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205/308

・3年目 desert cradle 1/2

シャンバラ緑化計画の進捗2.5%――


 フリド・オアシスでの実験は成功した。

 約1ヶ月の経過観察をはさんでも森は枯れず、シャンバラの強い日差しにも負けずに青々と輝いていた。


 それを見て、都市長や議員たちは本気も本気の国家予算をこの計画にぶち込んだ。

 ありったけの材料を転移門を経由して世界中から輸入し、今日までため込んできた在庫素材も全投入した。


 こうして各地のオアシスに奇跡の種『砂漠の光』が運ばれ、それが各地にちょっとどころではないお祭り騒ぎを引き起こすと、俺の立場も以前と少し変わることになった。


 崇拝されるようになったのだ……。

 マク湖の【妻の水浴びをのぞくユリウス像】の前には、連日多くの参拝者が訪れるようになり、それがメープルの爆笑と、シェラハのどこか得意な微笑みと、俺の激しい困惑に変わった……。


 しかしそれでも、全ての緑を取り戻すにはまだまだ効果が足りない。

 俺が生きている間に望みを叶えるには、さらなる改良が必要だ。


 俺は錬金釜の前で、27枚目に入るメモ帳を片手に調合の総当たりを続けていった。



 ・



 ところがそんなある日、大地が揺れた。


「わっわっ、キャ……ッッ?!」


 俺はちょうどすぐ側にいたグラフを抱き止めて、壁に手を突いてしばらくの間踏ん張った。

 地震は1分近くの長時間に及び、その間グラフは普通の女の子みたいに震えていた。


「グラフママかわいいーっ!!」

「キャッ、って言ったのじゃ! 確かに母が悲鳴上げたのを聞いたのじゃ!」

「みんな、そういう言い方したらダメだよぉ……」


 ちょうど昼食の後だった。グラフはみんなの前でらしくもない姿をさらしてしまった。


「ごめん、助かったよ、ユリウス……」

「凄い揺れだったな」


 グラフを解放して、落ちた食器をテーブルの上に集めた。

 シェラハが手伝ってくれたのですぐに終わった。


「おとと……揺れた……」

「いや揺れてないっての……」


「おっと……手が、滑った……」

「痛っっ?!」


 メープルはわざとらしくもたれ掛かってきて、人をつねって嬉しそうに笑った。なんて教育に悪い母親だろう……。


「お母さん……っ、お父さんをいじめちゃダメだよぉ……っ」

「大丈夫……ユリウスは喜んでる……。ほら、ビンビン――うぐっ!?」


 そういうのは止めろ……。

 あまりにも酷いのでメープルの鼻をふさいで黙らせた。


「あ、アルヴィンス叔父様が待ってるんだった! うち行ってくる!」

「おお、そうじゃった! わらわらも行かねば!」


 ウェルサンディは師匠の元で攻撃魔法。ウルドはグラフと一緒に弓の練習。スクルズはマリウスの工房で技術の勉強をする予定が入っている。

 気まぐれな子供たちはグラフと一緒に慌ただしく家を出て行った。


 その後を追うように、シェラハも食器を持ってオアシスに向かうと、俺は我が家最大最凶の問題児の前に取り残された。


「ねぇ、なんか今日は少し涼しいね……」

「ああ、もうお昼なのに今日はちょっと変だな」


「午後の仕事、手伝う……」

「頼むよ。……変ないたずらはナシでな」


「ビンビンなのに……? あて……っ♪」

「止めろ、子供の前でそれは止めろ、いつか嫌われるぞ……」


「ごめん、最近ムラムラしてて……あてっ♪」


 メープルのおでこを2度小突いて、俺はその日の仕事に戻った。

 その時はただの地震。そうとしか思っていなかった。



 ・

 


 夕方前、一日の仕事を終えてオアシスの木陰でたたずんでいると、都市長のところの小間使いが駆け込んで来た。


「あれ、あなたはお爺ちゃんのところの……」

「大変です、ユリウス様! 今すぐシャムシエル様のところまでおいで下さい! 大変、大変なのです!!」


 まさかタンタルスが動いたのかと転移門の方角を見上げても変化はない。

 俺はメープルの子のウルドを胸の中から解放して立ち上がった。


「直接お爺ちゃん(・・・・・)に聞いた方が早いな、ちょっと行ってくる」

「う、うん……気を付けてね、お父さん……?」


「心配するな。サンディとスクルズを頼んだぞ」

「わかった……あっ?!」


 ウルドに後を任せて、亜空間の扉に身を投じた。

 都市長の書斎はすぐそこだ。世界の裏側をちょっと歩いて元の世界に戻れば、そこにシャムシエル都市長と師匠、それに軍人たちの姿があった。


「よう、バカ弟子。一大事だぜ」

「それは聞いています。敵襲ですか?」


「はっ、そっちの方がまだ幾分かマシだな。シャンバラを囲う結界がよ、消えちまったんだとよ……」

「消えた……? 迷いの砂漠が、人を惑わさなくなったということですか?」


 師匠は質問に静かにうなづき、それからどうしたものかと難しい顔で両腕を組んだ。それが事実ならばとんでもない一大事だ。


 シャンバラは迷いの砂漠に守られた不可侵の国だからこそ、今日までヒューマンと対等にやってこれた。もし迷いの砂漠を失うことになれば、シャンバラは武力による恫喝や、最悪は征服を受けることにすらなる。


 都市長の様子をうかがうと、落ち着いてはいたが書斎に片肘を突いて頭を抱えていた。迷いの砂漠の消滅が、ありとあらゆる問題を招くことなど目に見えていた。


「来て下さりありがとうございます、ユリウスさん……」

「大丈夫か……?」


「ええ、私自身に問題はありません。問題はこの状況です……」

「シャンバラは今、丸裸だ。おまけにこの土地には山がない。砦も国境警備隊も何もない。シャンバラは確かにテメェのおかげで強くなったが、防衛戦となると分が悪いぜ、ここの土地はよ……」


 ああでもないこうでもないと、都市長の書斎は集まった人々の間で議論が続いていた。俺は静かに彼らの言葉に耳を傾けて、状況の把握に努めた。


 現在のシャンバラには多くの同盟国があり、エリクサーのおかげで迷宮で失踪することなく成長を続けた冒険者たちがいる。彼らを頼れば国の防衛は可能。だが怖いのは人さらいや盗賊たちだ。もし転移門で各国を1つに繋げていなかったら、なおまずいことになっていた。


 とかそういった話だった。


「都市長、迷いの砂漠を復旧させる方法に心当たりは?」

「不明です」


「なら過去に似たようなことは?」

「ありません……。こんなこと、私の人生でただの1度も……」


「わかった。なら援軍の到着まで俺と師匠で国境を偵察する。いいですよね、師匠?」

「はっ、国境警備隊がねぇならそれしかねぇな……。俺は南、テメェは東西北の全てを見張れ」


「ではそれで」

「申し訳ありません、ユリウスさん、アルヴィンスさん。こちらも総動員で対処しますので、可能ならば明日の早朝まで国境の監視をお願いします……」

「気にすんなよ、爺さん。俺とアンタの仲だろ、今度一緒にニャバクラ行こうぜ、ニャバクラ」


 俺と師匠は防寒対策を済ませると、各地での偵察に出た。

 迷いの砂漠の消滅が何を引き起こすかはまだわからない。結界の向こう側からやってくるものが、今日のような涼しい風ばかりとは限らなかった。


更新が不定期になってすみません。

恋愛の新作を明日から始めます。もしよかったら読みに来て下さい。


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― 新着の感想 ―
[一言] 砂漠自体が【迷いの砂漠】の魔法陣にでもなってたんかね? じゃあ次は【迷いの草原】や【迷いの森】作らんとな(目反らし
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