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・4年目 パンドーラの棺 1/2

「ごめんね、ユリウス……」

「ごめんなさい。だけどあの人……かなり無理をしているみたいだから、あたしたちなりに支えたいの……」


 今日の朝食はラクダのチーズと青菜を使ったハムサンドと、あのフリド・オアシスで収穫された爽やかなオレンジ、それとランスタ王国直送の鶏卵を使った目玉焼きだった。


 シェラハとメープルは慌ただしく朝食を済ませると、席を立ち上がって罪悪感混じりにそう言った。


「子供たちのことなら大丈夫だ。むしろ世話をされているのは、親の俺の方かもしれない」

「晩ご飯! 期待しててね、ママッ!」

「ああ、サンディ……あなたはなんて良い子なのかしら……。今日の夜が楽しみ……」


 シェラハが食事中のサンディに近付くと、少女はパンくずの付いた両手を払って母親の胸に飛び込んだ。

 こんなにやさしい母親を持てるなんて子供たちが羨ましい。そんな話をマリウスとよくするようになった。


「私、お父さんのお手伝い出来て、楽しいよ……」

「母たちがいない方がワシらは気楽じゃ!」

「うんうんっ! だけど……お仕事が終わったら、早く戻って来てね、ママ……?」


「もちろん。お土産を買って帰るわ」

「ギャッ、変なところつねるなぁっ、メープル母はなんでいつもそうなのじゃーっ!?」

「お、お母さん、だめだよぉ……っ」


 メープルを親に持つのはさぞ大変だろうな……とも話したことがある。

 へそ曲がりの小さな母は、甲高い声を上げて逃げ回るスクルズを追いかけ回していた。


「行かなくていいのか?」

「あ……忘れてた……。それじゃユリウス、行ってきます……」


「行ってらっしゃ――ンブフッ?!」

「んっ……。ふぅ……今日のは、ハムサンド味だった……」


 教育に悪すぎる母親は、やることやると挑発するように小さな唇を舐めて見せつけ、悠々と家を立ち去って行った。

 後に残った俺はため息を吐いて、口に少し残っていたハムサンドを冷たいオアシスの水で胃に流し込んだ。


「メープル母は凄いのじゃ! なんだかよくわからないけどっ、とにかく凄い女なのじゃ!」

「頼む、アレだけは見習わないでくれ……」

「もうっ……。は、恥ずかしいよ……お母さん……」


 それはそうだろう。自分の実の母親があれだけフリーダムだと、それはそうだろうとも……。

 慰めるように俺はオレンジにナイフを入れて、ウルドの皿に載せてやった。


「じゃあね、ユリウス」

「ああ、こっちは任せてくれ。んっ……お、おい……」


「ふふふっ、だってメープルばかりズルいもの」


 シェラハもやることをやって去って行った。

 気恥ずかしそうに頬を染めながら、パタパタと逃げてゆくその姿は一児の母にはとても見えず、夜までしばらく会えないのが残念にならない後ろ姿だった。


 ちなみにグラフだが、前々日から帰って来ていない。

 今はリーンハイムの兵士たちの指揮官となって、突貫工事された国境砦に駐屯している。


「今日もダウジングに行くのか?」

「お昼から手伝う予定!」

「うむっ、昼までは家と父の面倒を見てやるのじゃ!」


「お前たちは立派だな……。俺がお前たちくらいの頃は、もっと分からず屋のバカだったよ」


 きっと母親がいいのだろう。軍人肌のグライオフェンに、やさしく公平なシェラハゾ、そして反面教師のメープルだ。いや、メープルの生き様だけは見習われては困る……。


「コンコンコン……ニャ」

「ねぇ、みんな、今音がしなかった……?」


「コンコンコーン……ミャ」

「あっ、この声っ、いつものネコヒトさんたちだっ!」


 子供たちが玄関に飛び出してゆくと、しばらく賑やかな騒ぎに耳を傾けることになった。しかし彼らは本題を思い出したようで、食器をまとめていた俺の前に飛び込んで来た。


「ユリウスさんっユリウスさんっ、僕たちのダウジングに反応っ、反応があったニャ!」

「本当か?」


「もしかしたらもしかするミャ!」

「きっとあそこに迷いの砂漠が眠ってるニャ!」


 彼らは錬金術で作られたダウジングアイテム、赤のペンデュラムを取り出した。

 実のところこの赤いやつは正体をはかりかねていた。この赤のペンデュラムは、今日まで何にも反応を示さなかったからだ。しかしだからこそ、こうして反応があったのならばそれだけの期待が出来た。


 ちなみに失敗作の方はすぐに正体がわかった。

 小銭に反応したり、食べ物に反応したり、動物、鉄、川、さらには猫に反応を示す大失敗作まで多種多様だった。


「だとしたら行くしかないな、案内してくれ。日差しが強くなる前に確認したい」


 俺たちは元通りの生活を取り戻すために、朝の仕事を投げ捨ててまだ冷たい砂漠に出た。



 ・



 俺たちが暮らすオアシスから、日の昇る方角に1kmほどラクダにまたがって進むとそこが目的地だった。


「お、お父さん……本当に、何かあるよ……っ。錬金術って、凄い……っ」

「ワシはニャンコを探せるやつがお気に入りじゃ」

「あれ楽しいよねっ、うちも貰っちゃった!」


 赤のペンデュラムがウルドの手の下で真紅の光を放っていた。

 彼女が腕を動かしてもいないのに、吊された宝石が激しく時計回りに旋回している。この場所に何かがあると、ペンデュラムが力強く自己主張していた。


「ユリウス様、どう思うかニャー?」

「……これは気づかんな」


 まだ冷たくひんやりとした砂漠に膝を突いて、砂へと手のひらを押し当てた。


 地中から極めて微弱な魔力が漏れている。念のため持って来た2つのダウジングロッドをためしても、そちらの方は全く反応がなかった。それぞれ、白の棺、迷宮を見つけ出すロッドだ。


「お父さん、どう……?」

「この下に何かある。集中して触れないとほとんど感じ取れないほどに微弱な力が、この下から漏れ出ている……」

「わっ、それってビンゴってことっ!? これでグラフママも帰って来れる!?」

「でかしたのじゃ、にゃんこーたちっ! ……むっ、しかし、この後どうすればいいんじゃ?」


 意識を集中して足下のあちこちを触れて回った。

 赤のペンデュラムが最も強く反応する座標と、魔力が最も強く感じられる座標はほぼ同一地点だった。


「よし、距離感も掴めたから下に転移してみる」


 せっかくの能力だ。こういうときに使わずにいつ使う。俺は意識を集中して目標を絞った。


「だめ……っ、だめだよ、お父さん……っ!」

「そうだよっ、だってママたちが言ってたもん! パパに転移魔法は使わせちゃダメだって!」

「ワ、ワシは……ワシも父がいなくなるのは嫌じゃ、ずっと一緒じゃないと困るのじゃっ!」


 そう我が子に言われてしまうと、これまで刹那的に生きてきた自分自身がためらいを覚えていることに気づくことになった。もし失敗してこの子たちと離ればなれになったら大変だ。


「わかった、少し様子を見るだけにする」

「父のアホーッ! ちょっともガッツリも同じじゃ、同じーっ!」

「わ、私……メープルお母さんに、言いつける……よ……?」


 それは――それは真剣に恐ろしい……。

 しかしこの下に眠る物が、俺たちの求める『迷いの砂漠を復活させる何か』とは限らない。時をムダにする前に今すぐ答えが欲しい。


「頼む、メープルに言いつけるのだけは許してくれ。ではすぐに戻る」

「あっ、こらっ、パパーッッ!!」


 世界の裏側に潜り込んで、俺は光が方眼紙のように走る世界を縦軸方向に歩いた。

 きっとこの辺りだろう。地下に転移可能な空間があることを発見すると、表側の世界へと俺は戻った。


 いや、ところが――


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