・6年目 夢の在処 - 金と銀と黒 -
シャンバラの大地は日を刻むたびに死の砂漠へと飲み込まれていった。5日目にはシャンバラの穀倉地帯である氾濫川まで干上がり、マリウスと共にせっかく苦労して作った地下水路までもを枯らした。
数多くの迷宮が飲み込まれ、素材集めにそこに近付くことすら不可能になった。避難民がうちのオアシスにまで集まって来て、都市長が毎晩うちの暖炉で夜を明かすことになった。
市長邸を避難民に全て貸し出してしまうなんて、都市長は相変わらずの人柄だった。
悲劇的な戦いになった。仮にあの遺跡を破壊出来たところで、シャンバラはこれから立ち直るのに多くの時間を労するだろう。
それでも俺たちは諦めずに、遺跡への爆撃を続けた。可能性が見えてきたからだ。
絶対に破壊出来ないのではないかと一度は諦めかけたが、ガラスの大地と化した爆心地の中心核で、遺跡の外壁が剥離し、日に日に壁がえぐり取られてゆくのを見ると、逆転勝利を俺たちに期待させた。
爆破。爆破。爆破。世界を滅ぼしてしまえそうなほどの圧倒的な破壊の後に、俺たちはようやく、7日目にて成果を手にすることになった。
・
「宝箱の鍵がやっと開いてくれたぜ。ちょっとツラ貸しな」
夕飯は塩漬け肉を使ったオートミールだけの粗末な物になった。その昼食の場にアルヴィンス師匠が現れて、都市長と俺を肌寒い外へと誘った。
「壁の破壊に成功したぜ」
「おお、本当ですか……!?」
「おう、ついにやった。ただ……妙なんだよな」
「妙と言われても、それを説明するのが師匠の仕事でしょう」
額面通りに受け取ればこれは朗報だ。硬い外壁が破壊されたのだから、内部を攻撃するチャンスだった。
改良型メギドジェムによる爆破は日没で一時停止となるスケジュールなので、なにか理由があって夜まで報告が遅れた形になる。
「うっせー、バカ弟子。こっちは爺さんをぬか喜びさせたくねぇんだよ……」
「貴方との友情に感謝を。ご心配をおかけしました」
「おう、心配したぜ……。でよ、報告が遅れたのは調査をさせていたからだ。壁をぶち抜かれてビビったのか知らんが、砂漠化が止まりやがった」
「そういうことでしたか。それは妙ですね」
妙というよりも俺は既視感を覚えた。
迷いの砂漠が消えたときもそうだった。俺たちが迷いの砂漠の源である遺跡を発掘すると、慌てて気を変えたかのように迷いの砂漠が復旧した。
俺たちはそれにまんまと騙され、大切な国土を死の世界に変えられた。
「で、外はドロドロの溶けたガラスの大地だけどよ、中は平気そうだったんで転移してみたんだ。そしたらよ……。中は青白いガラスみたいな壁で覆われててよ、扉が1つと、石のパネルが1つあった。パンドーラの棺の中身はよ……。まるで迷宮みたいだった」
それは困る。本当にそれが迷宮だったとしたら、砂漠化をもたらしている中枢部が爆発の届かない深層に存在していることになる。メギドジェムを直接精鋭が持ち込んで、その奥深くで発動させなければ、確実な破壊とはならない。
「パネルにはなんと?」
「『黒曜石。トパーズ。無色のコランダム。その父親のみ入場を許す。この地を救いたくば招きに応じよ』ってあったけどよ、どうもよくわからん」
師匠にとってはそうでも、俺と都市長にとっては身に覚えのあることだった。
シャンバラの大地を初めて踏んだあの日、メープルと一緒に初めて攻略した迷宮で、キマイラが3つの宝石を落とした。
それは黒曜石と、金のトパーズ。銀とも言えなくもないコランダムだった。
メープルたちはそれを神の思し召しだとか、運命だと解釈した。迷宮の奥にいる存在は、俺たちしか知らないこの事実をなぜか知っている。
俺は薬指にはめられた黒曜石の指輪を、師匠の鼻先に差し出すように見せつけた。
「俺が黒曜石。シェラハがトパーズ。メープルが色のないコランダムだった。そしてその共通の父親といえば、他にいない」
「懐かしさのあまりに涙が浮かんでしまいそうですよ……。ですが、なぜ私が指名されたのでしょう……」
「そりゃ、爺さんとバカ弟子を殺せばシャンバラは終わるけどよ。なんか、妙だな……」
パンドーラの棺は確実に破壊しておきたい。
俺が寿命を迎えた後も、シャンバラは緑の大地でなければならない。今こうして機能を停止していいるとしても、また動き出すようでは困る。
パンドーラの棺の内部に存在するモノと、俺たちは相容れない。
「都市長たちは入り口だけでいい。奥は俺だけで片付ける」
「はっ……ま、妥当だな。爆破するなら他の連中は足手まといだ、テメェが吹き飛ばして来い」
「いえ、私たちも参ります。メープルもシェラハゾも、決してそこは譲らないでしょう」
俺たちはパンドーラの棺を消さなければならない。それは迷宮という別世界の壁に阻まれていて、外側からの爆破では中枢を取り除くことが出来ない。
この現象を放置すればシャンバラは滅びる。今は停止していても、きっとまた再発する。永遠の緑野を望むならば、俺たちは自らと家族の命を賭けなければならなかった。
「俺とシェラハが前衛をやる。都市長は一番後ろだ、メープルよりも後ろに立ってくれ」
「ユリウスさん、私をそんなに年寄り扱いしないで下さい」
「いや立派な年寄りだろう、アンタはそこいらの古木に説教出来るくらい古いぞ」
「だからこそ頼りにして下さい」
「ま、今ばかりはしょうがねぇのか……。おいバカ弟子、俺の大親友を怪我させたら熱々のガラスの海に沈めてやるからな。ぅぅっ、さぶっ、早く中で暖まろうぜ!」
これは推測に過ぎないが、俺とシェラハとメープルを結び付けた何かが、パンドーラの棺の中で決着を望んでいる。この誘いに応じなければ、迷宮に立てこもる敵を倒すことは不可能だ。
俺たちは罠である可能性も承知の上で、未来のために進むことに決めた。敵がもし己の意のままに迷宮の入場制限をいじれるならば、誰も入ってこれないようなルールを提示するはずだ。
俺たちは家の中に戻り、子供たちを遠ざけてこの話をシェラハたちに伝えた。
「ハブられたような気分だ……。なんでそこにボクを加えてくれないんだっ!!」
それはきっと、俺が中心じゃないからだ。
都市長、あるいはシェラハがこの招待の主賓なのだろう。そう言ってグラフを慰めてやりたかったが、伝えるチャンスに恵まれなかった。
投稿が遅くなってすみません。現在、書籍版の改稿に追われています。
次話は文字数控えめ。次々話の更新は遅れるかもしれません。
書籍版はウェブ版の雑だった部分を中心に、全面的な改稿、加筆修正を施していってます。多くの時間と労力を傾けて、買って損のない1冊に仕上げますので、どうか応援して下さい。




