・蜃気楼《ミラージュ》 3/3
「お願いユリウス。あたしも無理なのはわかってるわ……でも、あなたならもしかしたら……」
「俺は神様じゃない。出来ることと出来ないことの違いは理解しているつもりだ」
「スラムのこと……覚えてる……?」
「覚えている。初日に案内してくれたあそこだな」
「うん……。あれが広がったのは、マク湖オアシスで暮らしていた人たちが……離散したのも、一因……」
「湖が蘇れば彼らも元の家に戻れるわ。お願いユリウス、助けてあげて……!」
「あそこの人たち……薪なしで、夜を過ごす……」
迷宮とポーションによって経済が立ち直れば、そんな彼らに手を差し伸べる余裕も生まれるだろう。
しかしそれがどれだけ先になるかわからない。
助けてやりたいが、やはり方法らしい方法が全く思い付かなかった。
「ユリウスさん、考えてもみて下さい。エリクサーを生み出した貴方が、さらに枯れたオアシスを蘇らせたとしましょう。そうなると、シャンバラの民は貴方をどう思うでしょうか?」
「そりゃ、どうって……感謝するだろうな」
「はい、貴方の名声は鰻登りです」
「よっ、この超スーパーエリート……」
「民は貴方をシャンバラの英雄と称え、誰もが貴方を憧れと尊敬の眼差しで見つめるでしょう。我が国の歴史書には、ユリウス・カサエルの名が永遠に刻まれることになります」
「……マジで?」
俺はエリートだ。エリートは実力相応に評価されなくてはならない。
俺は金はそこまで好きでもないが、名誉は好きだ。煽てられるのは好かないが、評価は大歓迎だ。
「マジっていうか……当然……?」
「みんなユリウスに感謝してるわ。あたしはもっともっとたくさんの人に、ユリウスの凄さを知ってほしい。だからこの話、受けるべきだと思うの。あたしたちも全身全霊でサポートするから!」
「あっ……ちょ、うっ……」
それはきっと、彼女なりのサービスであり色仕掛けだ。
シェラハゾは俺の右手を熱意のまま握ると、ふいに色仕掛けでも思い付いたのか、胸の上へと抱き寄せて来た。
「お願い、ユリウス……あ、あたしっ、なんでもするわ……。なんでも、するから……」
「あ……足りないなら、私は左手の方を……」
「ああもうっ、わかった! わかったからもういいっ! 爺さんの前でそういうの止めろよっ?!」
シェラハゾの手をふりほどいて、俺は両手をテーブルの下に隠した。
それから都市長と姉妹の言葉を頭の中で思い返す。
「エリートの、その上の世界か……」
「はい。成果次第では、私の跡を継いで下さっても構いませんよ」
「エリートの中のエリート……。ユリウス都市長……ばんざーい、ばんざーい……」
3年前、アリ王子のバカのせいで失脚する前は、俺にだって大きな野心があった。
それは宮廷魔術師として実力相応の評価を得ること。つまりは宮廷で最も優秀な魔術師として、ナンバー1の地位に至ることだ。
「いくらなんでも露骨におだてすぎじゃないかしら……」
そうか……。
このままシャンバラの人心を得て、さらに実績を積み重ねてゆけば、俺はエリートの中のエリートになれるわけか……。
そしてユリウス都市長か……いいな、非常にいい響きだ。
実力をかね揃えた超スーパーエリートである俺は、さらなる高みに上る権利がある。
ククク……。
エリート万歳……。俺、万歳……。
俺は決して権力欲に溺れたのではない。
ツワイク最高峰の元魔術師として、スーパーエリートとして、これから野心と栄誉を取り戻してやるだけだ。よし……!
「その話、乗った!」
「の、乗るのっ!?」
「ああっ、ここまで来たら金と地位と名誉が欲しいっっ!! なぜなら俺は、エリートだからだっ!!」
開き直るとこれが爽快だった。
称賛されたいと思って何が悪い。野心はエリートの本能だ。
「清々しいほど真っ直ぐな権力欲ですな……」
「そ、そうね……。上手く煽てられたのはいいけど、いいのかしら、これで……」
「ユリウスのそういうとこ、私、好き……。願わくば、煩悩にも、素直になろ……? 昔の偉い人、言った……英雄、エロを好む……」
「……で、マク湖というのはどこだ? 予算はどれくらいあるんだ?」
「スルーされた……」
「そういう話をするからよ」
もしかしてメープルには、スルーが最も有効なのではないだろうか。
すごすごと姉妹は己のテーブルに戻って、慌ただしく朝食の残りへと手を付けていった。
「議会を説得して、金貨300枚の予算を確保しました。シェラハゾ、メープル、ユリウスさんを案内なさい」
最小限の予算に抑えれば、その分だけの金貨が手元に残る。
解決の糸口は全くつかめないが、ダメだったらダメで謝ればいい。元から無理な話なのだから。
「わかった。だったらその後、ツワイクに一時帰国してもいいか?」
「それダメ……。今さら、逃がさない……」
「逃げる? あっちに俺の居場所なんてもうないぞ。お前らのおかげでな」
「それもそうだった……。じゃあ、なんで……?」
「王立図書館から、錬金術関連の貴重本をパクッてくる。何、亜空間の扉を使えば、行き来も窃盗もどうということはない」
前々からやってみたいと思っていた。
この亜空間転移の力を使って、貴重本の書庫に忍び込む。錬金術師として未熟な俺には、先人の知識が必要だ。
「ふむ……メープル、シェラハゾ、貴女方はこれをどう思いますか?」
「大丈夫、だと思う……。だって、ユリウスは……」
意味深に妹は姉の横顔を見る素振りをして、相変わらずのちょっと退廃的な笑みを浮かべた。
「じゃあこうしましょ。ユリウスがもし逃げたら、またあたしたちが拉致して連れ返すわ。これだけ優秀な人を、逃がしてたまるものですか」
「結局最後は実力行使かよ……」
連れ返すと言ってくれたことが嬉しかった。
国は俺を都合のいい奴隷のように扱ったが、こいつらは違う。俺の力を望んでくれている。
「それは名案です。では……あのスラムの皆に、貴方の手を差し伸べてやって下さい。私は都市長として、彼らを助ける義務がありますが、今日まで力及ばずじまいです。お願いします、ユリウスさん、我々にどうかそのお力を……」
「まずはやるだけやってみる。応急手当くらいなら、もしかしたら出来るかもしれないしな」
言われなくとも俺だって都市長と同じ気持ちだ。
こんな優雅なところで暮らしているのに、すぐ近くにスラムがあって、人が飢えて凍えているだなんて、これではいい気分で夜眠れない。
急ぐように朝食を平らげてゆく姉妹をしばらく見守ってから、俺はテーブルから立ち上がって、マク湖とやらの調査に赴くことにした。
「ユリウス……私、見直した……。ユリウス、いい子いい子……」
「ヒューマンのこと見直したわ。あなたは立派よ、ありがとう」
メープルはよっぽど今回の協力に感謝しているのか、しばらく二の腕に張り付いて離れなかった。
シェラハゾは――迷いながらも俺の手を取って、また胸元へと抱き込んだ。
恥ずかしいなら色仕掛けなんて止めればいいのに、無理をしている姿はどうしようもなく愛らしかった。
シャンバラを豊かにすれば、この姉妹が喜ぶ。
今となっては、それだけでも十分な動機になった。
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