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・5年目 ゲフェン王国外交記 - 陛下、いろはにほへと -

「た、大変っ!!」

「おおっ、伸びておるっ、まだまだ伸びておるなぁっ、わははははっっ!!」

「笑い事じゃないですよ、陛下っ!?」


「ユリウス殿の言いつけを破って、3杯も飲んだからであろうな……」

「パパッ、王様の毛を斬って! 毛の海に埋もれてゆくわ!」


 玉座が黒々とした髪で埋もれていた。それは加速度的に成長速度を上げてゆき、謁見の間は怪異と言ってもいいこの非常事態に大騒ぎだった。


「やむを得ないっ、陛下っ、どうかご無礼を!」


 ゲフェン王の身体は既に髪の毛が重心となってしまっていた。彼はあふれる剛毛に引きずり込まれながらも、なぜか笑っていた……。


 俺はその髪の周囲にエルフの聖剣を何度も何度も振り下ろし、髪の毛と王を分離しようと奮闘した。

 ダメだ……後頭部の毛にまで手が回らない! このままでは俺も毛に飲み込まれる!


「いいのだ、ユリウス殿。この不肖ハゲ、自分の毛に飲まれて死ねるなら本望だ……」

「何アホなこと言ってるんですかっ、死なれたら外交問題どころじゃないですってっ、絶対に死なせませんよっ!!」


 王は怒らなかった。穏やかでやさしい顔で、黒々とした髪の海で剣を振り回す俺に微笑んでいた。

 こうなったら多少のリスクを承知で、王を世界の裏側に引きずり込むしかない……!


「嬉しく思う。朕を畏れる者ばかりのこの宮殿で、そこまで朕を想ってくれるのは貴殿だけだ」

「クソッ、やむを得ない! こうなったらゲフェン王、俺と一緒に転移――えっ、えええええーーっっ?!」


 ところが、だ……。非常事態は突然に終わった……。

 毛髪の豪雪とでも言えるものに、小姓たちがことごとく飲み込まれて姿を消している中、増毛が止まった……。


 後に残ったのは、ツンツルテンのスキンヘッドのおっさんだ……。

 ゲフェン王は毛髪全てを使い切ってしまっていた。


 交渉失敗……いや下手すれば戦争かな、これ……。


「お、おぉ……これは、お、おぅ……うむ、うむうむ……はっはっはっはっ……」


 王は穏やかだった。彼を剛毛の海から助け起こし、聖剣を腰に戻した。

 何もかもが毛に埋もれてしまったのか、辺りを見回してもサンディの姿も見あたらなかった。


「申し訳ありません、陛下。薬が強すぎたようで……」

「よい」


「怒っていないのですか?」

「朕は悟った……」


「それは、何をでしょう……?」

「これでいい……これでいいのだ……」


 王は毛の海にあぐらをかき、両手を組んで一人で納得していた。


「友よ、貴殿も考えたことはないか……? 薄毛で悩むくらいなら、最初から髪なんて生えてこなければよかったと……。朕は何度そう思ったことか……」

「いや、俺はまだ、ちょっとそこまでの悟りの境地には至っていないというか……そうなんですね?」


 確かに全ての毛が一掃されたことで見苦しさはなくなった。というよりも、よく見るとこれは男らしい。

 毛の海の中に鏡を見つけた俺は、王にそれを差し出した。


「なあ友よ、朕……イケてないか?」

「イケてます」


「そう思うか!?」

「男らしいと思います。それに前より威厳が増したかと」


 王は鏡を受け取らなかった。人に鏡を持たせることが彼にとっての当然なのだろう……。


「もうビックリしたわ! わっ、王様その頭っ!?」

「おお、ウェルサンディ姫! どうだ、新しい朕はっ!?」


 頼むから余計なこと言うなよと、俺はサンディに鋭い目を向けずにはいられなかった。


「素敵!! さっきのもさもさの剛毛より、そっちの方が断然素敵よ、王様!!」


 よっぽど嬉しかったのか、鼻息を立てて王が笑った。


「友よ、今日は多くのことを学ばせてもらったよ……。ところで娘をくれんか?」

「しまいにはキレますよ、陛下。絶対にサンディは渡しません」


 こちらが本気で独裁者を睨むと、彼はますます機嫌をよくしてしまった。なんとなくこの王のことがわかってきた。彼は独裁者だ。だが独裁者であることに少し疲れている。


 力が強すぎて人に畏れられるがゆえに、対等の関係にある友人に飢えているのだろう。


「ははははっ、魅力的な娘さんでついなぁ! しかしこれで水虫も治ったっ、毛への未練も断ち切った! すぐに書簡を書き上げよう!」

「お手伝いいたします。しかしその前に――ここを掃除しないといけませんね」


 こうして俺たちは遙か東方の地ゲフェン王国にて、この地との同盟の締結を成立させた。遙か東方と同盟諸国が1つに繋がる。さらなる飛躍が既に約束されたようなものだった。



 ・



 同盟締結の血判を貰い、残りの雑務を商会のエルフたちに任せると、俺たちはあの高級旅館にもう1泊だけした。


 ところが翌日の朝になってさあ帰国するぞサンディを探すと、宿に彼女の姿がいない……。 

 まさかかわい過ぎるうちの娘によからぬ感情を抱いて、誰かが誘拐したのではないかと不安になって、俺は宿を取び出していた。


「サン、ディ……?」

「ごめんなさい、パパ……。でも、これならママたちも凄く喜ぶと思うの!」


 あきれ果てて言葉も出なかった。

 そこにあったのは1台の台車で、中にはぎっしりとお土産が詰まっていた。


 あめ玉、風車、竹細工の玩具、こちらの酒に、朕重される乾物、餅と呼ばれるほんのり甘い菓子や、シルク製のこちらの衣服まである……。


「お前、これ、全部……持って帰る気なのか……?」

「2人で押して帰りましょ。きっと上手くいくと思うの。あとねあとねっ、弟が欲しいってゲフェン王に言ったらねっ、これをくれたのっ!」


 サンディが笑顔で取り出したガラス瓶には、信じがたいことに蛇が1匹浸かっていた……。


「え……?」

「パパに飲ませると弟が生まれるんだって!」


「誰が飲むかこんなものっっ!!」

「お願いパパッ、弟のために飲んで!」


「が……がんばる……。がんばるから、これを飲むのだけは勘弁してくれ、サンディ……」

「嫌よっ、お願いパパ! がんばって!」


 こんなの持って帰ったら確実に飲まされるはめになる……。

 だがこれはサンディからのプレゼントであり、ゲフェン王からの賜り物だ。俺は震えながら台車を握り、サンディと共に長い帰路へとついた……。



 ・



「お願い、パパ……」

「いいぞ、あの子たちと遊んでこい……。少なくともあいつらはおじさんではない……」


 帰り道、俺たちはあの港町にまた一泊した。

 俺たちが町へと現れると再びあの子供たちが現れて、水上コテージまで隠れながら追いかけて来た。


「ありがと、パパ! いってきまーす!」

「悪ガキどもによろしくな」


 コテージからサンディを見送り、一緒になって街へと駆けてゆく姿を目で追った。

 なんだか不思議な感覚だ。やはり引き留めたいような不安を覚えながらも、良い思い出を残してほしいと思った。


「弟か……」


 ラベルを確かめると、そこにはマムシ酒とあった。



 ・



 シャンバラに帰国し、それから2,3日が過ぎた頃、師匠が西方から帰って来た。

 ここから先は技術屋の仕事だ。パーツを持たせた技術者を東西に派遣して、転移門の完成を待った。うち東方はマリウスが遠征することになった。


 これには完成に2ヶ月を労することになった。

 無事に転移門が開通すると、世界はまた一皮様変わりした。

 特に東西の素材が入手しやすくなり、シャンバラへの供給量が増えた。


 転移門の動力である魔力を持つ者は、さらに世界にとって貴重な存在となり、多少の魔力さえ持っていればその者は仕事にあぶれることがなくなった。


 それでもシャンバラのスラム街は消えなかったが、あの土地までもが活気にあふれることになった。


「やり過ぎたかな……」

「悩んでも仕方がない。時代の流れに人間ごときが逆らえると思っていたら、それは思い上がりだよ、ユリウス」


「お帰り、マリウス」

「ただいま。ああほら、これはゲフェン王からのプレゼントだ。開けてみろ、俺も中身が知りたい」


「嫌な予感しかしないんだが……?」

「早く開けろ。……うっ、な、なんだ、これっ!?」


 それも酒だった。ラベルにはこうあった。鹿鞭酒。

 丸い何かが2つ、長細い肉が1つ、酒に浸かっていた……。それ以上の詳しい説明は、その……控えたい……。


「もうやだ、あの王……」

「俺はこんな物の運び屋にされたのか……。最低だ……」


 東方とこちらの激しいカルチャーギャップに、俺たちはドン引きだった……。


頭頂部を確認しなければハゲたことにはならないのです……。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 鹿鞭酒とかこんなムダ知識しりとうなかった、思わず感想欄(砂漠)に草生えちゃうw [気になる点] ~ 無事に転移門が開通すると、世界はまた一皮様変わりした。 一皮様変わり が誤字だと思うので…
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