・5年目 砂漠の雨 - 再招待 -
「パパ、お帰り!」
「サンディ……?」
仕事を終えてギルドに戻ると、サンディが待ち構えていた。
「ふふふっ、あのねっ、今カーマスさんたちにおじ様たちのたぶらかし方を教わっていたの!」
「あらっ、ダメよサンディちゃんっ!?」
「私たちがユリウスさんに、マジギレされてしまいます」
もちろん俺は『何を教えたんだテメェら』と、マジギレ気味にヤツらを睨んだ。
「お話とっても面白かった! 今度アルヴィンスおじさまに試させてもらうわ!」
「サンディ、自分の師匠を試すな……」
帰りはサンディと一緒に手を繋いで帰った。
師匠のことは信じているが……この母親似の美しい笑顔を見ているとわからなくなる。
「パパ、うちはもう大人よ?」
「違う、お前はまだ5つだ」
俺たちは玄関をくぐらずに、直接家の暖炉の目の前に転移して身体を温めた。
「キャッ?! あ、しまっ……。帰ってきたのなら帰ってきたと言えっ!」
「ああすまん、ただいまの言葉を忘れていたな」
「ふふふっ、ただいま、グラフママッ♪」
「玄関を転移魔法で通り抜けるのは禁止だって決めただろ……。おかえり、サンディ」
一応、そういう取り決めはあった。
玄関をくぐらずに帰宅出来てしまう俺たちは、家人にとってはなかなか心臓に悪い存在だった。
騒ぎに気付いてシェラハは厨房から、メープルは2階から寝癖を頭に付けたまま下りてきて、誰もが口々に突然のこの雨のことを話題に語り出した。
ガラス窓からのぞく外の世界はまだ昼なのに日没のように薄暗く、シトシトと鳴り響く雨たちが、オアシスの水面に幾重もの波紋を描いていた。
・
「大変じゃっ大変じゃっ、どえらいこっちゃなのじゃっ!」
「待ってよぉ、私だけじゃ、重いよぉ……っ」
メープルが入れてくれた甘ったるい茶をすすりながら、そういえば食べていなかった昼食をシェラハに温めなおしてもらっていると、スクルズが工房の方から飛び込んで来た。ウルドも一緒で、彼女は大きな何かを抱えていた。
「どうしたの? あーっ、それっ! パパたちが大事にしてた本じゃないっ!」
それはあの白紙の書だった。このリアクションからして、スクルズは中の記述を読んでしまったのだろう。
グラフは厳しい面持ちでこちらに目を向け、へそ曲がりのメープルはわざとらしいあくびを上げてから、猫みたいにしなやかな動きで姉への密告に向かった。
「重いよぉ……2人とも手伝ってってばー……っ」
居間のテーブルに白紙の書が3人がかりで運ばれた。スクルズは人に運ばせておいて真ん中に陣取って、俺たちに見せつけるように件のページを開いた。
「大発見じゃ、父! このお宝をゲットすれば、父とジィジの夢がきっと早まるのじゃっ!」
「ふぅ、ふぅ……っ。でも、スクルズちゃん、この本、棚の裏に隠されていたような……」
「ああーっ、何これっ、面白そうっ!! うち、パパと一緒にこの迷宮に行ってみたいっ!!」
グラフと俺は頭を抱え、厨房から戻って来たシェラハも難しい顔をしていた。
ウルドはおとなしくて聞き分けがいいが、サンディとスクルズはそうじゃない。特に最近のサンディは行動力に満ち満ちていた。
「ダメだ」
「そうよ、ダメよ! 絶対ダメッ!」
「ま、今回ばっかは私も反対……」
「考えてもみてくれ、ボクたちがそんなわがままを許すわけないだろう!」
繰り返す、この2人は強情だ。親がダメと言って素直に聞くほどおとなしくも聞き分けもよくなかった。
「嫌じゃぁーっ!! 絶対行くっ、絶対行くっ、絶対行くのじゃーっっ!!」
「ふふーんっ、パパママがダメって言っても関係ないわ。うちら3人でこっそり行くものっ」
「……え? えーっ、ええーっ、わ、私もっ?! あ、危ないよぉ……っ!?」
「そーじゃそーじゃっ、ワシらを止められると思うなよーっ!?」
どうすりゃいい……。
頭ごなしに説教したところで、この2人が人の話を聞くか……?
親子で大ゲンカを始めれば、それはドロドロでギスギスの日々の始まりだ。
出来れば何か他に、上手い説得方法はないものか……。
「あれ……? みんな、ちょいちょい……これ、ここ……。注目」
「あら、どうしたのメープル? あら……っ?」
メープルが何かに気付いたようだ。彼女の指先を追いかけて、俺たちは白紙の書をのぞき込んだ。そこにはこうあった。
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・地母神の神酒
・土の迷宮、地下100階
・入場制限
ユリウス・カサエルと娘たち、その妻1名のみ入場可能
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・アンブロシア
・草の迷宮、地下110階
・入場制限
ユリウス・カサエルと娘たち、その妻1名のみ入場可能
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・氷竜の永久晶
・氷の迷宮、地下130階
・入場制限
ユリウス・カサエルと娘たち、その妻1名のみ入場可能
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なぜかはわからないが、入場制限が緩和されていた。以前見たときは、俺と子供たちだけという条件だったはずだ。
「ボクの記憶違いか……? ボクたちが入れるとは、書いてなかったよね……?」
「確かにユリウスと子供たちしか入れないってあったわ! なんなのよ、もうっ!」
俺が口をつぐんで深く思慮をすると、サンディとスクルズが期待の目を向けて来た。いや、俺に母親たちの説得を期待するのは間違いだと思うぞ……。
「この、アンブロシアという素材、気になって調べてみたところ錬金術の本に詳しい記述があった。桁近いの生命の力を持った不思議の果実らしい」
欲しいかどうかで言えば、喉から手が出るほどに欲しい……。
アンブロシアを使ったレシピが、どんな夢をシャンバラに生み出すか気になってたまらない。
「ん……私はパス。おすすめは、姉さんかな……」
「ちょ、ちょっと待ってっ、あたしたちを行かせるつもりなのっ!?」
「うん……悔しいけどボクは弓使いだし、危険を考えれば、それが確実だろうね……」
「シェラハならオークタイプの体当たりも、片手で跳ね返せるしな」
「そ、そんなわけないでしょーっ!? もうっ、あたしのことをなんだと思ってるのよっ!?」
「えと、ごめん……余裕だと思う……。むしろ、小指で……?」
子供たちは半信半疑だったが、シェラハの前衛としての屈強さを俺たちは知っていた。小指一本はさすがに言い過ぎだが、まあ……可能性はある。
「ねぇ、ママ……? ママってそんなに強かったの……?」
「待って、待ってよみんなっ、わ、私もいくのっ!?」
「当然じゃ! ワシらはカサエル3姉妹、3人揃って一人前じゃ!」
白紙の書の意図はわからないが、まだだいぶ迷うところではあるが、条件が魅力的だ。
心変わりをした俺たちはシェラハ・ゾーナカーナ・テネスという最強の前衛を盾にして、件の迷宮を下ってみることにした。




