・6年目 滅びの都 - 爆心地 -
「ボクたちの森が……森が次々と枯れていっている!!」
当然だがメープルもシェラハも飛び起きた。
森が枯れる。自然物なのだからきっとそういうこともあるだろうが、グラフの血相を変えた顔が、これはただ事ではないと叫んでいた。
「嘘……」
メープルとは思えないほどに悲しそうな声が漏れた。
「枯れたって、どういうこと……? そんなに酷い状況なの……?」
「うん……かなり、まずい……。ユリウス、しっかりしてくれ、ボクたちが付いているから……っ!!」
桟橋からなかなか立ち上がらないので、グラフにまで心配されてしまった。立つと足下が少しふらついて、シェラハとメープルが左右から支えてくれると、自分が相当のショックを受けていることを知った。
「すまん、まだ寝ぼけているみたいだ。……都市長に報告は?」
「した」
「そうか……。なら……実際の被害は、どれくらい、酷いんだ……?」
「遠くから見てわかるほどに酷い……。見れば動きとなってわかるくらいに……大地が次々と、枯れていっているんだ……」
そんな、バカなことが、なぜ起きる……。
俺がしくじったのか……?
俺が生み出したあの緑は、一過性のまやかしだったのか……?
「場所は?」
「後ろに乗って。ボクが君を案内する」
転移魔法は使うなって言いたいのだろう。転移して自分の目で確かめるのも恐ろしかったので、素直に馬の背へとまたがった。
「ユリウス、大丈夫よ、あたしたちもついているから……」
「だいじょうぶ……だいじょうぶだから、しっかりして……。そんな、悲しそうなユリウス、私、やだよ……」
平気だと微笑み返しても、力のない弱々しい表情にしかならなかった。
俺は2人を心配させたまま、グラフの駆る馬に運ばれてオアシスを発っていた。
・
急行すると、せっかく俺たちが築いた森が暗褐色に枯れ果てていた。
「酷い……」
「そうだね……。でも、ボクたちで原因を見つけるんだ」
「そうだな……。ああ、そうするべきだ……」
「ユリウス、少しだけ夢が後退しただけだよ。原因さえ取り除けば、またボクたちは歩き出せる」
グラフが焦っていたわけもわかった。
大地がじわじわと枯れていっている。草木に覆われていた大地が、少しずつ荒れ地に変わってゆくのをこの目で見た。
「原因か。原因は、きっと、この先だな……」
「うん……そうだろうね」
奥から順番に木々が枯れていってる。
だったらこの奥に森を枯らしている原因がある。俺とグラフは枯れた森を進んだ。
「ユリウス、これって……なんなんだ……? こんなの、おかしいよ……」
進むと枯れる枯れたどころではなくなっていた。草木が白い灰となって崩れ落ち、瑞々しい土だったはずの大地が、白い砂漠に変わり果てていた……。
「知っている……」
「心当たりがあるのか?」
「昔、都市長から、聞いた……」
「ユリウス、大丈夫。落ち着いて、焦らなくても大丈夫だから」
息が乱れて、また情けなくもグラフに慰められてしまった。俺は呼吸を落ち着かせて、言葉にならない言葉を頭の中でどうにかまとめて、彼女に俺の知る事実を伝えようとした。
「都市長が言ったんだ……。昔、遠い昔……シャンバラが滅びた日……。その日、森も、建物も、何もかもが白い灰になって、全てが崩れ落ちたって……」
似た現象に見える……。大地が白い砂に変わるなんて、こんな怪奇が他にそうそうあるとは思えない……。
「ユリウス、あくまでそれは可能性だよ。それにこれが当時と同じ滅びだからって、覆せないとなんで君が決められる? ボクの知る君なら負けない。しっかりしてくれ!」
そう俺に言うグライオフェンの声は震えていた。【滅び】が恐ろしいのは俺だけではなく、彼女だって同じだと気付くと、やっと身体に血の気が戻ってきた。
俺は馬を降り、滅びゆく森を見回した。今すぐこれを止めなければ、最悪は全土を飲み尽くす。
そんな結末はお断りだ。
「ここからは俺単独で動こう。グラフは報告に戻ってくれ」
「ダメだよっ! 君はこういうとき、必ずバカをするやつだ! ボクには今の君が冷静とは思えない!」
「大丈夫だ、ただの偵察だ」
「この奥で森を枯らした力が動いているんだろ! 近付くだけで危ないじゃないか!」
「だからこそ確かめるんだ。この先に存在するモノに近付けるかどうか。確かめるなら転移魔法使いの俺が適任だ」
「ユリウス、君は……この先に何があるか知っているの……?」
都市長は言っていた。シャンバラ王国が滅びはその場所から始まった。とても偶然とは思えない……。
気持ちを落ち着かせ、グラフの問いに返事を返すために顔を上げた。
「俺たちは最初にそれを『迷いの砂漠そのもの』と呼んだ。そしてその後『謎の地下遺跡』とも呼ぶようになり、そこがシャンバラの『滅びし都』であることを知った。都市長はその時に言った、かつて都であったあそこが『爆心地』であると」
落ち着いて考えればどうってことなかった。爆心地であるあの地を刺激することを恐れて、結局あの遺跡の調査は中断になった。もう1度、シャンバラが滅ぼした何かが始まる可能性があったからだ。
「あの遺跡が原因……。それは、調べてみる価値があるな……。そしてそれは、一瞬で目的地にたどり着ける君にしか出来ないことか……。わかったよ、ボクは戻るよ……」
「グラフ――いや、グライオフェン。情けないところを見せたな」
「ふっ……君も弱気になるんだな。意外とかわいらしかったよ」
少しの間だけ手を結び合ってから、グラフと別れて転移した。
あの遺跡はここからほんのちょっとの距離だ。保険として枯れ木を持ち込んでそれを足場として敷いて、真っ白に枯れ果てた砂漠に降り立った。
そこで俺は見た。あの地底に眠る遺跡を中心に、大地が灰のように真っ白に染まっている様を。
かつてシャンバラ王国を滅ぼした災厄、その爆心地は――俺が再生させた砂漠の国シャンバラへと再び牙を剥いていた。
滅びの日が、訪れていた。
だがそうはならない。俺はこの滅びを止めて夢を叶える。ここが爆心地ならば、迷いの砂漠を破壊してでも、シャンバラの滅びを止める。
あらゆる生命力を吸い尽くす滅びの力が、少しずつ広がっていた。




