・5年目 BANANA!
翌朝はバナナパーティになった。
いつもならパンとスープ、軽く火を通したハムや色鮮やかなサラダが並ぶはずの食卓は、バナナ色一色だった。
「おはよっ、ママッ! 今日も朝からお疲れ――わーーっ、なにこれーっっ?!」
「わっわっ、これ、私っ本で見たことある! バナナッ、バナナだよっ!」
「天国じゃ! 寝て起きたらなんかワシらは天国にいたのじゃっ!!」
子供たちは大喜びだった。我先に食卓に着いて、大皿のバナナを自分の皿に運んだ。
「んぐっ?! こ、これ、筋っぽくてまずいのじゃっ!!」
「えっと、あのね、スクルズちゃん……これ、こうやってむいてから食べる物――きゃっ、そ、それ私のーっ!」
「う……っ、うーまーいーーっっ!!」
「あっ、ホントだ! すごっ、超甘いよこれっ!」
そんな微笑ましい子供たちをシェラハと俺は笑顔で見守った。俺の方はお腹いっぱいだ。昨晩、シェラハと一緒にちょっと食べ過ぎた。
「どうぞ」
「ああ、いつもありがとう。ん……んぶぅっっ?!!」
「あら、気に入らなかった?」
「い、いや……てっきり、いつものお茶かと……」
配膳された温かいカップの中には、茶ではなく白くドロドロとした半固形物が浮かんでいた。
これは、ホットバナナ……ジュース、なのか……?
「ふふふっ、早起きして作ってみたの、甘くて美味しいでしょ?」
「あ、ああ……お、美味しいよ……」
でも朝は紅茶がいいな……。
材料はバナナ、乳、砂糖といったところだろうか。不安になるほどに甘い……。
シャンバラを救う奇跡のレシピは、既にバナナに株を持って行かれていた。
「おお……なんて太くて、雄々しく、立派にそそり立つ……バナナなので、しょ――あてっ♪」
朝っぱらから下ネタをほのめかす不良母も起き出してきた。
わざわざ俺の隣に寄り添ってそんなことを言うものだから、きっとこれは突っ込み待ちなのだろうと、挨拶ついでにおでこを小突いた。
「やる」
「せんきゅー。んっ……んっんんっ……ぷはっっ。ふぁぁっ、これっ、美味し過ぎる……っ!!」
「おま、よくそれを一気飲みなんか出来るな……」
「え、なして?」
「ふふっ、ユリウスは甘いのが苦手だものね」
いや苦手ではないが、普通は限度ってものがあるだろう……。
「このバナナどうしたんだ? んっ、このバナナ、まだ青いのに甘みが強くて、凄く美味しいな……」
グライオフェンも起きてきた。彼女は娘たちの向かいに座って、見よう見まねでバナナをむくとそれをほおばって笑顔になった。普段クールなグラフが、今朝はただの食いしん坊の女の子に見えた。
「そんなの決まってるじゃない、いつものパパの失敗作よ。そうでしょ、パパ?」
「失敗作じゃない、今回は大成功だった」
「ああっ、そうだな! こんなに美味しいバナナが実るなら、それを使って畑を作るべきだ!」
「違う……。成功したのはバナナが実ったことではなくてだな……。『大地の結晶』を使わずに、広い面積に緑を――」
「シェラハ母! バナナジュースはまだかっ、まだならワシが手伝うぞっ!」
「あ、それなら僕も手伝うよっ、何をすればいいっ!?」
クソ……誰も、誰も聞いちゃいねぇし……。
成功したんだよ、大成功だったんだよ……っ。なのになんでコイツら、バナナのことしか頭にないんだよ……っ!
「お、お父さん……わ、私は、わかるよ……。材料、集めやすくなって、お爺ちゃんたち、凄く喜ぶんだよね……」
「ウルド、お前だけだ……。わかってくれるのはお前だけだ……。お前は本当にいい子だ……」
「お父さん……そういうの、恥ずかしい、よ……っ」
メープルとは正反対に育った娘を褒めたくると、なぜか実母の方がやたらと誇らしい顔をした。
「ふっ……」
いや、お前は褒めてないぞ……?
この上ない反面教師にはなったけれど、母親としてはマジでどうかと思うぞ……。
「あ、そだ。ケーキに乗せる……っていうのは、どー……?」
「おおっ、いいんじゃないかっ!?」
「ならクリームと蜂蜜も乗せるのじゃ!」
「うちっ、アーモンドを使うのもいいと思うっ!」
これ以上ここに残ったら、朝っぱらから胸焼けに苦しむことになりそうだ。
俺は静かに席を立ち、静かに玄関をくぐって家を抜け出した。……嫁たちも子供たちも、バナナに夢中で、1人として俺の外出に気付く者はいなかったっという……。
・
都市長と義兄に報告を入れた。2人はこのレシピの価値をすぐに理解してくれて、早速帳簿を引っ張り出して来た。
「『燃える葉』と『うるおし草』に『ドライアドの実』……この材料ならば、コストは現在の12%ほどに圧縮出来ますね」
秘書をしている義兄さんは、涼しい顔で複雑な計算をやってのけた。その言葉は都市長をもう1度喜ばせるのに十分過ぎた。
「急ぎツワイクからも輸入しましょう。レシピについてはしばらくの箝口令をお願いします。あちらの商人に知れたら、相場を吊り上げられるのが見えていますからね」
「わかった」
シャンバラの首脳部は今日も頼もしい。
不器用な俺の代わりに、臨機応変に動いて物事を運行し、円滑にしてくれる。俺は感謝の気持ちもかねて、バナナを1本ずつ書斎に置いた。
「朝食の邪魔をしてしまったのなら、これはおわびだ。このレシピは常夏の草木を生みだし、中にはこんなバナナなんかも実る」
「おおっ、これは美味しい……」
「む、確かにこれは……おお、まだ青いのにとろけるほど甘いですな……っ」
ところがこれはエルフの宿命だろうか。都市長と義兄さんはやけに素早くバナナを拾い上げると、すぐに皮をむいて一口、二口、三口と凄い勢いでほおばった。
「残りは、自宅ですか?」
「あ、ああ……そうだが、義兄さん……?」
「朝食はあちらでいただきましょう」
「ちょ、都市長まで……ちょっとっ?!」
「ユリウスさん、打ち合わせはあちらでしましょう」
な、なぜだ……。
まだ熟してもいない青みの残っているバナナのどこに、これほどまでにエルフたちを引きつける力があるのだ……?
その後の打ち合わせは、バナナをくっちゃべりながらの甘ったるいものになった。
「お待たせっ、ジィジッ、生クリームバナナケーキのアーモンドと蜂蜜がけよっ! うちとママの2人で作ったんだからっ!」
「うっぷっ……」
トドメのケーキは破壊的な味わいだった。
投稿が遅くなってすみません。
執筆に夢中で投稿作業を忘れていました。
新作「勇者パーティの汚れ役」を精力的に連載中です。
とても楽しく、満足できる仕上がりのお話になっています。どうか応援して下さい。
次の更新日は31日予定です。31日にチェックしていただけると、ちょっと良いことがあるかもしれません。




