・6年目 滅びの都 - 宮廷魔術師 -
翌朝、アルヴィンス師匠に揺り起こされた。
「よう、報告に来たぜ」
「なんだ、師匠ですか……。普通にそこの玄関をノックして、足ではなく手で起こして下さいよ……」
「この状況で贅沢言うんじゃねぇよ」
師匠のその一言が俺を現実に引き戻した。
この厳しい現実さえなければ、起こすと言ってくれたのにそのまま眠ってしまったグラフとこうして寄り添いあって、今しばらくの幸福なまどろみを楽しめたというのに。
「報告というのは?」
「メギドジェム。やっぱありゃ、とんでもねぇ代物だ……。俺たち転移魔法使いでもない限り、誰も使いこなせねぇだろうな」
俺はグラフを起こさないよう慎重に毛布を抜け出した。
「まさか、使ったんですか、あの遺跡に?」
「アリの判断だ。今すぐ止められるなら、止めるに越したことはねーだろ?」
そう指示しなかったのは、破壊出来るとは思えなかったからだ。パンドーラの棺は今日まで誰にも開けられなかった。
「どうなりましたか?」
「失敗だ」
「やはりそうですか……」
水瓶からコップ2つに水を移して、師匠の待つテーブルへと配膳してそこに落ち着いた。
どちらにしろ、一度爆破してみてどれくらいの効力があったか聞いておかなかければならなかったので、手間が省けた形だろうか。
「まあ全くの無傷ってわけでもねぇ。備蓄の5発を一気に全部ぶち込んだら、遺跡の表面が融解した」
「具体的にどれくらいですか?」
「あー、熱したナイフでチーズの塊を軽く撫でたくらいだな」
「やはり改良が必要みたいですね」
「熱でやわらかくして、そこを爆裂属性を持った新型でドカンッ! ってよ、吹っ飛ばせばいいんじゃねぇかな」
「指向性をもっと高めた方がいいのかもしれません。ただどうやって近付くのかという、問題に行き着きますが……」
「俺もアレには近づきたくねぇな……」
信じられない強度だ。そうそう簡単に破壊できるとは思っていなかったが、想像を上回る異常な強さだった。いったいそこまでして、古のエルフはあの棺の中に何を隠したのだろう。
「情報助かりました。どうにかします」
「大丈夫か? なんなら俺も手伝うぞ」
「師匠は師匠の得意分野で頼みます」
「おう。……で、具体的にテメェはどうするつもりなんだ?」
「ジェムを改良しながら大量生産します。あの遺跡が先に吹っ飛ぶか、俺たちが死の砂漠に飲まれるか、根比べです」
「ま、そうなるよな。ならこっちはツワイク王に掛け合って、宮廷魔術師を工面してもらう。はははっ、爆撃は俺ら転移魔法使いに任せとけ」
そのツワイクの宮廷魔術師と、これから改良されるメギドジェムが組み合わさったら、過去最悪の殺戮部隊が生まれてしまう。師匠とはそのことを話し合って、管理を徹底してもらうことになった。
・
昼前になるとこちらの台所事情を心配して、シェラハが一時的に戻って来た。
バナナしか食べていなかった俺とグラフと娘たちは、彼女の作る少し早めの昼食を食べて、また忙しなく工房へと戻った。
「ふぅ、ふぅ……っ、ユリウス様、お届け物です……っ!」
「今日はこき使って悪いな、ラウリィ。うわ、汗塗れだな……大丈夫か?」
朝から次から次へと素材が納入されて、俺はそれを湯水のように消費していった。
錬金術師ウルドとその姉妹は俺の日常業務を代行してくれた。大量破壊兵器の製造を、やさしいあの子たちに手伝わせたくなかった。
「はいっ、目が回ってます! 大丈夫です!」
それは大丈夫じゃないやつだぞ、ラウリィ。
「ラウリィは少しこっちに寄って休んでいってっ、ほら早くおいでっ!」
「むふふっ、美少年の汗はエロいのぅ!」
「スタミナポーション、もう少しで出来るから待っててね、ラウリィくん……」
ラウリィは俺よりおじさんのはずなのに、娘たちと同年代のように打ち解けている。
エルフっていうのは不思議だなとしみじみ思いながら、俺は世界を滅ぼしかけねない危険な爆弾を、よりえげつなく改良しつつ大量生産していった。
・
「待たせたな、ユリウス!」
「アルヴィンス様から聞いたよ、派手な花火をやるんだってね!」
それからまた少しすると、古巣のツワイク王国から宮廷魔術師がやって来た。
彼らは俺が用意した改良型メギドジェムを受け取り、その美しいが危険な輝きをそれぞれの気持ちを胸に眺めた。
「みんな、来てくれたのか……」
「あちちちっ、しかしこの国あっついなっ?!」
「そんな黒いローブを着ているからだ。そいつはシャンバラでは、ポータブル蒸し風呂装置だぞ」
黒いローブがユニフォームのツワイク宮廷魔術師は、急遽黄麻のローブに着替えることになった。彼らはこれからアルヴィンス師匠と合流し、空中に転移しての爆撃を行う。
俺が世界を滅ぼし得る爆弾を作り、彼ら元同僚がそれを投下する。
こちらが力尽きるか、パンドーラの棺がぶっ壊れるまで、この作戦は続くことになる。
「危険な仕事を押し付けてすまない。せめて派手な花火を楽しんでくれ」
「気にすることはないよ。我々宮廷魔術師が、ツワイクとその盟友に尽くすことは当然の職務だ」
「アルヴィンス様とまた一緒に働けるなら、俺はなんだっていい!」
これは破壊力と物量に物を言わせたムチャクチャな作戦だが、実際にこうして決行してみると、最高にド派手でスリリングな刺激あふれる戦いでもあった。
「師匠はこっちじゃただの酒臭いスケベオヤジだ」
「はっ、ならツワイクの頃となんにも変わらないな!」
シャンバラを再び砂漠に変えようとするならば、こちらだってそちらを灰燼に帰してやる。
この日より絶え間ない爆発音が、シャンバラの空に轟くことになった。
俺たちはどんな手を使ってでも、後にどんな時代が訪れようとしても、今の光り輝く栄光の国シャンバラを守りたかった。
更新遅くなりました。書籍版の改稿で忙しくしています。
丁寧に丁寧に仕上げていますので、どうか発売しましたら応援して下さい。
(カマカマ野郎ことカーマスさんは、大人の事情でカマ的表現が難しくなりましたので、別のカマ野郎になっています)




