・5年目 ゲフェン王国外交記 - 全中年の悲願 -
「友人よ、朕は叶わぬ願いを2つ抱えている……貴殿にどうにかできるだろうか?」
「それはどういったお悩みでしょうか?」
「うむ、これを見よ……」
もしかして深刻な持病か……?
王はおもむろに靴を脱ぎ、続いて靴下を脱ぎ、玉座から両足を突き出すとうずくまって頭頂部をこちらに向けた。
「あの……もしや、その……それ、水虫、ですか……?」
「うむ、加えてこの薄毛だ……。朕も若い頃はふっさふさで、宮廷の姫君にはキャーキャーッ言われたものだが、今はこの始末よ……」
「水虫と、薄毛の治療薬をご希望ということでしょうか……?」
「うむ、頼めるか……? 髪さえ戻れば、朕も再びあの頃のようなモテモテに戻れるはずなのだ」
独裁者の願いがモテモテって矛盾してないか……?
だが水虫の方は酷い症状だ、これはかなり辛いだろうな……。
「そんなことないわ、ハゲは素敵よ。飛び出したおでこが凄くセクシーに見えるものっ」
「おお……、なんといい娘さんだ……。本気で君が欲しくなったよ……」
「ふふっ、お上手ね、王様」
「ははははは!」
サンディはおじさん好きだった。
ゲフェン王の言葉、どうも冗談や社交辞令には聞こえなくなってきた……。
・
王のお抱え薬師の部屋を借りて、俺たちはゲフェン王の願いをかなえるべく調合釜の前に立った。あの頃は本を抱えて移動したが、今の俺は成長した。今回持ってきたのは、お気に入りの1冊だけだった。
「先に水虫の薬を作るか」
「作れるの……?」
「前に頼まれて1度だけな。材料もたぶん足りるだろう」
「凄いお部屋だものね。何を探せばいいの?」
薬師の部屋には薬棚が四方を囲み、さらに隣室の倉庫の方はまるで図書館のように棚がそびえていた。独裁者の健康は国の未来そのもの、って感じだ。
「ベースハーブと水くみを頼む。他の素材は自分で探す」
「わかったわ」
「しかしこう棚が多いと探すのも一苦労だな……」
「うちはなんだか博物館みたいで楽しい」
素材は名前順に棚に格納されているようだ。
しかし大変なことには変わりない。地域によって名前が異なるケースもあるので、苦労することになった。
この部屋の持ち主はさっき怒って出て行ったきりだ。協力なんてしてくれないだろう。
「今回は色々使うのね……」
「いや、右側に寄せた方は、毛生え薬の候補だ」
「ふーん……あっ、見て見てパパッ、これお髭みたい!」
「似合う」
「もーっ、見てから言ってよーっ!」
「似合うよ」
ようやく目当ての素材が見つかったので、白髭を生やしたサンディの前に戻った。
材料は『マンドレイク』『竜酒』『キュアハーブ』と触媒である『ネコヒト族の髭』だ。サンディに手伝ってもらって、1つ1つ順番に混ぜ合わせていった。
「スクルズたち元気かな……。ママたち、パパとうちがいなくて寂しがってないかな……」
「さあな。俺たちに黙って、美味いものでも食ってるかもしれないぞ」
「あっ、それってあり得る……!」
サンディの不在を寂しがっているのは、間違いないだろうな……。
「昔、ママたちとこうやってあちこちの国を回って、王の願いを叶えたものだよ。あの頃が懐かしい……」
「それ、前に聞いたわ! オド王様の魔剣クリスタルガイザーを作ったのよねっ!」
「な、なに……?」
「だからオド王様が大切にしてるあの剣よ!」
「あの剣……そんな命名をされていたのか……?」
「あ、でも……オド王様、別の時はサンダーカイザーって言ってたかも……。あ、待って、リヴァイアサンテイルズ、メシアブレード……だったかしら……」
「全部聞かなかったことにしておこう……」
最後に大瓶を投げ入れると、水虫の軟膏(1L)が完成した。作り過ぎた気もするが、まあいいだろう。
「うちはスターダストストリームがお気に入りよ」
「いや、その話はもういいから……」
サンディと一緒に瓶を取り出して、水瓶の中身を釜へと移した。
育毛剤そのものは要望が多かった。だから何度か試行錯誤したことがある。ただその時はあまり本気ではなかったし、大きな予算もかけられなかった。
この世には、薄毛の治療よりも優先するべきものがいくらでもあるからだ。
「毛の薬は作れそう? うちとしては、つるつるの今の姿も素敵だと思うのだけど……」
「サンディ……頼むから、普通の若い男を好きになってくれ……」
「嫌よ。うちの理想は、アルヴィンスおじさまやファルク王様だもの」
「あの酔っぱらいが親族になったらパパは精神的に物理的にも死ぬから絶対ダメだっ!!」
「でも素敵じゃない、とても男らしいわっ!」
急に涙が浮かんできて、俺はサンディに背中を向けて密かにそれを拭った。これだけの美貌に成長しながら、なぜこの子はこうなってしまったのだ……。
「パパ? 疲れてるなら少し休んだ方がいいわ」
「大丈夫だ……」
そうこう言い合いながら、釜に魔力をかけて素材を1つ1つ投入していった。ここはやり方を変えて、試作品をありったけ作ろう。その中から成功例が見つかればそれでいい。
黙々と、黙々と、いつもの日常のように俺は試行錯誤の結果を小瓶に詰め込んでいった。
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1つ1つ組み合わせてゆくと、完成した試作品は16本になった。
外で待機している王の女小姓に事情を伝えると、すぐに王宮から16名の薄毛のおじさんが集められた。
どうやら東方人は我々よりもハゲやすいようだ……。
薄毛の治療薬の研究と言ったら、ものの一瞬だったと女小姓が言っていた。
「これは試作品です。上手くゆく保証はありません、場合によっては――あっ、こらっ?!」
「もう、みんなおでこが素敵なのに、なんで毛を生やそうとするのかしら……っ」
人の話も聞かずに彼らは一斉に試作品を自分の頭に塗りたくった。小瓶の底まで爪を立てて、一心不乱にかき集めては、気になる部位にせっせと擦り込んでいた。
期待の笑顔でいっぱいで、実験台にしているのが申し訳なくなった……。
『お、おおおおおおーっっ!!』
少しすると一斉に歓声が上がり、被験者たちは互いの頭頂部を見つめ合い、ふさふさをその手で確かめた。
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・被験者1、4,11、15
頭皮と呼ぶにはあまりにふわふわな産毛が生えて地肌を覆った。これは失敗だダメだ、安っぽいヅラに見える……。だが生えればなんでもいいのか、被検者たちは大喜びだった。
・被験者2、3,7,9,16
黒々とした立派な剛毛が生えたが、30~60秒ほどで散って、大の男が号泣を始めた……。見ているだけで胸が痛む……。後ほど成功品での救済が必要だ。
・被験者5、7、13
この髪型は確か、アフロヘアと呼んだだろうか。効果も強力で比較的良い結果だったが、ストレートに伸びる毛は一つもなかった。これではゲフェンが、アフロヘアの独裁者が支配する国になってしまう……。
・被験者6、8、12、14
左から順番に、1本、3本、5本、7本だけ生えた。素数……あるいは数列になったのは偶然だろうか……。ちなみに本人たちはとても喜んでいた。
・被験者10
唯一の成功例。バーコード型だった被験者の頭部から、縮れのない健康な黒髪に生えて中年のロン毛男に変えた。彼こそが勝利者だ。歓喜のあまりに彼は踊り回り、人の頬に接吻を押し付けて出て行った。頬には唾液がこびりついて、そこからスルメの臭いがした……。
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ともかくこれにて成功だ。俺とサンディは成功レシピの配合で大瓶入りの毛生え薬を作り、再び女小姓にゲフェン王との謁見を取り次いでもらうことになった。




