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・3年目 魂と書

「ユリウス、ユリウス、ちょとこっち来て……」


 ある晩、子供たちがやっと布団に入ってくれて一息ついていると、メープルが工房側の扉から現れて俺のトーガの袖を引いた。


「どうかしたか?」

「見たらわかる……」


「それ、今じゃなきゃダメか?」

「うん……むしろ、見なきゃ損かも……」


 総当たりでレシピを構築するようになってより、いつからかメモが習慣になっていた。 

 試した組み合わせを紙に残して、変わった結果が出た物には記述を加える。俺はペンを手放してメープルに引かれていった。


「こっちは寒いな。ん、なんだあれ?」


 メープルが照明魔法もなしに人気のない場所に連れ込むので、少しその……そっちの方を期待していた……。

 ところが錬金釜の隣の作業テーブルの上で、何か大きな物が幻想的な薄緑色に光っていた。それは白紙の書だった。


「本が光ってたから、開けてみたら……ほら」


 書の前までやってくると、メープルが大きなその本を開いてページを進めた。すると白紙だったはずの新しいページにこれまでにない現象が起きていた。


『シャンバラに再び緑を。希望はユリウス・カサエルと共にある。』


 驚いた。白紙の書がレシピ以外の自己主張をしてくることなんて今まで一度もなかった。

 正体不明のこの書までもが、俺にシャンバラの再生を願っている。


「まさか本にまで褒められるとは思わなかった。ますます正体不明だ……」

「あ、消えた……」


 光が消えて工房が真っ暗闇になってしまったので、照明魔法を頭上に浮かばせた。メープルも同じことをしていたので、煌々とした明かりが工房を照らすことになった。


消えてる(・・・・)な……。いや、この場合は消したと言った方が正しいか」


 ページは白紙に戻っていた。

 この書は自らの意思で記載を削除する能力がある。とても興味深いことだった。


「なんか、かわいいね……」

「かわいい……? なぜそういう発想になる……」


「きっと恥ずかしくなって、自分で消しちゃったんじゃないかな……」

「まあ、言われてみればそう取れもなくない。ただ、本が意思を持っていることの方を驚くべきだと思うが」


「あ、そか……。わ、言われてみたら……超びっくり……」

「先にそっちに気付けよ……」


 ページをめくってみると、過去の記述は消えずにそのままを保っていた。

 書から不要な記述を消したのか、あるいはメープルが言うように恥ずかしがりなのか、どっちとも取れた。


 幾度となく俺たちを救ってくれたこの書が、シャンバラの再生を支持してくれたことも俺には嬉しいことだ。明日からはもっとがんばろう。


「そろそろ戻ろう。本格的に冷えてきた。……ンブッッ?!!」


 寒いと言ったらキス魔に襲われた……。

 そいつは小柄な身体で俺の首根っこにしがみついて、詳しくは記述しかねる情熱的な愛情表現をしてくれた。


「ムラムラしてきた……外、いこ……」

「待て」


「待てない……」

「せめてこういう時は前振りをくれっ、いきなりされると、驚くだろう……っ」


「まどろっこしい……。はよ、はよこい、はやく、はやく……」

「引っ張るなっ、それに、なぜ外なんだ……っ?」


 砂漠の夜は寒い、外は肌寒いところじゃない。


「だって……外の方がロマンチックだし、それに……」


 メープルはしがみついてもう離れない。

 両足を俺の背中に回して、興奮しているのか甘い吐息を人の耳元に漏らしていた。


「それになんだ?」

「本の中の人に、見られちゃう、よ……?」


「その本の中の人は、今頃お前の突拍子もない行動に困惑していると思うぞ……」


 その晩、俺は夜の砂漠に引っ張り出されて危うく風邪を引きかけた。

 ちょっとのつもりだったはずが、最後は暖炉の前でメープルと一緒に震えて過ごすことになっていた。


 子供たちを寝かしつけて戻ってきたグラフの、白い目を受けながらな……。


しばらく更新が滞ってしまってすみません。

埋め合わせに明日も投稿する予定です。

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