・6年目 方舟の女王
そこから先の戦いは単純にして単調。よって割愛しよう。
異常な域まで単純強化された迷宮の怪物たちを、俺たちは斬って爆破してそのドロップの上をひた進んだ。
かつて闇の迷宮を進んだときに用いた携行食糧と、大気中の水をかき集める錬金術のアイテムが、長期の行軍を可能にした。
かくして地下50階。そこまでやってくると、途端に迷宮は広々とした見たこともない世界に変わっていた。
「何、ここ……?」
「これは棺でしょうか……」
「何か誰か入っているわ! これも、それも、全部に!」
白い魔法照明で照らされるその空間は、六角形の筒状になっている。その一辺一辺にエルフの眠る棺が配置されていて、それが遙か彼方まで果てしなく続く光景に驚かされた。
「変ですね。同じ顔が3つずつ並んでいませんか……?」
「なら、同一人物なのか……?」
さらに奇妙なのはそこだ。全くの同一人物にしか見えない顔がそこに3つずつあった。エルフたちが呼吸をしている様子はない。だが死んでいるにしては血色が正常に見えた。
「姉さんっ、どうしたの……っ?」
「あ……ううん、ちょっと、クラクラとしただけよ……」
シェラハの側に寄って、メープルと一緒に気づかった。都市長は難しい顔だ。難しい顔でガラス越しに棺の死体を眺めていた。
「これは砂漠エルフではありません。森エルフでもありません。それに見て下さいこの額の宝石を。直接、額から生えているように見えませんか……?」
「確かにそう見えるな。額に石を埋めるなんて変わった文化だが……ならこいつらは、どこの何族なんだ?」
「わかりません。こんな種族、私の果てしない人生でも、一度も……」
俺たちはその生ける墓標を進んだ。進んでも進んでも棺が現れ、同じ顔が3つずつ並んでいた。墓標と呼ぶよりも保管庫。そう呼ぶのが正しい気さえしてくる奇妙な場所だった。
「待って、誰かいるわ! あれは――えっ……?!」
しばらく進むと、奥に遠い人影を見つけた。
それはシェラハだ。俺たちのすぐ隣にいるシェラハと全く同じ顔をした女がそこに立っていた。
「おい、大丈夫かっ」
「す、すみません、ユリウスさん……。ですが、あれは、まさか……」
それを見てよろけた都市長をメープルに続いて本当のシェラハが支えた。
「姉さんと同じ姿をした、別人……。つまり、始祖様……?」
そうだ。そこにいたのはあの古の女王だった。彼女は俺たちの前までゆっくりと歩いてくると、敵意ではなくやさしい微笑みで歓迎した。微笑み方までシェラハと全く同じだった……。
「久しいな、シャムシエル」
「女王陛下……っ、本当に、本当に貴女様なのですか……っ!?」
都市長は姉妹をふりほどき、古の女王の足下に跪いた。敵か味方かわからないのに危ないというのに、彼にそんな迷いはなかった。彼は女王を信じていた。
「女王陛下か……懐かしい響きだ。王都での生活がついこの前のように感じられる……。いや、あれほど麗しかった少年が今は老いさらばえたジジィか。これが亜種の宿命か……」
「女王陛下……? 今、私を、亜種と申されましたか……?」
「左様。そなたらは、『全て』、亜種だ。そなたらは本当のエルフではない……」
「どういう意味だ、女王。その人は俺たちの大切な父親だ、傷つけるようなことを言うならば許さんぞ」
女王に怒りを向けると、都市長に不敬だと鋭い顔で諫められた。都市長にとってそれだけこの人は特別だ。だが、その特別な人は、シャンバラを滅ぼした原因の中枢にいる。
「ユリウス、わらわの夢を叶えてくれた太陽そのものよ、そなたがそう言うならばわかった。……うむ、順を追って説明をしてやろう、ついてくるがよい」
「顔は姉さんだけど……なんか、全然違う……」
「ククク……わらわこそが本物。そこの女はまがい物だ」
「酷い言い草ね。もう少し敬意を払える人かと思ったわ」
女王の背を追って、都市長を先頭にして俺たちは歩いた。行けども行けども棺の墓標は終わらない。既に1000体は通り過ぎたような気さえしてきた。
「わらわたちはエルフ。いや、そなたら亜種と区別するために、ここはコモンエルフと名乗ろう。ここで眠るエルフたちは、その全てがコモンエルフ。遙か果てしない過去の時代を生きた真のエルフたちだ」
「アンタもか?」
「ユリウスさんっ、言葉を慎み下さい! この方は我々の女王陛下なのですっ!」
「構わぬよ、シャムシエル坊や。さて話の続きだが、彼らコモンエルフには寿命というものがなかった。そこの坊やのように老いるようなことはなく、永遠に生きることが出来た」
「それがアンタが当時そのままである理由か?」
「いや、わらわは特別だ。……彼らコモンエルフは力が弱く、魔法の力も今のエルフほど恵まれていなかった。病気や環境の変化にも弱く、誇れるものは知能と寿命だけだ」
まるで羨むように彼女は砂漠エルフたちに流し目を向けた。亜種と見下している割に、本当に羨ましそうな長い凝視だった。
「ある時代に入ると、世界中が毒で汚染されることになった。ほぼ大半のコモンエルフが生き絶え、生き残ったコモンエルフたちはこの地下へと下った。いつか再び地上に帰れると信じてな」
「帰れなかったの……?」
「ああ、そうだ。エルフであることを捨てでもしない限り、地上には戻れなかった」
「エルフを捨てる……? あ、だいたい、察した……」
終点が近いのか、女王はこちらに振り返った。シェラハにそっくりだったがやはり冷たい雰囲気だ。いや、冷たいと言うよりもとても悲しそうな姿に見えた。
「地上に戻りたい。そう願う者たちが13体のプロトタイプを作った。だがそのプロトタイプたちは、肉体は強いが知能に劣り、下等な動物どものように醜く老いる生き物だった」
「自分たち種族そのものを変えるだなんて、そんなことが本当に出来るのか……?」
「出来る。だが猿に戻りたいと望む者がどこにいる……? 獣のように老いに急かされながら生きたいとは、ここに眠る者たちは誰も望まなかった」
俺みたいなヒューマンからすればなんて贅沢な悩みだと言ってやりたくもなった。こっちは100年も生きられない。俺だけが家族の中で一人だけ老いてゆく。同じ寿命を持ちたいと願わない日はない。
そう思うと、この女王の気持ちがなんとなくわかった。
「そろそろ気付いたであろう。ここは箱船だ。彼ら真のエルフを遙か未来の世界へと運ぶ箱船だ。いつか楽園で目覚める日を願って、彼らはここで死にも等しい眠りについた」
「だったらなぜあなたは起きているの、始祖様?」
「夢を叶えるためだ。そのためにわらわは地上にシャンバラ王国を築いた。夢、全ては夢のためだった……」
通路の最後には大きな扉が待っていた。女王はそこまで案内するとまた俺たちに振り返り、俺とメープルに左右を囲まれるシェラハに羨望の目で見た。
「さあ、中へ……」
「わっ、ビックリした……」
女王は壁へと後ろ向きに飛び退くと、幽霊みたいにその奥に透けて消えていった。
ゆっくりとその壁は音を立てて開いていっている。触れると冷たく、ちゃんと実体があった。実体がなかったのは、あの女王の方だった。
「都市長、戦う覚悟がないならここで留まってくれ。丸く収まるとは思えない」
「なぜそう思うのです……」
「あの女が、この事件の発端だからだ。あの女が俺たちの夢を――」
「止めて下さい、そんなはずがありません!!」
「ならここに留まれ! この砂漠化があの女のせいだというならば、シャンバラ王国を滅ぼしたのもあの女だ!」
「そんな、そんな、はずが……」
一つ目の扉に完全に開き切ると、二つ目の薄い扉が巻き上がるように上へと上がった。
その先に俺たちは見た。巨大な怪物と化したエルフの姿を。
青いその肌がタンタルスたちに少し似ているが、こちらは不気味を通り越して神々しかった。シェラハの顔をした上半身だけの怪物が壁から生えていた。
誰もがショックを受けずにはいられない光景だった。
「醜かろう、シャムシエル」
「そ、そんなことはございません……。あ、貴女様は、尊きエルフの女王……。姿など、問題ではございません……」
「聡く美しいいい子であったが、老いさらばえたな、シャムシエル。現実を見よ……」
驚いたのは彼女の姿だけではない。おびただしい数の白の棺がそこに眠っていた。
もはやその光景だけでわかる。白の棺と俺たちが呼んだ古代遺物は、彼女たちコモンエルフが所有する技術だった。




