・うちは調査官ウェルサンディ!
エヴァンスさんが描いてくれた地図を見下ろしながら、うちは果実の甘酸っぱい匂いでいっぱいのフリドオアシスを巡った。
とは言っても、彼女のくれた地図の通りに歩くには、樹海に埋もれている道を無理矢理にでも超えなければならなかった。
「もう、パパママったらこんなのやり過ぎよ……。ふふふっ」
でもそれがとっても楽しい!
うちはお猿さんみたいに木々に手をかけて、樹木の海の中を軽業で通り抜けていった。青青とした草木がみずみずしく香って、ジィジがうちらに見せたかった新しい世界を存分に楽しんだ。
そうやって樹海を抜けると、最初の目的地が見えてきた。イルスさんの食料雑貨店。そうエヴァンスさんの地図には書かれていた。
「ああ、ロキシスのことかい」
「そう、おじさんがロキシスさんと最後に会ったのはいつ?」
「最後か……。一月くらい前だったな」
「それはわかってる! それより何か変わった様子はなかったっ?」
「……なぁ、もしかして君、その顔……。あのウェルサンディ様か……?」
「うん、そうだよ! みんなサンディって呼ぶからそう呼び捨てて!」
両親の前ではうちらはただの子供だけど、シャンバラのみんなにとっては大切なお姫様だった。
「こりゃ大変だ……っ! おーい、お前たちっ! ちょっと店に顔出せっ、ウェルサンディ様がうちに来てくださったぞっ!」
「あのっ、うちは調査に来ただけで……っ」
店の奥からイルスさんの奥さんと、2歳くらいの女の子が出てきた。
女の子の方はうちの姿に目を輝かせてはしゃいで、奥さんの方はおたおたと慌てた様子でしばらく戸惑った。
それからちょうどそこにあった乾燥リンゴの瓶を取ったかと思えば、それを無造作にうちの前に差し出した。
「どうぞ、ウェルサンディ様!」
「あ、ありがとう……。でも、貰ってもいいの……?」
「貰って下さいよ、サンディ様。あっ、干しプルーンとかもどうですかっ!? お嫌いなら輸入品のクルミや各種香辛料も――」
「ううんっ、リンゴだけ十分、ありがと! あ、それよりロキシスさんについて聞きたいことがあるのっ! うち、エヴァンスさんの依頼で、ロキシスさんの行方を追っているのっ!」
「ロキシス……? うーむ……あいつの行方って言われましてもなぁ……。ロキシスのやつ、果樹園を首になったきり、ずいぶんと落ち込んで――」
「えっ、首っ!? その話、うちエヴァンスさんから聞いてないよ!?」
そううちが驚くと、イルスさん夫妻は目と目を向け合ってなんだか気の毒そうな顔をした。
女の子の方は、うちのことをまだキラキラとした目で見上げている。仲良くなりたくて小さく手を振ったら、残念……お母さんの後ろに逃げられてしまった。
「きっと妹には、クビになっただなんて言えなかったんでしょうな……」
「あ、そっか、そうだよね……」
そういうものなんだ……。大人って、大変なんだな……。
「いえね、シャンバラ中がこの有様でしょう? 果物も余りに余ってしまっていましてね、私どももほとほと困り果てているんですよ。価値が下がっては収穫しても加工しても、まともな稼ぎにはなりませんからね……」
シャンバラの樹海化は良いことばかりじゃなかった。
増えすぎた果樹が相場を壊して、人々の生活をメチャクチャにしてしまっていた。
「うちはユリウス・カサエルの子よ! だったらそれっ、うちがどうにかしなきゃっ!」
「ウェルサンディ様は、とてもいい方ね……」
「ああ、おやさしいところがシェラハ様にそっくりだ。……ああそうそう、話戻しますけどロキシスのやつ、だから出稼ぎに出たんじゃないですかね?」
仕事を首になったから出稼ぎ……それはあり得る。
いやでもちょっと変だ。妹想いの兄が、何も言わずに家を出るはずがないよ。
「ありがとう、他も当たってみる! 大変なのにお仕事の邪魔しちゃってごめんね!」
「いえいえいえっ、何かあればいつでも店にいらっしゃって下さい!」
「ウェルサンディ様、どうかロキシスをよろしくお願いします」
「おひめさま……バイバイ……ッ」
「えへへ、次はサンディって呼び捨ててね! バイバーイッ!」
イルスさん一家に手を振ってうちは新しい目的に向かった。
次は八百屋のランパードさん。この商店街を歩いてすぐそこの店だった。
「もしかしてウェルサンディ様か!? こりゃ驚いたっ、おーいお前らっ、珍しいお客様が来てるぞーっ!」
「あ、あのっ、こ、困る……っ」
「ロキシスを捜すんなら、人を集めるのが一番だろ? おーいっ、お前らさっさと集まれ! ロキシスがどこに言った知ってるやつはいないかーっ!?」
ランパードさんは年季の入った中年のおじさんで、すっごく声が大きくて行動力にあふれている人だった。
「ニャンニャ、ニャンニャ~?」
「ランパードはいっつもうるさいニャ……。フミャァッ?!」
みんなの注目がくすぐったい。だけどこの展開はうちにとって好都合だ。
これならロキシスさん探しの手間が省ける。一軒一軒お店を回らなきゃいけないって思い込みを、ランパードさんが吹き飛ばしてくれた。
胸を張ろう。うちは立派なパパとママの娘だ。
うちは集まってきたみんなに明るくお辞儀をして、元気な声で自己紹介をした。
「初めまして、うちはウェルサンディ! エヴァンスさんの依頼で、その兄のロキシスさんの行方を捜しています! どなたか、ロキシスさんの行方や、一月前の様子をご存じありませんかっ!?」
「サンディ様がロキシスを捜してくれているのかっ!?」
「噂には聞いてたけど、いい子ニャァ……」
「かわいいニャ! かわいい系のシェラハ様がいるニャ!」
人だかりが人だかりを呼んで、みるみるうちに厚みが増してゆく。
うちは後からきた人たちにさっきと同じ質問を投げかけて、ロキシスさんの行方を聞いた。
「確かに変だ、ロキシスが理由もなく姿を消すわけがないぞ」
「誰か知らないかっ? ユリウス様がロキシスを捜してくれているらしいっ!」
「エヴァンス、可哀想に……」
みんないい人たちだった。パパは世の中には凄く悪い人がいるから気を付けろって言うけど、うちにはそれがわからない。シャンバラのみんなはいつだってやさしかった。
「あ、勘違いかもしれねっけど……俺、ロキシス……見たかもしれね……」
「本当っ!?」
辛抱強く声をかけてゆくと、ついに情報提供者が現れた!
その人は荷物を背負ったロバを連れたおじさんで、迷い迷いに手を上げてうちの前のやって来た。
「いや、確証はねぇけどよ……。西のオアシス行きの道で、通りすがったような……。ほら、一月前に切り開かれたあっちの道。たぶん……あれはロキシスだった気がする……」
「ありがとう! それでその道は、どのオアシスに繋がっているのっ?」
「ケパオアシスだよ……。時刻も、お、遅かったし、向こうに泊まったかもわからんねけど……」
出稼ぎに隣のオアシスに行った。それならわからないでもない。急な話だったのかもしれないし、翌日には帰ってこれる仕事だったのかもしれない。
だけど何かの理由があって、ロキシスさんはこっちには戻れなくなってしまった。
うーん……これ以上は無理。難しいことはスクルズとウルドに全部任せちゃおう。
「ケパオアシスね、行ってみるっ!」
「そうか! こっちでもロキシスについて聞き込んでおくよ! どうかがんばってくれよ、ウェルサンディ様!」
「本当っ!? それ超助かるーっ!」
八百屋のランパードにうちは尊敬の念を覚えた。
うちには上手く言えないけど、こうやって周囲の人々をどんどん巻き込んで前に進む姿勢、見習いたい!
「それじゃ、うちはケパに――ん、あれ……?」
パパみたいに転移魔法で颯爽と消えようとしたら、ふいに遠くから聞き覚えのある声がうちを呼んだような気がした。その声を追って辺りを見回してみると、人集りが割れていった。
現れたのはエヴァンスさんだった。彼女は杖にしがみついて、苦しそうに胸を押さえて息を乱していた。
「こ、これを……。兄の、部屋に、落ちていた、物です……」
「だ、大丈夫……っ?」
いたわろうとすると、彼女から何か小さくて硬い物を渡された。
指につまんで木漏れ日の空へと掲げて見ると、それは銀で作られた何かの破片だ。じっくりと見ると、[翼]に見えなくもなかった。
「兄をお願いします……。兄をどうか、見つけ出して、下さい……。どこかで、辛い目に遭っていないかと、思うと、私……」
「うんっ、ドーンとうちに任せて! だってうちはユリウスの娘だよ、こんな事件っ、簡単に解決してみせるんだからっ!」
「ありがとう、サンディちゃん……」
うちは銀色の変な破片を懐にしまって、今度こそ颯爽と転移して見せた。
それからうちは進路をやっぱり変えて、スクルズとウルドがいる家へと引き返すことにした。
うちはパパやママほど優秀じゃない。姉妹同士で力を合わせてやっと一人前だ。
少しでも早い事件解決のためにうちは不思議な世界をゆっくりと歩いた。極力走るな。それがパパとおじさまに教わった転移魔法の初歩だった。
うちはグラフママみたいに時の迷子になんてなりたくない。この世界には大切な人がたくさんいる。
それが若い頃のパパとうちの大きな違いだ。うちはこのシャンバラが大好きだった。
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