・6年目 滅びの都 - 開かずの棺 -
今回含め、分割の都合で投稿文字数がしばらく乱高下します。
その後、色々とあった。とてもでは一言では言い尽くせないほどの混乱がシャンバラを飲み込み、夢にあふれていたシャンバラの民を絶望のどん底に叩き落とした。最悪は、国を捨てることになるかもしれないからだ……。
栄華の絶頂にあったシャンバラは、再び伝説のシャンバラ王国のようにこれから滅びようとしていた。誰もが情緒不安定で、口を開けばギスギスとしていた。
誰もが一度は報告を疑ったが、実際に白く枯れ果てた森をその目で見ると、破滅が近付いていることを確信した。
都市長は倒れた。ショックのあまりに寝込んでしまった。これまでの過労と重なっただけで、命に別状はないそうだった。
「ふがいない私をお許し下さい、ユリウスさん……」
「そんなことはない。こうしてアンタに倒れられると、今日まで支えられていたことを実感するよ」
「ふふふ……。必ず、明日までに動けるようにしておきます……」
「死なれたら困る。ほどほどにな」
「ユリウスさん、都市長を気づかってくれるのはありがたいのですが、そろそろ時間が……」
普段物静かな秘書、義兄さんも今日ばかりは神経が張りつめていた。これから彼と俺はシャンバラの議会に出る。現在は一秒すら惜しい非常事態だが、行動に出る前に有力者たちを説得しなくてはならなかった。
「悪い。また来るよ、都市長」
市長邸を出て、行政区の奥に進んだ。その先に議事堂とそれに連なる設備がある。
俺と義兄さんは駆け足で舗装路を進み、凍えるような夜の冷え込みの中を議事堂まで休むことなく走り抜けた。
議会に飛び込むと、シャンバラの有力者たちの注目が俺たちに集まった。
「シャムシエル都市長は来れない。だから彼の代わりに俺が来た。文句は言わせない」
誰からも文句はなかった。都市長には政敵だってそりゃいたが、その政敵すらも都市長の身を案じていた。内輪もめしている場合ではなかったのもあるだろう。
それに彼は、デザートウォーカーにとって共通の祖父も同然の存在だった。
今日までシャンバラを守り続けたのは、シャンバラ王国の王子と共に滅びを免れ、砂漠と化した大地で生きる道を指し示した彼だ。だからこそ彼の精神は今回の悲劇に堪えられなかった。人生の全てを失ったようなものだった。
俺は彼の義理の息子として、議長席に立った。都市長を心配する声や、滅びへの不安の声が響き渡り、『どうにかしてくれユリウス様』と各オアシスの有力者たちにすがられた。
「ある女が、迷いの砂漠は揺り籠だと言っていた。迷いの砂漠は未熟なエルフたちを守る保育器で、いずれエルフはこの揺り籠から抜け出して、立ち上がらなければならないと」
俺が言葉を投げかけると、彼らはまるでゲフェン王に従う小姓たちのように静粛した。ユリウス・カサエルならどうにかしてくれると信じてくれた。
同時に思う。オアシスで水浴びをしていたあの女は恐らく、俺の知るシェラハではなかったのだろうと。
「だがその揺り籠は、緑にあふれたシャンバラを白く染め上げている。俺たちを今日まで育んでくれたその揺り籠こそが、古の王国を滅ぼした元凶だった」
誰もがわかっていることでも口にする必要があった。シャンバラを滅ぼしかねない不発弾たる遺跡、パンドーラの棺が発見された日より、こうなる可能性もあることが既に予測されていた。
「ヒューマンである俺が言う。俺たちヒューマンは短絡的でろくでもない連中だ。平気で人を食い物にし、友情を歌いながら隠し持ったナイフで相手を傷つけるような存在だ。エルフやネコヒトにとって、さぞ付き合いがたい隣人だと思う」
現状、俺たちの前に選択肢は2つある。
1つは避難だ。他の部族たちがかつてそうしたように、シャンバラを捨てる。そして災厄が終わった後に、戻りたい者だけが戻る。多くの物を失うが、揺り籠である迷いの砂漠が残る。
「だがそんなもの、もう今さらだろう! 転移門がヒューマンの国々とシャンバラとリーンハイムを繋いだ以上、揺り籠の価値は既に失われている! よって俺たちがこれからするべき行動は、ただ1つだけだ!!」
そしてもう1つは――
「破壊だ!! 古代遺跡パンドーラの棺を破壊し、迷いの砂漠と引き替えに緑あふれる大地を手に入れる!! 俺たちが取れる選択肢は、砂漠化の原因を破壊すること、たった1つだけだ!!」
言葉は人々の心に深く反響し、その口を大きく開かせた。誰もが口を開き、大きな叫び声を上げて俺の言葉に反応を返してくれた。大半が賛同で、残りは妥協やミャァミャァだった。
「これから俺はメギドジェムの改良と量産に入る。これにはシャンバラ全体の支援が必要だ。ありったけの爆弾をパンドーラの棺にぶち込み、機能を停止させる。都市長が築いた冒険者ギルドと連携して、彼の子供たちである俺たちの手で、この破滅を終わらせる。せっかく築いた緑の大地を、あんな骨董品なんかに奪われてたまるか!!」
俺は議会を焚き付け、彼らからの支援を取り付けた。勝利の鍵は物量と供給だ。爆弾に加工出来るありとあらゆる素材を工房に納入することに決まり、安定供給のために冒険者ギルドの活動も維持することになった。
いずれ拡大する被害地域への対応や、避難誘導。やらなければならないことが山のようにあった。
「ようやく応援が来たようです」
「応援……? んなっ……?!」
議長代理として義兄さんに支えながら話し合いを進めてゆくと、議事堂の扉がいきなり開け放たれて、そこにアリ元王子が嫁さんを引き連れて現れた。
「何を驚いている。この話、うちの町にとっても他人事ではない。せっかくあそこまで栄えさせたのに、このまま砂漠化などさせてたまるか! 力を貸すぞ、ユリウス!」
「ではアリ様、ユリウスさんはご多忙です。代わりに議長を引き受けていただけますか?」
「ああ、元王族の俺に任せるといい。彼らへの面識は、お前よりも俺の方が深いからな」
「恩に着るよ、アリ。同じツワイク人として、今はお前のことを誇りに思っている」
巨体のアリと握手を交わすと、ヤツは驚いたように身を震わせた。昔の俺たちは相性最悪の犬と猿だったが、今はもう違う。
「お、お前は、誰だっ!? 俺に、誇り……? バカなっ、あのユリウスの言葉とは思えんっ!!」
「じゃ、後は任せた。義兄さん、アリはかなり短気だから上手く操縦してくれ」
「あの頃の俺と今の俺を同じにするなっ!!」
「思えばお互いバカだったな」
「フ……私もあの時のエリート風を吹かせた青年が、こんなに立派な方になるとは思いませんでした」
「ハハハッ、当時のユリウスは虚栄心の塊のようなやつだったからな」
「……それはお前にだけは言われたくない」
アリと義兄さんにもう一度感謝して、俺は転移魔法を用いてベッドの前に帰宅した。
「あ……」
だが俺のダブルベッドには、娘たち3人がひしめき合って眠っていた。彼女らの寝顔はとても穏やかで、アリとの昔話もあって気持ちが過去に巻き戻っていた俺は、娘たちという現在をその目にした。
「やっと帰って来たな。起こす前にこっちに来い、詳しい話を聞かせてくれ」
「ああ……。ただいま、グラフ」
自分の寝室を抜けて、それから彼女に引っ張られて暖炉の前に腰掛けた。大きな毛布をグラフと一緒にかぶって、赤い炎を眺めた。
メープルとシェラハは都市長のところだ。あの2人にってはそれが当然のことだった。
「皮肉なものだね。シャムシエル様が倒れたおかげで、君は平静を取り戻して覚悟を決めた。うん、今の顔の方がずっと男前で好きだよ」
「あ、ああ……。お前にも心配をかけたな……」
白い肌、透けるような薄水色の髪をしたエルフが、慰めるように頬へと口付けをくれた。彼女らしくないサービスだったが、今は非常事態だった。
「こんな時じゃなかったら、君を誘惑していたのにな……」
「こんな時じゃなかったら、うっかりその誘惑に乗りかけたよ」
グラフは俺の帰宅を待っていてくれたのだろう。
だがそろそろ動かなくてはならない。時間が惜しかった。
「ダメだ、ボクが起こしてあげるから少し休め。ほらっ、少しだけでも寝るんだ!」
立ち上がろうとするとグラフに押し倒された。こんな時だからこそ気持ちが高ぶって、変な気を起こしたくなりかけた。
だが――それ以上に頭と身体が疲労していたらしい。彼女に寄り添われながら目を閉じると、意識が崩れるように眠りへと引きずり込まれていた。
俺は、シャンバラを守りたい。大切な恩人たちの国と夢を。




