・4年目 黄金の日々 2/2
「3倍っ、これまでの3倍ですか!? 素晴らしい、ユリウスさんの長い努力がついに実りましたね!」
「まだ気が早いだろう。素材の安定供給ができなければ、実際に3倍とはならない」
「それでも大前進でしょう! よくやってくれました! 我々のために、よくぞここまで……ありがとう、ユリウスさん!」
こうしてこの日から、レシピ改良の日まで倉庫で眠ることになっていた『大地の結晶』を含む基礎素材が全投入されて、この砂漠の国にて飛躍的な緑化が進んでいった。
都市長が言うにはシャンバラ緑化計画の進捗は4%だ。これから一気に伸びることになる。
もしかしたらこれはもしかするが、自分が生きている間に目標を達成できる可能性が出てきた。
こうして家のバルコニーから砂漠側を見れば、彼方にちらほらと緑の陰が見えるようになっている。
たかが4%、されど4%。蘇った緑は俺たちの希望そのものだった。
・
それからしばらくが経った、ある晩――
「う……うわあああああーんっっ!!」
その夜はメープルとその子供のウルド、それに俺だけだった。残りはリーンハイムでの祝典にお呼ばれして、今頃は贅を尽くした料理や菓子を楽しんでいる頃だ。
「ん……なんだろ。ちょっと、見てきて……」
「悪い夢でも見たかな、あいつ」
「服着たら行く……」
「ああ、中途半端はダメだぞ。気づかれる……」
「もう、バレてると思う……」
そんな夜に突然ウルドの絶叫がとどろいて、俺は2階の子供部屋に入ることになった。子供の成長が早いと、子供部屋の手配も大変だった。結局、ムリヤリで無理矢理に増築したのが去年のことだ。
「どうした、ウルド?」
「あ、お父さん……ごめんなさい、起こしちゃった……?」
「怖い夢でも見たのか? 今日はお父さんとお母さんと一緒に寝るか?」
「じゃ、邪魔なんてしないよっ! せっかく、2人っきりの夜だし、お母さんにやさしくしてあげて……」
気づかれているのかと思いドキリとさせられた。が、やさしさゆえの言葉だったらしく二重の意味でホッとした。
すっかりでかくなったがまだまだ4歳のウルドを俺は抱き寄せて、ベッドに腰掛けると膝の上に座らせた。いや、これは少し子供扱いが過ぎるだろうか……。
「ねぇ、パパのお父さんとお母さんって、大きかった……?」
「記憶にない」
「そっか……。パパ、孤児だったんだもんね……」
「ああ、だが寂しくはなかった。マリウスっていう勇ましい相棒がいたからな」
大好きなマリウスおばちゃんの話題に触れたはずなのに、ウルドはうつむいてばかりの上の空だった。普段おとなしくて素直で自己主張の少ないウルドだからこそ、今の様子が気になった。
「お父さん……私、もうダメかも……」
「大げさだな。オネショでもしたか?」
「しないよっ!? もっともっとっ、深刻なの……っ」
「ほう、何が問題なんだ……?」
するとメープル似の小さくて愛らしい少女は俺の膝から飛び出して、壁の中途半端なところに立った。そういえばそこの壁には傷が入っている。
「見て……。3ヶ月前からね……わ、私、育ってないの……」
「どれ、見てよう」
照明魔法を使って部屋を明るく照らして、壁の傷とウルドの頭のてっぺんを見比べた。
「……育ってなくはないぞ」
「本当……?」
「ああ、少しだけ成長している。ウルドの測り方が悪かったろう」
まあ、ほんの2mmくらいだがな……。
「なら成長止まってないよね!? わたし、この先ももっと大きくなれるよねっ!?」
「……ああ、グラフやシャラハみたいに美人になるに決まってる」
……ウルドの成長が止まった。
いや正確には14歳相当のところで、彼女の成長はエルフらしい緩やかなものに変わっていた。
いつかは成熟するかもしれない。しないかもしれない。母親のメープルを見る限り、分はかなり悪い方だろう……。
そこに小さな足音が響いて、たちの悪いのぞき見趣味の母親が潜伏魔法を解除していた。……俺たちのやり取りをずっと側から見ていたようだ。
「お母さん……ごめんね……。お父さんと2人っきりだったのに……」
「おお、よし、よし……」
「見てないで先に慰めればよかっただろ……」
「わたし、歪んでるから……」
「そんなことみんな知ってるよ」
メープルはやさしく娘の頭を撫でて、抱き締めて、頬にやさしくキスをして、また抱き締めた。
「お母さん……」
「ま、わたしの子だしね……。そんなもんだよ。人生、そんなもん……」
「う、うぅぅぅぅ……私、一生チビのままなんだぁぁ……っっ!!」
「おまっ、絶望させてどうするよっ?!」
俺が抗議すると、メープルは静かに首を横に振った。その目は普段の小悪魔のものではなく、悟りに達した賢者の目だった。
「人生、諦めが肝心……」
「それは……妙に説得力あるな、おい」
なんだか可哀想になって、俺はメープルとウルドを左右の手でそっと包んだ。子供たちが母親にそっくりな姿で生まれた時点で、これはまあ、そういうことなのだろう。
ウルドのこれ以上の成長は、絶望的だった……。
・
その後、この恐ろしい現実をウルドは2人の姉妹に伝えたそうだ。
次に成長が止まるのは自分たちかもしれない。サンディとスクルズは覚悟を決めた。
子の成長が早いのは生存競争において合理的であり魅力的だ。
だが心の準備が整う前に成長が止まり、あっという間に大人になるしかないエルフたちの人生は、俺たちヒューマンが羨むほど素晴らしくもないようだった。
次回はボリューム多めになります。




