・6年目 滅びの都 - 始まりの日 -
子供たちが生まれて、ついに6年が経った。
遙か東方から西方まで、転移門が生み出した流通網は世界を目まぐるしく変えた。転移門を持つ国々が世界の中心となり、持たぬ国々は一歩見劣りする辺境と化した。
もはや俺たち連合国を倒せる国は存在しない。防衛協定を結び、瞬時に兵を送り合える俺たちは、年月を重ねるごとに関係を深め、次第に1つの大帝国に姿を変え始めている。
タンタルスの襲撃が繰り返されるたびに連合国は結束を深め、世界を守るという大義名分の下に肥大化していっている。
やがて俺たち連合国そのものが世界の歪みとなり、属さぬ国々に不幸をまき散らすのではないか。そんな疑いが俺と都市長、義兄さんの胸にはあったが、人にはとても言えなかった。
異世界からの侵略が続く限り、連合国は存在し続けなければならなかったからだ。
一方で飛び切りにいい報告もある。それはシャンバラの大地の話だ。
先々月のシャンバラの緑化率は10%。先月が11%、今月の報告が12%。1ヶ月1%刻みの飛躍的な勢いで大地の再生が進んでいた。
このままの勢いで成長するならば、あとたった88ヶ月でシャンバラの砂漠を駆逐することが出来てしまう。
老人たちの記憶の中のシャンバラ王国とは少し異なるかも知れないが、生きているうちに俺は夢を叶えることが出来る。俺が生きた証を大地に刻み、新たな証を探す夢を始められる。
まるで魔法のように増えてゆく自然の姿に、シャンバラ中が喜びに湧いていた。
巨匠メープルにより各地にユリウス像が建てられ、ユリウスはヒデブゥなオークであり、スケベな覗き魔であり、その妻シェラハは女神同然に美しい人だと人々の記憶に刻まれた……。俺に断りなく、勝手にな!!
『大変ユリウスッ、またお供え物が届いたわ!』
『豊穣神ユリウス様、だって……。うける……』
『黒蜜がけのドーナッツじゃないか! はははっ、ユリウスは甘い物好きと広めておいて正解だったな!』
お供え物や励ましの手紙が連日届き、もちろん甘味は俺ではなく家族の腹に消えた。ユリウスは甘い物好きだとこの策士どもは評判をねつ造し、甘味の入手を思うがままにした。
彼女たちが俺の名を騙って美味しかったと絶賛すると、どうも甘味屋が繁盛する仕組みにもなっているとか、なっていないとか……。俺という人間は、世間の認識からどんどんと乖離していった……。
ともかく概算であと88ヶ月で夢が叶う。焦っていた頃が嘘のようだ。毎日が目まぐるしく過ぎていった。
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その日、一日の仕事を終えた俺はオアシスの桟橋に腰掛けて、静かにそこへとたたずんでいた。
赤い西日が水面を寂しげに照らして、風が水面に細波を描いて通り過ぎてゆくのをただぼんやりと眺めた。
バザー・オアシスや、ここ行政区の遠景は既に緑化し尽くされ、砂漠に囲まれたオアシスの部分だけが未来への遺産として残された。
シャンバラの民は緑を望んでいたが、砂漠やオアシスの姿が完全に消えるのはあまりに寂しかった。
「あれ……。メープル……?」
疲れていたのか、目を明けると自分がうたた寝をしていたことに気づいた。隣にはいなかったはずのメープルがぴったりとくっついて、こちらに体重を預けて眠っていた。
少し風が冷たくなってきていたけれど、きっと家族が起こしに来てくれるだろう。家族に起こしてもらえて、夕飯の食卓に導いてもらえるなんて、それはなんて幸せなことなのだろうか。
俺はまた目を閉じて、メープルの安心する匂いを嗅ぎながら幸福な眠りへと落ちていった。
「あれ……。シェラハ……?」
目を覚ますと隣にシェラハが増えていた。西日をバックにした彼女の横顔は女神のように綺麗で、ただでさえ美しいブロンドが光り輝いて見えた。
子供たちはお腹を空かせていないのだろうか。そう思い描きながらもう1度、目を閉じた。
しかし――眠りに落ちる前に俺は顔を上げた。遠い声がして、俺は2人を揺すり起こした。
声の主はグライオフェンだ。珍しくも彼女は砂漠馬にまたがっていて、砂塵を声を立てながら市長邸の方からこちらに駆けて来た。
そして彼女は言った。とても信じがたい――いや、信じたくはない言葉を。いつもの枕詞『ユリウスッ、大変だ――』の後に、最悪の知らせが続くことになった。
「ボクたちの森が……森がどんどん枯れていっているっ!!」




