・蜃気楼《ミラージュ》 2/3
「ユリウスさん、貴方を世紀の天才と見込んでお願いがあります」
メープルとシェラハゾも交えて、パンとチーズとサラダによる健康的な朝食を共にしていると、ようやく本題が切り出された。
俺はいぶかしむ感情そのままに都市長を見つめ返して、山羊の厚く濃厚なチーズをパンにはさんでかじる。
「爺さん、そうやっていきなり煽ててくると、続きの言葉を聞くのが怖くなるんだが……」
「それはすみません」
少しも悪びれずに都市長はほがらかに視線を跳ね返した。
最近は親しみを込めて、彼のことを爺さんと呼ぶ機会が増えていた。
「しかし貴方のそのぶっ飛んだ才覚を、このまま動かさずに寝かせておくのも、大変惜しいと思いまして……」
「だから大げさだ。俺はそんなに――」
「全然、大げさじゃない……」
本題が始まってより、ずっとおとなしくしていたメープルが口をはさんだ。
今朝ののぞき見もあって、シェラハゾの方を直視する勇気はなかった。
「そうよ、ユリウスのエリクサーのおかげで、昨日は2号迷宮の探索が大成功だったのよ。早くも地下6層目に到達して、そこでミスリル鉱石まで手に入ったんだから! ミスリルよっ、あのミスリルッ!」
「はい。そのミスリルを加工して、あの精鋭パーティに支給すれば、さらに輝かしい成果が約束されるようなものです。あのパーティはもっと強くなりますよ」
そう言われても直接自分の目で見たわけではないので、今1つ実感に乏しい。
「やっぱり大げさだ」
「そんなことないわよっ。貴方のエリクサーがあれば、大怪我を負っても傷が治るのよっ!?」
「つまり……シャンバラの冒険者は、死なない……。それは、どこまでも、強くなれる……ってこと」
「それはまあ、確かに。大きなアドバンテージだな」
冒険者は殉職率の高い仕事だ。
いくらポーションがあっても、致命傷を負えば本来は癒し切ることができない。
エリクサーは冒険者の損耗率を下げて、将来的にはベテランを増やしてくれるだろう。
「そうそう、今夜お時間は作れますか? 貴方に直接感謝の気持ちを伝えたいと、2号迷宮を任せた精鋭たちからお願いをされてしまいまして」
「それは遠慮する。まだ自分が凄いことをしたという実感が湧いていない」
「そうですか、残念です。貴方がシャンバラの社会に認められてゆく様を見るのが、私の陰ながらの楽しみだったのですが……」
「その期待は嬉しいがあまり気乗りしないな……。しかし、そんな話のために俺を呼んだのか?」
都市長は静かに首を横に振り、パンの残りをほおばった。
ゆっくりと咀嚼して、彼は物静かにこちらに目を向ける。髪は白く色あせていたが、その目は聡明だ。
「いいえ、貴方が私の想像以上の成果を上げて下さるので、欲が出まして。……よければ別件の依頼も受けてはいただけないでしょうか?」
「俺はまだ未熟者だと思うのだが、まあ先に話だけでも聞いておこう」
「はい。では――枯れたマク湖の水を蘇らせて下さい」
口に運びかけたサラダを皿に戻して、シャムシエル都市長と視線をぶつけた。
表情が揺るがないところからして、これは本気で言っているようだ……。
「ムチャクチャな要求をしてくるな……。そういうのは、神様にでも頼めよ……」
「神はまだその時ではないと言っているようです。あなたの助けが必要です」
枯れた水源を復活させる方法なんて、いまだかつて1度も聞いたことがない。
空の雲を取ってこいと言われたようなものだった。
だというのにあの姉妹が席を立ち、俺の左右を取り囲む。
シェラハゾなんて豊かな胸の前に両手を組んで、懇願するような仕草だった。
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