・5年目 甘き木よ来たれ! - 天気雨と不意打ち -
昨晩はお祭りだった。実践を経験して自信を付けたうちの子たちはもちろんとして、その親、親族、それぞれの師匠、友人のネコヒト族や呼んですらいないカーマスどもまで、誰もがとても舞い上がっていた。
シャンバラの大切な姫君が迷宮での初デビューを迎え、その深層から両親と共に甘き果実『アンブローシア』を持ち帰った。
そのちょっとした伝聞があれよあれよと人々の耳に広がっていって、いつの間にやらうちのポーション工房をお祭り会場に変えていた。どこからともなく酒と食べ物とマタタビが持ち込まれ、アンブローシアが栄光の証として飾りたてられた。
人々は夜が更けるまで語り明かした。
ウェルサンディ、スクルズ、ウルド。シャンバラの誰もがこの子たちを愛し、その成長を喜び、アンブローシアを使った奇跡の錬金術を期待した。
ただし、古の女王。現在のエルフの始祖。シェラハ・ゾーナカーナ・テネスを名乗る女と出会ったという事実は、その翌日まで誰にも明かされることはなかった。
正直に言って、俺もシェラハも受け止めかねていたからだ。あまりにシェラハにうり二つ過ぎて現実感が乏しかったからだ。祝いの席に水を差すくらいならば、俺たちは沈黙を選んだ。
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翌朝、やはり黙ってはおけないことなので、俺から都市長に報告を入れた。隣のシェラハを起こさないように慎重に抜け出して、朝早い老人の書斎を訪ねた。
「始祖様は、生きておられましたか……」
きっと彼は現実に当惑するだろうと。それは俺はそう予想していた。だが違った。都市長はとても嬉しそうに笑っていた。
女王の言葉の全てを伝えても、彼の表情にあるのはあふれんばかりの喜びだけだった。それだけ彼ら老人たちにとってあの女王は特別で、崇拝するのが当たり前の存在なのだろう。
「まあ、話は以上だ。女王の言葉の意図、今さら姿を現した理由は俺にはてんでわからん。だから俺は戻って、今日の仕事を済ませることにするよ。……新鮮なうちに、あの果実も調理したいしな」
「ああ、すみませんユリウスさん、私ばかり舞い上がってしまって」
「いいさ。試作の結果が出たらまた報告するよ」
「楽しみにしています」
なぜ女王が姿を消したまま帰ってこないのか。なぜ迷宮深層に現れたのか。なぜ白紙の書が指し示した場所に女王が現れたのか。疑いは尽きなかったが、言葉にするのはひかえた。
さっきも言ったが、今さら現れた動機がてんでわからなかった。
・
帰宅して仕事に没頭した。オーブに魔力をかけて水槽を見下ろし、黙々と品物を大量生産していった。
転移門が世界を繋げば繋ぐほどに、あらゆる品物の需要が高まる。特にスタミナポーションの需要は常時に右肩上がりで、現在ではポーションを超える主力商品になっていた。
「あれ、皆さんは……?」
やがてお昼時になるとラウリィが工房にやってきた。今回は納品数が多いので、彼はたくましい男たちやネコヒト族を引き連れていた。
「すまん、昨晩ちょっとしたお祭りがあってな。さすがにそろそろ起きて来ると思うぞ」
「あっ、そこは全然大丈夫です! いつも皆さんが手伝ってくれますけど、これは本来僕たちの仕事ですので……!」
普段は梱包を家族の誰かしらが手伝ってくれるのだが、今日はサポートがなくて散らかり切っていた。
ラウリィがてきぱきと指示をして、木箱や壺に品物を詰めさせてゆくのを、オーブに魔力をかけながらながらぼんやりと見守った。
「あっ、ラウリィ! ごめん、うちも手伝うよ!」
「あ、サンディちゃん……。えっと、おはようございますっ!」
あれだけ迷宮で攻撃魔法をぶっ放したというのにサンディは朝から元気だ。ラウリィと並び合ってポーションを木箱に詰めて、華やかな笑顔を彼に向けていた。
それを見て、俺はふと思った。サンディは誰にも渡したくないが、おっさんの手に渡るのだけはやはり堪えられない……。
ならば、いっそ目の前のこのラウリィ(46)ともっと親しくなってくれないものだろうか……と。
「ねぇ、パパ、どうしてラウリィをそんなに見てるの?」
「えっ、ぼ、僕をっ?!」
「うんっ、じーーーーっと見てた!」
「えっ、ええっ?! そ、そんなに……?」
オーブに最後の魔力をかけて、水槽の中のやつを仕上げた。わざと蒸気が辺りに立ちこめるように加減して、おかしなことを言うサンディを煙に巻いた。
「わっ……?!」
「キャッ、ちょっとっ、何も見えないじゃない……っ。もうっ、絶対わざとやったでしょ、パパッ!」
「すまん、ちょっとした事故だ。悪いがみんな、後は任せた」
オーブと水槽を使った仕事はこれにて終わりだ。俺は薄暗い工房を出て、厨房から香る遅い朝食の匂いを嗅ぎながら、寝癖の付いたグラフとテーブルで語り合った。
「スクルズの話を聞いていたら、また君と一緒に迷宮を潜ってみたくなった。もし次の機会があったら、このボクを連れていってくれ。ボクもかわいい娘たちに凄い凄いと言われて、チヤホヤとされたい……」
「チヤホヤって……。清々しいほどにわかりやすい動機だな……」
「だって……。スクルズのやつがシェラハばっかり褒めまくるから、悔しくなってきちゃって……」
白百合のグライオフェンとまで呼ばれた気高い女が、子供からの賞賛欲しさにこんなことを言うようになるなんて、変われば変わるものだ。
俺はそんな彼女の白い手を取って、その気持ちがよくわかるとうなづいて見せた。
「俺もシェラハに美味しいところを全部持って行かれた、ぜひ行こう」
「おおっ、本当かっ!?」
「俺たちが思っているよりもずっと、あの子たちは強い。迷宮に連れて行っても命を落とすようなことはないだろう」
「うんっ、ウルドの弓の腕は師匠であるボクが保証するよ。……少し、どんくさいけど」
ところがそんな話をしていると、メープルのやつがいきなり現れて、結ばれた俺たちの手に自分の右手を重ねてきた。
「キャッ……?!」
「家族に潜伏魔法を使うなって、何度言ったらわかるんだ、お前は……」
「10億回くらい……?」
「反省する気ゼロじゃないか……っ!」
「そんなことより……話は、聞かせてもらった……。私も、チヤホヤ、されまくりたい……」
お前までそれが動機かよ……。
だが幸い、あの入場制限がかかった迷宮はあと2つ分ある。彼女の予約を拒む理由はなかった。
「わかった、一緒に行こう。お宝の方も魅力的だからな」
「ふ、ふ、ふ……ついに、来た、来ましたよ……。私の、汚名返上の、チャンス……」
「いや、汚名返上って……。普段から自分の行動に責任を持てばいいだけのことだろうが……」
「そだね……。でも、無理」
メープルは話を打ち切って厨房に帰ろうとした。
「そうやってあっさり諦め――ゥッッ?!」
だがそれは不意打ちのためのブラフで、銀髪の美しいエルフは人の唇を突然に奪うなり飄々と立ち去って行った……。
「ふふ……っ」
「わ、笑うな……」
衝撃に固まる俺をグラフがおかしそうに笑った。結ばれた手をギュッと彼女は握って、親しみのこもった微笑みをくれた。
「ああいうどこまでも自由で気まぐれな生き様を、もっとボクたちは見習うべきなのだろうね」
「ない。アイツを基準にしたらシャンバラは終わりだ……」
「でも今のはとても参考になった。君はああいう不意打ちに弱いんだね」
「弱くない人間がいたら教えてほしいよ」
きっと千年経ってもメープルは童心を失わないだろう。
昼食と子供たちがこのテーブルに集まってくるまで、グラフと俺は手と手をずっと結び合いながら、またなんでもない言葉を交わしていった。
・
午後。またシャンバラに雨が降った。正確には短い天気雨だ。
普段のこの時間帯は日差しが熱くて外では過ごせたものではなかったが、今は熱された地表や屋根に雨が降り注いで、それがすぐに蒸発して湿気に変わっていた。
娘たちどころがその親まで一緒になって天気雨の中に飛び出して、はしゃぐ姿を工房の窓辺から眺めた。やがて雨が止み、蒸気が生み出した強い風が辺りの湿気を吹き飛ばして、いつもよりも気温の穏やかな昼を呼んできた。
「よ……」
「おい、一児の母……。髪、びしょびしょじゃないか……」
「ユリウスも、一緒に……出てきたらよかったのに……」
「俺はツワイク人だから天気雨なんて見慣れてるんだ」
工房に髪や肌を湿らせたメープルがやって来た。濡れたその姿はいつもとはどことなく雰囲気が異って、それがより魅力的に彼女を彩っていた。
「で、まだ、始めないの……? みんな、ユリウスの調合が始まるの、待ってる……」
「アンブローシアはもう1度手に入るかもわからない超絶レア素材だ。これをムダには出来ないよ」
いつもならば俺も錬金釜の前で、大地を蘇らせるために試行錯誤を繰り返している頃だ。しかし今日は文献とのにらめっこだった。
「早くしないと、食べちゃうよ……?」
「シャンバラの希望を食うな」
「違うよ。食べるのは、こっち……」
人が本を読みあさっているのに、メープルは向かい合うように俺の膝に乗った。美味しいシチュエーションだ。だが今はドキドキよりも、仕事を妨害された不満の方が勝った。
「邪魔だ……濡れた身体でくっつくな……」
「昨日は……お楽しみだった、ようですね……。姉さんばっか、ずるい……」
「まだ昼間だ」
「うん……。子供たちにバレるかと思うと、ドキドキするね……」
「ドキドキじゃ済まねぇよ……っ。俺はまだバカ親だと思われたくないんだっっ」
「……えっ?」
「えっ、じゃねーよっ!?」
「じゃ、笑止……」
「笑止でもねーよ……っ!」
膝から降りないメープルのお尻を抱き抱えて、往生際の悪いかにばさみをひっぺ返して床に戻した。クソ、メープルの甘い匂いが頭の中から消えない……。
集中力を乱された俺は渋い顔でメープルを見つめてから、欲望を堪えて文献漁りに戻った。
「そういう目で、見られるの……好き……」
「歪み過ぎだっての……」
「じゃ、何か手伝う……。何すれば、いい……?」
「この本を棚に戻してくれ。それから別の本をこっちに」
「おけ……」
メープルにサポートしてもらいながらじっくりと考えた。性格は因業だが物静かなメープルは、俺の意見を聞いてくれたり、黙々と文献集めを手伝ってくれた。
おとなしくさえしていれば、普通に優秀なやつだった……。
「うずうず……。そろそろ、セクハラ、したい……」
「それを膝に乗ってから言うな……」
「もう、無理……。まぢ、我慢、出来ない……」
「頼むから集中させてくれ……」
メープルの気まぐれに振り回されながらの研究は、なんだかんだ息抜きと集中のメリハリがあって上手く進んでいった。
投稿が遅くなってすみません。




