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・5年目 ゲフェン王国外交記 - 陛下、毛生え薬でございます -

 朱塗りの装飾が鮮やかな外廊下を進み、俺たちは女小姓の背中を追って外回廊を歩いていた。ここでは何もかもが儀礼的で、小姓は(こうべ)を垂れながら両手を左右の着物の袖に入れて、滑るような摺り足で歩いていた。


「だけど残念ね、せっかく素敵なおでこの王様なのに。ふさふさにするなんてもったいないわ」

「それ以上は言うな。男にはとても大切な問題なんだ」


「わからないわ。絶対、今の姿の方が似合ってるのに……」

「王は若い頃の姿に戻りたいんだろう。俺だって戻れるなら若い頃に戻りたい」


「そんなのダメよっ! だって、老けたパパもきっと素敵だと思うの!」

「……サンディ、それは返事に困る」


「絶対素敵っ、絶対に素敵よ!」

「はぁぁぁ……っっ」


 しかし気のせいか、先を歩いている女小姓の肩が震えているようにも見える。笑っているのだろうか。あるいはこれから謁見するゲフェン王に恐怖しているのか。


 独裁者とその取り巻きというのは、俺たちが思っているよりも愉快なポジションではないに違いない。


「ここから先は私語をお慎み下さい。……私が、つられて笑ってしまいますので」

「すまん」

「どうもありがとう、小姓さん。よければ後でお話しましょっ」


「お戯れを、小さな女王陛下」

「パパッ、聞いた!? 女王様だって!」


 サンディは人に壁を作らない。どんな相手も分け隔てなく温かく受け入れる。

 見ようによってはそれは人徳であったり、女王の器にも感じられるのだろう。


「ああ、お前は我が家のお姫様だよ」

「じゃあパパは王様ね!」


 小姓さんが困っているのでサンディを黙らせて、もう目前だった謁見の間へと入った。

 今か今かとゲフェン王はあの豪華なイスから身を乗り出して俺たちを待っていた。


「陛下、シャンバラのユリウス様とウェルサ――」

「つまらん儀礼はもういいっ! 出来たのかっ、出来たのだなっ!?」


 その一言からするに、この王宮での仰々しい儀礼は王の趣味というわけではなさそうだ。

 彼は再び靴を脱ぎだして、また頭頂部と皮のむけた両足をこちらに突き出した。


 うん……正直、リアクションに困る……。


「ええ出来たわ。でも王様、そのままでも王様は素敵よ?」

「良い子だ……。ウェルサンディ姫よ、よければ朕の妻にならぬか……?」

「ならば水虫とハゲの治療は諦めるべきですね」


「それは困る! ははははっ、冗談だ、冗談に決まっているだろう、そう恐い顔をするなっ」

「本当でしょうね……」


「うむ、ウェルサンディ姫は朕のドストライクコースじゃが……致し方あるまい」

「まあ嬉しい!」


 ニコニコと笑うサンディと、それに下心ありの目線を向けるスケベオヤジの姿は、父親の白髪を増やさせるのに十分だ……。


 俺は大切なサンディを背中の後ろに隠し、例の物をお出しするように小姓に依頼した。


「おおっ、ずいぶんと大量に作ってくれたな!」

「大量生産、それが俺の取り柄ですので。左の青い軟膏を足に、右の紫色の薬を小さじ1杯ほど服用して下さい」


「よし、すぐに塗れ!」


 女小姓は表情一つ崩すことなく、大瓶を開けて軟膏を手に取った。そしてまさかとは思ったが、小姓さんはおっさんの水虫だらけの足に軟膏を塗装していった。


 背中の後ろのサンディに流し目を向けると、さすがのサンディもメチャクチャに嫌そうな顔をしていた。


「お、おおっ、おおおおーっ、これは、夢か誠かっ!? あれだけジュクジュクと朕を悩ませていた水虫がっ、おぉぉぉーっっ!!」

「す、凄い……」


 小姓さんまで王と一緒に感動していた。菌に冒されボロボロとなっていた両足は、今や生まれたての赤子のようだった。


「どうっ、凄いでしょ、うちのパパ!」

「こらサンディ、素が出ているぞ」


「だってだって、うちの自慢のパパだものっ! どう王様、気に入って下さった?」

「朕は……朕は今、感動している……。不治の病をこうも容易く癒すこの才能……サンディちゃんではなく、今はユリウス殿、貴殿が欲しい!!」


「ふふっ、パパのせいで振られちゃったわ」

「どうだっ、家族ごとこのゲフェンに越して来ぬか!?」


 両足の指をワキワキとさせながら言われてもな……。

 この笑顔を見る限り、同盟交渉は決まったも同然だ。


「残念ですがその予定はありません。ですがそのうち、みんなを連れて観光旅行に来ます」

「それは良い! ぜひ朕のゲフェン王国を楽しんでくれ!」


「陛下も我がシャンバラにどうかお越し下さい。果てのない砂漠と、青く輝くオアシスが美しい素晴らしい土地です。もし転移門が稼働すれば、日帰りで通うことだって出来ますよ」

「それは毛生え薬を試してから判断するとしよう。……薬を寄越せ」


「お待ち下さい、陛下。薬の服用は少し間を置いてからの方が――」

「大丈夫だ、朕はユリウス殿を信じている」


「いえそういう問題ではなく、複数の薬を同時に利用すると思わぬ作用が――」

「大丈夫だ! さ、朕に飲ませよ!」


 王は大口を開けて小姓の薬を待った。絶対服従の小姓は言われるがままに薬を運び、王は超ご機嫌でそれを飲み干した。


「うむ、念のためもう2杯飲んでおこう」

「ちょ!? お待ち下さい陛下、その薬は1杯で十分です!」


「朕はユリウス殿を信じておる、大丈夫だ」

「いやっ、信じてたらそういう返事になりませんよ!?」


 人の話を聞かない王は、想定量の3倍の毛生え薬を服用してしまった……。


「むっ、来たっ、来たぞ来たーっ! 朕の頭皮がっ、死滅した砂漠がっ、今熱く燃え上がって……っ、お、おぉぉぉぉーーっっ♪ 鏡っ、鏡を持ていっ!」


 みすぼらしかった王の頭部に、太く健康で黒々とした剛毛がズモモモモと生えてゆく。強い髪はその1本1本が天を穿つ逆毛だ。

 やがて成長が止まると、そこには逆さにしたホウキみたいな頭をしたゲフェン王がいた。


「男らしいわ、思っていたよりずっと素敵!」

「こ、この……針金のような強い髪! これだっ、これが朕の望んでいたものだ!」


 いや、いくらなんでも強過ぎやしませんかね……。

 これではふさふさというより、バリッバリッというか……強い。おまけに白髪1つない。


「ありがとう、ありがとう、ユリウス! いや、朕の友よ!」

「ご満足いただけたようで何よりです。しかし本当にこれは凄いですね……」


 俺ももう少し減ってきたら使ってみようかな……。

 白髪が消える効果も超魅力的だ。


「パパはそのままの方がいいわ。おでこが広がったパパもきっとセクシーよ」

「父親にセクシー要素は必要ないだろう……」


「お願いパパ、1度だけでいいからハゲてっ♪」

「絶対に嫌だ……」


 王は鏡に映る自分自身に見とれているようだ。

 幸福の絶頂。そう表現しても大げさでもなんでもない幸福に満ち満ちた姿で、鏡に古臭いポーズを向けてキメ顔を作っていた。


「ではあらためまして陛下、同盟の件ですが……」

「うむ、その話ならば既に答えは出ている。そちらの連合と同盟を結ぼう」


 鏡を見つめながら、王は声を低く重々しくして答えた。

 表情は引き締めていたが、本当に幸せそうだ。


「その言葉、国に持ち帰ってもよろしいのですね?」

「諸王によろしく伝えてくれ。実はな、朕は最初からこの誘いに応じるつもりだった」


「ふふ、そうだと思ったわ。王様は人が悪いわね」

「朕が今日まで出会った中で、最も素晴らしき貢ぎ物だった。エルフの長老シャムシエル殿に、朕が感謝していたと伝えるがよい」


「かしこまりました。では細かな条件や段取りをご説明します」


 転移門の設置と、その中核である白の棺の危険性について説明した。


「貴殿こそ食えぬ男だ。朕が交渉に応じなければ、その棺とやらを盗掘してゆくつもりだったな?」

「ええ。信用出来ない相手に、こちらへの転移手段を渡すのは無謀でしょう」


 危険であるからこそ、転移門は要塞化する。そのための装備と予算はこちらで出す。


 転移門を使った貿易は、相手政府に必ず話を通すこと。同盟国議会への参加要請。超上機嫌な王は、ほいほいなんでも二つ返事でこちらの条件を聞いてくれた。


「ニャバクラとなっ!? それは興味深い……」

「いや……なんでどいつもこいつもニャバクラに釣られるんだ……」

「だってネコヒトさんたち楽しい人たちだもの! うちもご一緒するわっ、陛下!」


「ダメだ……」

「ならメープルママも一緒に連れて行くわ」


「それはパパたちが胃潰瘍で死にかねん……。頼むからメープルだけは止めてくれ……」

「あのねっあのねっ、ニャバクラではねっ、ネコヒトさんたちがゴロニャーンッ♪ って言ってくれるのよっ♪ あら……っ?」


 ところがふいにサンディの顔に疑問が浮かんだ。彼女の目線の先にはゲフェン王がおり、彼は――ああああああああーっっ?!!


これから書籍版の改稿に入ります。

どうにか連載を維持する予定ですが、場合によっては1日遅れたりするかもしれません。

がんばります。どうか予約が始まりましたら、書籍版も応援して下さい。


「買って損のなかった本」を目指して、最高の書籍版を作り上げます。

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