・エピローグ 4/4 箱船がたどり着く最果ての地にて
俺の方は変わらない多忙な日々を過ごしていた。食料の自給。街道整備。伐採。家を追われた人々の新居造り。国家規模の森林化への対応は、支援すればするほどに新しい仕事が舞い込んできた。
「ユリウス、もう寝なさい。休めるときに休まないと限界がくるわよ?」
「ああ、わかっている」
「わかっていないわ。貴方には長生きしてもらわなきゃ困るんだから……あら、それは?」
「壊れた大型のニーアだ。迷宮の宝箱から出てきたらしい」
最近、新しい研究を始めた。それはこのニーアだ。
人間と変わらない精神を持ち、モンスターにはね飛ばされても壊れない頑丈な肉体を持つ。特筆すべきは、彼らが寿命という概念を持たない点だ。
「可哀想……直してあげられるかしら……」
「そのつもりだ。中の仕組みを理解出来れば直せる」
「それは難しくないかしら……」
「ダメでもやるんだ。そうすれば……コイツが直る」
全であり個である不思議な生命体ニーア。これを直せるくらいに構造を熟知すれば、何か糸口が拓けるかもしれない。
「ユリウス、来たぞ。こんな夜中に俺に見せたい物ってなんだ?」
「あら、マリウス。マリウスまで巻き込む気……?」
「なんの話だ? あっ、それはまさか、ニーアなのかっ!?」
マリウスは壊れたニーアに飛び付いた。
壊れているということは分解して分析してもいいということだ。
「中がどうなっているか、興味がないか?」
「あるに決まっている! そうか、壊れてしまっているかぁ……はははっ! なら、直してやらないといけないなぁ!」
「呆れたわ。あなたも働き詰めでしょ、ちゃんと休まないとダメよ……?」
「1時間だけ時間をくれ。それでダメだったら寝る」
「わかったわ。あたし、軽食と飲み物を作ってくる。見ておかないと朝までオモチャで遊んでいそうだもの……」
その日から俺たちはニーアの鉄の肉体に没頭していった。マリウスとシェラハはニーアを直すことが目的だったが、俺の場合は少し事情が異なる。
俺は亡き女王のもう1つの夢を叶えてやりたい。そのためにはニーアの肉体を詳しく知る必要あった。
だがそんな俺の姿が引き金になったのだろうか。
またある晩、機能を止めたとばかり思っていた白紙の書が光り輝き、俺とシェラハとマリウスを驚かせた。そこにはこうあった。
『再誕の地に祝福を
箱船の守護者よ 永劫の時の果てで わらわはそなたを待っている』
『我が名はシェラハ・ゾーナカーナ・テネス
この地上に生きる全てのエルフの始祖にして 大地を砂漠に変えた愚かな女王』
『箱船がたどり着く最果ての地にて そなたを待つ』
女王シェラハは確かに死んだ。だが、あの箱船には同じ顔が3つ並び、それが目覚めの日を待ってる。だったら、2人目と3人目のシェラハもそこにいるはずだ。
俺は彼女が眠る箱船を未来にどうしても届けたい。そのためにはニーアの肉体を熟知する必要があった。
・
ユリウスは死んじゃった……。
でもニーアそっくりのオートマタとなって蘇った……。
肉体の束縛から解き放たれたユリウスは、長く生きた。
私たちの一人一人を看取り、そして最後はひとりぼっちになった。
だけどユリウスは信じている。
いつかヒューマンも、エルフも、何もかもが滅びた最果ての世界で、もう1度シェラハ・ゾーナカーナ・テネスと出会えると。
彼は箱船の番人。
ガラスの遺跡を脅かす者を、機械の肉体と転移術、もはや神と変わらない錬金術で撃退する最強の番人。
確かに始祖様は死んだ。だけど箱船の中には、姉さんにそっくりな姿をした女性があと2人残されている。世界が始まる日に2人はもう1度会える。
そう信じて、ユリウスは永劫の時を生きた。
腕が壊れたら腕を直し、顔が壊れたら顔を取り付け直して、記憶も心も定期的にバックアップした。機械人形はいつまでもいつまでも、時の箱船がどこかの陸地にたどり着く日まで、愛しい人の棺を守り続けた。
そうしてやっと、長い長い、あまりに永過ぎて100万回気が狂っても終わらない幾星霜の果てに、2人はもう1度出会うことになった。
・
「おはよう、シェラハ……」
「あなた、あたしのことを知っているの……? あたしは、あたしは誰? あなたは……」
「俺の名はユリウス・カサエル。俺は君の――君の崇拝者だ。時を巻き戻すという君の願いは叶わなかったけれど、箱船は無事に未来の世界にたどり着いた。今日ようやく、君の夢が叶ったんだ」
「なぜ、かしら……。あなたの声を聞いていると、なんだかとても気持ちが落ち着くわ……」
「今日から1人の騎士として貴方を支えよう。貴方がこの最果ての世界にて、幸せを勝ち取る姿を見たい。箱船の番人シェラハよ、もう1度会えてよかった……」
時の最果てにて、二人とコモンエルフたちはもう1度生きた。可哀想な始祖様は、果てしない未来の世界でユリウスと再会し、救われた。
オートマタとなっていたユリウスは、他の相応しい男が現れたら姉さんをゆずるつもりだったみたい。でも、男なんて現れなかった。未来の姉さんは、鉄の肉体を持つ男を愛した。
それから愛して、愛されて、そして――最後には必ず終わりが来る。ユリウスは最期の姉さんを見届けて、最果ての世界に取り残された。
終わり……。
え、どうして私がこの話を知っているかって……?
それはね……。
・
「ということで、コモンエルフの再滅亡まで付き合ったら、無性に寂しくなっちゃったんで戻って来た。今日から旦那が2人になるけどよろしくな」
全てを見届けてきた未来のユリウスが、こうして過去の世界に飛んできたから……。
「オートマタへの魂の移植……成功していたのか……」
「ちょっとどういうことっ!? ユリウスはニーアを直すために、がんばっていたんじゃないのっ!?」
「違う。過去の俺は、お前といつまでも一緒に生きたくて魂を機械に移す研究をしていたんだ。シェラハ、何度もお前は美しい……会いたかった……」
転移魔法の天才は、意図的に転移魔法を失敗させて、旦那づらをして私たちの前に戻ってきた……。
しかもロボになって。ウケる……。
「ラッキー……これで寂しい夜も安心だね……」
「おまっ、お前はそれでいいのかよっ!? 確かにこれは俺かもしれないけど、俺であって俺じゃないんだぞ!?」
「嫉妬……?」
「ごめんなさい、あたしはまだわけがわからないわ……」
「立場はわきまえているつもりだ。だけどせめて、一緒に居させてはくれないか?」
私はオーケーだと親指を立てた。同じユリウスなら、姉さんも迷ってるけど拒まないと思う。
問題はユリウス。近親憎悪。それは時にあまりにも深い憎しみに発展する……。
「未来のターニングポイントを知っている。お前の危惧通り、いずれ転移門が災厄をもたらす。居させてくれる代わりに歴史の転換に助言をしよう。過度の介入はかえって危険なので、随所随所になるが」
その言葉がユリウスの顔色を変えた。
ぶっちゃけ相手が自分自身という問題点をのぞけば、これは空から降ってきた神様のギフトだった。
「嘘っ、このおっきいニーアって、パパなのっ!?」
「ボクはいつかこうなる気がしていたよ……。いいんじゃないか? 迷い込んできたユリウスはマリウスにあげればいい。ボク自身が自分をそうしたようにね」
「未来の俺を物みたいに言うな……」
「ウケる……」
「ウケないっての! はぁ……本当にしょうがないやつだな、俺ってやつは……。最果てまで付き合ったのなら、そこでおとなしく朽ちれば格好が付いただろうに……」
格好よりも愛しい人との時間の方が大事。それに、ロボユリウスからすれば、これももう余生だと思う。私たちを遠くから見守りながら、もう1度ここのシャンバラで暮らしたいんだと思う。
「別にいいじゃない。誰も困らないわ。お帰りなさい、ユリウス」
「ただいま、シェラハ。長かった……やっとここに帰ってこれたよ……。やっぱり君がいる世界が一番だ……」
「あっ、おいっ!? それは俺の嫁だぞ、俺っ!!」
「へへ……これ、悪くないかも……」
自分に嫉妬するユリウス(肉タイプ)に、私は飛び付いて甘えつつ慰めてあげた。2つに増えたら私の中の独占欲が半分になって、いい感じだった。
「ユリウスも帰って来てね……。世界の果てまで行き着いても、ここに戻って来て……。そしたら私たちは永久に幸せ。永久に私たちはずっと一緒にいられる……」
「どういう理屈だ……」
「理屈じゃない。これは、ただの事実……」
100回世界をループしてもユリウスはここに帰ってくる。
だってユリウスは私と姉さんが大好きだから。
特にユリウスの姉さんへの想いは崇拝と言ってもいい。
ユリウスはいつだって、私の自慢の姉さんに夢中だ。だから必ず、どんな方法を使ってでも、ユリウスはここに帰ってくる。
お帰りなさい、ユリウス。
私も姉さんも、いつだって私たちを夢中で見つめてくれる、そんな貴方が大好きです。
―― 終わり ――
連載開始より一年と数ヶ月。結構な長期連載となりましたが、本作はここで一度完結となります。完結ですが、もちろん続きます。
これから半月ほどお休みしますが、既にプロットの骨組みが完成しています。なのでこれからも安定供給できるよう、がんばっていこうと思います。
本作、元々は森が舞台の予定でした。しかしそれでは代わり映えがしない。
なら砂漠を舞台にしよう。砂漠ならいくらでも開拓の余地がある。既に発展した都市や、切り倒せない森を舞台にするよりも、砂漠の方がきっと面白いと思って始めたのが本作でした。
メインターゲットは男性。ちょっとエッチ。だけれど決していやらしくない話。
いやでも今読み返すと、序盤のユリウスはいやらしいなと、書籍版の改稿をしながら反省する日々です。
で、次章! 次章は、ミステリー寄りのお話にしたいなと考えています。
序盤は娘たちを主役にして、小さな事件を解決してゆくお話になります。
でも本作はユリウスの物語ですから、上手くそこからバトンタッチして、ミステリー的な面白さと本作らしさを融合させたいなと考えています。
そんなわけで、半月のおやすみをいただきます。
本作をここまで読んで下さりありがとう。楽しいお話をこれからも続けてゆきますので、どうか追って下さい。
そして書籍版。書籍版を買って下さると、もっともっとウェブ版も続けていけます。これからもどうか応援して下さい。
それでは、長い間本作を応援して下さいありがとうございました。




