・5年目 誰もが羨むエルフの特質
その日、一仕事終えた俺は釣り竿も持たずにオアシスの桟橋でうたた寝していた。
ぴちゃりと何か水音がして、寝ぼけていた俺は魚がかかったのかと飛び起きた。
「おい……。服着ろよ、一児の母……」
「え、なして……?」
「なして、じゃねーよ……」
「そう言いつつも、ユリウスは熱いまなざしを未成熟バディに向けずにはいられなかったのだった……。正直、そそる……。このまま服を脱ぎ、飛びかかって組んず解れつしてしまおうか……。ユリウスは、生唾を飲み干した……」
正体は魚ではなくメープルだった。さんさんと降り注ぐ灼熱の日差しの下で、美しい銀髪を湖水に浮かばせながら気持ちよさそうに背泳ぎをしていた。
「ホント、教育に悪い母親だな、お前……」
「品性下劣で、売ってます……。ツッコミ、まだ……? あて……っ♪」
わざわざ足下までおでこを運んできたメープルに、足では可哀想なので手で軽く小突きを入れた。
「頼むから水着を着ろ……」
「嬉しいくせに……」
「ああ、認める。だから服を着てくれ、魅力的過ぎる……」
「じゃ、今夜、行っていい……?」
「わ……わかった……待ってる……」
「ちょろい。魚の前のネコヒト族より、ちょろい……」
「いちいち煽るな……。あ……」
満足したのかメープルは湖の奥に行ってしまった。
遅れて自分の心臓が激しく高鳴り、彼女に魅了されていたことにも気付くことになった。
「もう少しがんばるか」
サンディの弟や妹が産まれたときに、もっとシャンバラが緑であふれていれば、その子の幼少期はより豊かなものになるだろう。俺は桟橋から立ち上がり、工房へと引き返した。
「残念、ママより大きくなりたかったのに……」
「そ、そんなことないわ。小さい方があたしはかわいいと思うわ……」
戻ると家の方からサンディとシェラハの声が聞こえた。
何かあったのだろうかと家の方に抜けると、そこには向かい合って手を頭の上に乗せている2人がいた。
「何やってるんだ……?」
「あ、パパ。あのね、ここ3ヶ月、うち、背が全然伸びてないの……」
「成長の壁にぶつかったみたい。でもサンディ、ここからゆっくり、ゆーっくり大きくなると思うわ」
「それってどれくらい……?」
「100年くらいかしら……。100年堪えたら20cm背が伸びたという話もあるわ」
いや、それは成長が緩やかにもほどがあるだろう……。
「つまり、メープルママやウルドにも可能性があるってこと?」
「え、ええ……っ、たぶん……」
シェラハは遠くに目をそらした。長身になったメープルなんてとても想像が付かない。可能性があったとして、俺が拝むこともないだろう。
「胸は?」
「えっ!?」
「胸も大きくなるんだよねっ!?」
「え、あの……それは……ユリウスはどう思う……?」
「な、何っ、その話を俺に振るのか!?」
「どうなのっ、ママのおっぱい昔より大きくなってる!?」
「答えられるかそんなもん……」
大きくなったと思う。シェラハは少し太ったと思いこんでいるが、それは単に大きくなっただけだと思う。……サンディの前で言えるはずもなかったが。
「話は聞かせてもらったのじゃ! 父っ、後生じゃっ、乳揉んでくれぇーっっ!!」
「帰るなり何言ってんだよ、お前は……っ!? ただいまを先に言え……っ」
そこにスクルズが帰って来た。いつも通りの勢い任せの軽くツッコミを入れると、メープルみたいに笑うのだからますます困ったやつだった。
「ワシも成長が止まってしまったのじゃ……。せめて乳だけでも……そう願って、何が悪いのじゃ……」
「いや、全部かな」
「ずるいのじゃーっ、ワシもシェラハ母みたいになりたいのじゃーっ!! 揉めっ、父!!」
「揉むか、このバカ娘っ!」
「残酷じゃ! 残酷なまでに緩やかな成長にワシらは絶望せずにおられんのじゃーっ!」
スクルズはだいたい17、サンディは18歳ほどで成長を止めた。
どちらももう大人も同然の容姿に育ち、それが嬉しいようで悲しいような複雑な気分だ。
「そうだわ、パパ! 今からみんなで水浴びしましょ!」
「たまには父も一緒に泳ぐのじゃ!」
ただ大きくなってもまだまだ心はお子様だった。
シェラハは子供たちの思い付きに身体を覆い隠して恥じらい、そんな彼女の姿を俺はいつもの癖で見つめてしまっていた。
「たまにはいいかもな……」
「えっ、ユ、ユリウス……ッ?!」
「水着を着ていいなら付き合おう」
「やったーっ、今日のパパ乗りいいっ!」
「ワシのナイスバディを父に見せつけてやるのじゃ! いっつもシェラハ母にばっか見とれて、ずるいのじゃーっ!」
その日の残りの仕事はサボった。
オアシスで踊り回るシェラハと子供たちの姿は、まるで蜃気楼のようにはかなく、美しいがゆえに非現実的に見えた。
寿命の概念を超越し、いつまでも若々しく在れるその姿は誰もが羨むエルフの特質だった。
ストック尽きました。次回、更新遅れるかもしれません。
改稿作業、なかなか始まりません。書籍の発売はもう少し先になります。




