

 あそこまで事件に関わった以上、今回の件がこれで終わりとも思っていなかっただろう。


 俺は工房を離れ、フリドオアシスのエヴァンスを訪ねた。

 ふさぎ込んでいたのか、酷い顔とボサボサ頭だった。茶を出す心のゆとりすらも失われていた。


「そういうことなら喜んで……。ロキシスを殺めた者たちが、他の方を殺さないとは限りません……」

「大丈夫か……?」


「ええ……。どうかユリウス様、事件の真実を明るみにして下さい。ロキシスがなぜ殺されなければならなかったのか、私は知りたいのです……」

「必ず伝えよう」


 エヴァンスは兄との別れを惜しみ、ベッドに横たわる亡骸から離れなかった。

 俺もいつかはこうなるのだろうか。こうやって大切な人を悲しませることになるのだろうか。


「私には力がありません……。仇を……仇を討って下さい……」

「ああ、敵に容赦はしないと約束する」


 俺は亡骸を抱いて引き返した。

 死体なんて慣れきっていたつもりでも、いざ両手に抱き上げるととても重い。愛する人から遺体を引き離すだなんて、嫌な仕事だった。



 ・



 報告は翌日の夕刻になった。

 ひっきりなしにやってくる追加オーダーに答えて、一日の仕事をようやくこなすと、疲れた身体を冷たいオアシスに沈めた。


 陸に上がるとそこにグラフが立っている。

 グライオフェンという女性は2人いるので、時々どう迎えていいのか迷うときがあった。


「ふ、服を着ろ……っ」

「そうさせてもらうよ。しかし今日は早いんだな」


「娘たちが心配だってグチったら、現場のみんなが早めに帰らせてくれたんだ」

「ああ……。一昨日のは大手柄であると同時に、危険極まりない大冒険だったからな」


 湖水を拭っていつものトーガに袖を通した。

 グラフはこちらに振り返り、顔をまだ少し赤く染めていた。一女の母とはとても思えない。美しく、凛としいて、なんでも話せるような信頼感があった。


「そこに座れ、都市長から報告を持ってきた。遺体の分析が済んだようだ」

「結果は?」


「死体は刺殺。大きな刃に内臓を傷つけられ、死因は出血多量からのショック死だ。全身に打撲跡。胃の中は空。食事は取っていなかった。爪にも何も残っていない」


 オアシスの細波を眺めながら、グラフの話を噛み砕いた。

 胃の中身まで調べるだなんて、大したお医者様だ。


「エヴァンスには報告しにくい内容だな……」

「そうだね……。ああそうそう、逆に君に聞くけど、発見時に争ったような形跡ははあった?」


「ないな」

「なら監禁されていたと見るべきかもね。食事も与えられず、酷い暴行を受けていた」


「そう見るとすれば、サンディの報告と矛盾する。宿で見知らぬ連中と共に行動しているのを目撃されている」


 その報告にあった連中と、今回の悪党どもが同一かはわからないが。


「関係が途中で変わった」

「まあ、あり得る。断定は出来ないが、そう見るのが自然か」


 とにかく被害者は監禁状態にあり、抵抗すら出来ないまま殺害された。


「次に交友関係だけど、配偶者なし、家族は妹だけ。親族付き合いもない。病弱な妹のために仕事が終わるとまっすぐに帰宅し、大半の時間を妹と過ごす」

「そこはサンディの報告と変わらないな」


「ロキシスという男は少し変わってる。妹一筋で、交友関係らしい交友関係がない。だが、最近になって急に友人が出来たようだ。フリドオアシスの酒場でも、見慣れないエルフたちとつるんでいるのを目撃されている」

「そいつらの正体が知りたいな。たぶん、サンディたちを襲った連中なんだろうが……」


 なぜロキシスのようなただの労働者を狙ったのだろう。

 グラフの様子を見ればどことなく不機嫌だった。危険を冒した娘たちが、実際に命の危険に脅かされた。


 その時点で今回の事件の加害者たちは、俺たちの敵と言ってもいい。


「何かそいつらの遺留品が手に入れば、ウルドの力が役立つかもしれない。紋章と紋章を引き合わせたあれだ」

「ユリウス、君が代わりに動いてくれるなら安心だよ……。何かあればボクも手伝う。娘たちを傷つけたあいつらを、ボクたちで倒そう」


 グラフの軽い抱擁を受け止めて、離れ際に確かめるようにその手を握った。


「ああ、そういうシンプルな動機の方が俺も好きだ。明日からサンディを連れて各地を巡ってみるよ」

「サンディを……? それは危険じゃ……」


「あの性格だ、目を離せば勝手に動くぞ。なら隣に置いておいた方がまだマシだろ?」

「はぁ……っっ。あの子たちは、ボクらの性格の悪い部分ばかり遺伝している気がするよ……」


「同感だ。さ、そろそろ中に戻ろう」

「ん……。いや、待ってくれ、ユリウス。よければ……ボクと一緒に水浴びをしないか?」


「な、何……っ?!」

「フッ……やはりスケベだな、君は」


 本気にしかけたところで、冗談だとからかわれた。

 いや誘いに即答していれば、そうはならなかったのかもしれないが……。


「ボクも調査に賛成だ。何か裏で動いているなら、その前に叩き潰した方が断然いい」


 俺はグラフが差し出した手を握り替えして、それじゃ夫婦っぽくないので不意打ちの抱擁をした。甲高い声を上げて恥じらう彼女の姿が、普段の気取った姿とはまるで正反対で愛らしかった。


「今夜は君のところに行く……」

「わ、わかった、待っている……」


「寝るなよ……?」

「起きているよ」


 国境でがんばってきた彼女の背を慰めるように撫でた。

 すると甘えるように顔を埋めてきて、まるで子供をあやしているかのような気分になった。


 こういう時々見せる弱さも彼女の魅力だ。俺は彼女の手を引いて、みんなのいる自宅へと引き返した。


『おかえり』


 その一言がグラフを幸せいっぱいの笑顔に変えていた。

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