・終幕 カサエル姉妹の事件簿 - 言葉無き帰還 -
「普段あれだけかしましいお前たちが、それだけ静かだと心配になる」
「だって……何もかもが、ショックだもの……」
「メープル母め、ワシらを売りおったな……」
「いや、それは初耳だな。あいつめ、俺に報告してくれてもよかっただろうに」
「じゃ、じゃあ、誰から聞いたの……?」
「さあな。しかし、そうやって落ち込んでいていいのか? 仕事はまだ終わっていないだろう」
パパに肩を叩かれた。うちらの背中を押して、さっきの小屋へと歩き出した。
パパは小屋に入っていって、しばらくするとトレードマークの白いトーガを外に脱ぎ投げて、ロキシスさんを抱き上げて出てきた。
「一度戻ろう。それからサンディ、俺と一緒に依頼人にこの人を届けよう」
「で、でも……っ。お兄さん、死んでましただなんて、そんなの、言えないよ、うち……」
「気持ちはわかる、俺だって駆け出しの頃があった。酷い失敗をやらかして落ち込んだ」
「ぇ……パパにも……?」
「アルヴィンスに慰められたよ」
さすがはアルヴィンスおじさまね! やっぱりおじさまって素敵!
……って口に出す元気はさすがになかった。
「だがこれは失敗じゃない。お前たちは見事に困難なこの依頼を達成してのけた。姉妹で力を合わせて、ロキシスの行方をこの短期間で突き止めたんだ」
「父ぃぃ……っ」
「そうだね……。私たち、がんばったよね……」
「この男のことは残念だったが、依頼そのものは成功したんだ、もっと自分たちを誇れ」
うちらは道なき密林から引き返した。
パパは一足先に遺体を運び、それからわざわざ戻ってきて、怒るどころかうちらを気づかってくれた。
ママたちがパパに夢中になるのも、なんだかわかる気がした。
パパは人の痛みや苦しみに敏感だ。そんな人を憎むなんて、おかしいのはあの人たちだ。
「さあ行こう」
「う、うん……。でも、エヴァンスさん……」
「何も言わなくていい。俺が代わりに伝える」
「ううん……うちが伝える……。だって、うちらが始めた調査だものっ!」
家に戻るとうちはパパと一緒に依頼人への報告に向かった。
パパが綺麗にしたロキシスさんを抱いて、うちがその隣で慰めの言葉を探しながら、世界の裏側を歩いた。
あの果樹の匂いのするオアシスに到着すると、うちが案内をして、うちがエヴァンスさんの家をノックした。
決めた通りに最初にうちが事情を伝えた。
それから遅れてパパが、ロキシスさんかもしれないの遺体を抱いて姿を現した。そうするとエヴァンスさんは、大粒の涙を流して玄関先に崩れ落ちていた……。
「私、覚悟はしていました……。こうなるかもしれないと、気付いていたんです……」
「エヴァンスさん……。うち、なんでも力になるからもっと頼ってっ! これからは、うちらがエヴァンスさんを支えるからっ、ねっ!?」
「ありがとう……。ユリウス様も、わざわざ、こんなところまで……」
「この男のことは残念だった。お悔やみを申し上げる」
「ロキシスも喜びます……。あ、中へ、中へどうぞ……。ぁ……っ、すみません、サンディちゃん……」
立ち上がろうとしてよろけるエヴァンスさんの杖になりながら、うちは家に入った。
するとテーブルの下に、大きな布袋が置かれていることに気付いた。それをテーブルの上に載せて欲しいと言われて手に取ってみれば、信じられないほどの重さだった。
「先日、兄から届いた物です……」
「え……これっ、全部金貨っ!?」
「これで身体を治せと……そう手紙に……。ああ、ロキシス、どうしてこんなことに……」
パパが寝室にロキシスさんを寝かせると、折り重なるようにエヴァンスさんがそこに倒れ込んだ。冷たく冷えた身体に驚いて、涙をまたあふれさせていた。
「言葉のかけようがない。心中お察しするよ……」
「ありがとうございます、ユリウス様……。サンディちゃんも、ありがとう……」
「え、でも、うち、ロキシスさんを……守れなかった……」
「いいえ、見つかって、なんだかホッとしました……。見つかってよかった……こうしてロキシスとまた出会えたのは、サンディちゃんのおかげです……」
「違うの、ごめんなさい……。うちらが、もっと優秀なら……せめて、もう1日だけでも早く見つけられたら……。ごめんなさい、エヴァンスさん……ごめんなさい……」
ロキシスさんは見つかった。私たちの初仕事は成功したけれど大失敗で終わった。
慰めの言葉見つからなかった。どうしてもエヴァンスさんが気がかりで、うちとパパはまた会いに来ると伝えてからその場を離れた。
「始めからパパを頼ればよかった……」
「らしくないことを言う。どちらにしろ、パパたちは他の仕事があって動けなかった」
「でも……うち、うちら、思い上がってた……。自分たちの才能に、うぬぼれてたよ……。もっと、もっと修行しなきゃ……」
「それがその歳でわかるなら十分だ。パパなんて、シャンバラに来るまでは虚栄心にしがみついて生きていたよ。己の未熟さに気づけなかった。お前はやはり優秀だよ、サンディ」
パパに慰められながら帰り道を歩いた。久しぶりに、手を繋ぎながら。
それから家に戻ってくると、うちが長女なんだからちゃんとしなきゃって思って、うちがウルドとスクルズをパパの言葉を借りて慰めた。
うちらは約束した。これからもお互いに助け合って、次こそは依頼をハッピーエンドで終わらせようって誓った。
「うむっ、がんばるぞぉーっ!! このくらいでへこたれてたまるかなのじゃーっ!!」
「サンディちゃん、ありがとう……。サンディちゃんが1番、苦しいはずなのに……」
「平気! うちは全然平気だから、これからも一緒にがんばろ!」
うちらの物語はここで一端終わり。そしてここから先は、パパの物語。
うちらが出会ったその事件は、ロキシスさんの遺体発見だけでは終わらなかった。
でもユリウス・カサエルは名探偵じゃない。彼は偉大なる錬金術師だ。うちにはパパの能力と常識にとらわれない行動力が、ミステリーの名探偵役に相応しいとはとても思えなかった。
パパは推理なんてしない。推理よりも行動で困難をねじ伏せる。それがうちらのパパだ。




