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・3年目 失われた都

 シェラハは迷いの砂漠を揺り籠だと言った。それはたかだか言葉遊びに過ぎないが、納得出来る部分もまた多い。


 揺り籠の住民たちはつい先日まで、絶対不可侵の揺り籠が消えてなくなってしまうだなんて夢にも思っていなかった。俺たちは正体のわかっていないものに頼り過ぎていたのだろう。


 しかしだからこそ俺たちは知るべきだ。自分たちを今日までくれたものの正体を。迷いの砂漠をもたらしていた『何か』を。俺たちは知っておかなければならない。

 揺り籠から卒業するためには、揺り籠の正体を知る必要があった。



 ・



日々が過ぎ去り、発掘開始より約半月後――


 その『何か』は俺たちの想像を超越した場所に眠っていた。

 といってもあのポイントが天国や地獄に通じていたというわけではない。単純に、『何か』はあまりに深い場所に隠されていたのだ。


 掘れども掘れども魔力の発生源は姿を現さなかった。だが掘れば掘るほどに大地というカバーケースが取り除かれてゆき、漏れ出した強大な魔力が気配となって存在を証明した。


 地下に何かがある。俺たちの予測を上回る圧倒的な何かが。

 日を追うごとに発掘の人員が増員され、そのたびに俺たちは『何か』が放つ異常な魔力に恐怖した。


『お願い。あの下にはよくない物が眠っている気がするの……。お願い、みんなを止めて……』


 何度も、何度も、シェラハの言葉を思い返すことになった。

 俺たちは取り返しの付かないことをしてしまっているのではないかと、自分の判断を疑いたくもなった。


 しかし今さら俺が中止を訴えても、シャンバラの人々は止まろうとはしないだろう。見つけてしまった以上は掘り抜いて、正体を見定めなければならなかった。


 そして――ついに掘り当てた。

 いや、だが――同時にもう1つの急報まで飛び込んで来た。それはあまりになんというか、人為的なものを感じさせられずにはいられなかった。


「大変、大変よっ、迷いの砂漠が復旧したわ!」

「本当っ!? やったぁっ、これで全部元通りね! お疲れさまっ、パパママッ!!」


 急報はシェラハが持って来た。やっと長いお勤めが終わったのだと、サンディを抱き上げて舞い踊った。

 やっと終わったのかと俺も深いため息を吐き、さっと仕事を完成させて家族の輪に加わった。


「かもーん……?」

「やったな、メープル」


 シェラハは3人の子供たちに囲まれて定員オーバーだった。仕方がないのであぶれてしまった俺とメープルは軽くハグをして、元の生活が戻って来た喜びを噛みしめた。


「あ、おかまいなく……」

「おかまうわ。もう母親なんだからそういうのは止めろ……」


「むふふ、嬉しいくせに……」

「嬉しいのはまあ認める。だが、そのままだと母親の威厳を失うぞ」


 相手がメープルとあってはちょっとしたハグで終わるはずもなく、俺はカニばさみでしがみつかれたまま詳細を聞くことになった。


「大丈夫、もう売り切れ……」

「へーきじゃ! ワシらはメープル母を尊敬しておる! 母は凄い女じゃ!」

「お母さん、恥ずかしいよぉ……」

「諦めなよ、ウルド。メープルママはメープルママだもん」


 みんな舞い上がっていた。不自然としか言いようのないこの状況に疑問を呈することなく、素直に原因不明の復旧を幸運として受け止めていた。


「いい加減下りろ……」

「ん……わかった。次は、姉さんの番……はい、どぞ」

「し、しないわよっ!?」


 それだけエルフたちからすれば、迷いの砂漠の消滅は耐え難いストレスだったのだろう。シャンバラに眠る迷宮、遺跡を狙って外敵が襲いかかってくる可能性だってないこともなかった。


「だったらワシがもらうのじゃ! 父っ、だっこじゃ、だっこしろーっ!」


 グラフの特徴を強く受け継ぐ、青い髪と白い肌の小さなエルフを抱き上げた。スクルズは我が家の小さなお姫様だった。

 そんなこんなでワーワーギャーギャーとやっていると、都市長と義兄さんがやって来た。


 難しい話を始めると察した女たちは、お祝いのパーティをすると決めて家やバザーオアシスの方に去っていった。


「自分もあんなふうに素直に受け止めたいですけど、立場上はそうもいきませんね」


 義兄さんはパーティの準備に加わりたそうだった。

 俺たちは薄暗い工房の中に落ち着くと、イスを作業テーブルの前に運んでこの不可解な出来事について言葉を交わした。


「正直に申しますと、私も全ての疑問を投げ捨ててパーティの準備に加わりたいところですよ」

「都市長、アンタまで何を言い出す……」


「それくらい状況を受け止めかねていると思って下さい」


 もう1つの話をしよう。俺たちがあの地底より掘り当てたものは『遺物』ではなく『遺跡』だった。

 しかもそれはあまりにも巨大で、入り口らしい入り口がどこにも見つからなかったので、これからメギドジェムを使った爆破を行おうとした矢先だった。


 そこに迷いの砂漠の復旧報告が飛び込んで来た。とても偶然とは思えない展開だった。


「前向きに考えればこうだな、発掘が刺激となって迷いの砂漠が機能を取り戻した。結果オーライ、めでたしめでたし……とはいかないか」

「ええ、残念ですが。偶然と呼ぶにはいささか出来過ぎでしょう」

「セキュリティ上の問題もあります。まるで向こうに我々の内情が筒抜けになっているような……。いや、向こうという表現も変ですね……」


 都市長も俺も義兄さんの話を否定しなかった。

 何者かの意思がそこに存在していて、俺たちが爆破を決めたことをどこかで察知して、迷いの砂漠を元に戻した。


 妄想にも等しい話だが、現在の状況から俯瞰するとそう見えてしまう。


「しかしこうなると、あの巨大遺跡の価値も自ずと変わってくるな。あの遺跡に風穴を開けて、迷いの砂漠を取り戻すのが俺たちの目的だった。だが砂漠が復旧した今となると――あれは危うい」


 俺たちが発掘したあの遺跡はけた外れどころではない魔力を放っている。

 あれは転移装置である白の棺どころではない、正体不明の大いなる遺産だ。調査すれば俺たちはきっと新たなる奇跡を手に入れることになる。


「十分ではないでしょうか……。転移門という力を得た以上、これ以上の過ぎたる技術は……。持つのが恐ろしくはありませんか……?」

「ま、負債もひっくるめて1つの遺産だからな。良いことばかりとは限らない」


 俺たちはビビッていた。自分たちが掘り返したものが想像を絶する何かであることはもはや明白で、下手に手を出せば破滅を招くのではないかと疑っていた。

 小さなアリが金塊を手に入れても潰れて死ぬだけだ。使いこなせる保証はない。


「ユリウスさん、爆破は中止にしましょう。あの遺跡が迷いの砂漠そのものだとすれば、刺激を与えるのは賢くありません」

「妥当な判断だ。俺たちの目標は迷いの砂漠の復旧。目標はもう達成している」


 遺跡は鋼鉄のツルハシでも傷を付けられなかったと聞いている。さらには俺の転移魔法を拒み、元の座標にはじき返した。破壊せずに入るのは不可能だろう。


「では先に戻ります。パーティの準備をしないといけませんからね」

「楽しみにしているよ、義兄さん」


 義兄さんはやさしく俺に微笑んで、主人である都市長を置いて帰って行った。ここに都市長が残ると言うことは、まだ何かあるのだろう。席を立たずに待った。


「ユリウスさん……実は、お話したいことがあります……」

「あまり良い話じゃなさそうだ」


「ええ、これは失敗だったのかもしれません……。ユリウスさんだけに明かしますが、実は、よくよく思い返してみると、あの場所には――」


 老人は恐怖に身を震わせて、吐き出すように、怖れるように続きの言葉を発した。


「間違いありません……あそこは、都です……。あそこにはかつて、シャンバラの都があったのです! 全てが灰と砂漠と化し、宮殿すら消えてしまったので、私も今の今まで気付きませんでした……」


 言葉だけではすぐに意味を受け止めかねた。だが都市長の恐怖が伝染して、俺も肩が震えるのを感じた。遅れて思考回路が感情に追い付き、ただこう思った。


 ヤバい。


「滅びた都の真下に眠る巨大遺跡。そしてそこから放たれるけた違いの魔力。……これはしくじったかもな」

あの子(シェラハゾ)の言葉にもっと耳を傾けるべきでした……」


 仮説に過ぎないが、結び付けるとするならばその2つが最有力だ。

 最近生まれた若造に過ぎない俺は、都市長の最終的な結論を沈黙して待った。


「ユリウスさん……私たちはどうやら、爆心地を掘り返してしまったようです……。下手にあの遺跡に触れれば、再びシャンバラが滅びかねません……」

「だとすれば大発見だな。俺たちはシャンバラ王国滅亡の真実を掘り当てたってことになる……。最悪の大発見だ」


 真実はわからない。だが信憑性のない仮説で済ませるには、あまりに危険な条件が揃い過ぎていた。シャンバラを破滅させる危険を冒してまで、あの遺跡を調査するメリットは皆無だ。


「私の推測に過ぎません……」

「手を引くには十分過ぎる理由だ。俺だって今日までの仕事を台無しになんてしたくない。ほとぼりが冷めたらこっそりと埋めてしまおう……」


 遙かに年上の男性だが、今回ばかりはかなり参っていたようなので俺は彼の肩を抱いた。一応、義父さんだしな……。


「毒ガスが発生したというカバーストーリーをこちらで用意します……。ああ、私はなんということを……」

「都市長、俺たちは災厄がどこからやって来たのか、その場所を特定したんだ。掘り返してしまったのはマイナスだが、場所の特定はプラスだ。前向きに考えよう」


 この日、俺たちは新たな義務をその肩に背負うことになった。俺たちはシャンバラ王国を滅ぼした爆心地を封じ、もし不具合が発生すれば、必要に応じて管理していかなければならない。


 迷いの砂漠の消滅が、2度目の災厄の始まりであってはならなかった。


私事ですが、コミカライズ版「超天才錬金術師」1巻が2巻の発売を前にして重版することが決まりました。買ってくださった皆様、ありがとう。

この調子ならば早期打ち切りはまずなさそうです。もしよろしければ、この機会にコミカライズ版「超天才錬金術師」を応援して下さい。

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