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・2年目 男の追想、シャンバラが砂漠となった日

 子供を持つ前は目の前のことしか見ていなかった。

 けれど愛くるしい娘を持ってからは、自分の死後のことまで考えるようになった。


 向こう50年もしないうちに俺は死ぬ。そう思うと、なぜヒューマンに生まれてしまったのだとやるせなくなった。

 それに俺がエルフに生まれていたら、シャンバラの全ての大地に緑を再生させることも可能だったろう。


 いつしか俺はこう考えるようになった。


『このままでは時間が足りない……』


 都市長の概算では、シャンバラの緑化は今のところ0.8%だ。このままでは一生かけても間に合わない。


 シャンバラの緑化のために、より革新的なレシピが必要だと焦りだして、かれこれ1年半が経ってしまっている。

 エルフという限りない時を生きる人々が隣にいるからこそ、俺はシャンバラに生きた証を残したかった。


 俺が朽ちて塵となった後も、変わらずにシェラハたちの前に残る物が、中途半端では納得がいかなかった。

 遠くない未来に俺は死ぬ。そして妻と子供たちが残される。どうあがいてもこの未来は変わらない。



 ・



 その日は母親たちに遊びに行かせて、俺と都市長とだけで子供たちの面倒を見ることになった。

 といっても都市長は仕事をしながらなので、あまり頼りにはならない。ただそこにいるだけと言ってもよかった。


「お父さん、次は成功するよ……がんばって」

「そうだよ、うちのパパは天才なんだから!」

「早く次次! 次なのじゃ、父!」


 耳の長い子供たちに囲まれて錬金釜をかき回した。浅い水かさの中を杖がゴリゴリと底を擦って、今日も失敗ばかりの調合を続けていた。


 完成した。爽やかな蒸気が上がり、釜の底に一握りの緑の種が生まれた。

 それをサンディが釜に身を投げ出して取って、姉妹で分け合ってから工房の外へと飛び出していった。


「さて、どうでしょうね」

「もう1万回以上失敗している。期待するだけムダだろう」


 そこまでゆくと、都市長が手を止めて子供たちを追って外に出る。今回の種は半分の面積しか砂漠を緑に変えてくれなかった。


 それでも都市長は嬉しそうだ。彼は砂漠に緑が戻るだけで嬉しいのだろう。


「焦りすぎではありませんか?」

「焦る? 何を?」


「結果をです。気付けば私よりも貴方はシャンバラの再生にのめり込んでいます」

「そんなはずない。都市長ほど渇望してないよ」


「そうでしょうか」

「そうだ。だが、死ぬ前に果たしたい目標だと思っている」


 砂漠に戻った緑はピザ1枚程度。けれど紫色の小さな花が咲いて、子供たちはちっぽけなそれに夢中になっている。


「この一生をかけても20%も蘇らせないかもしれない」

「だから改良されているのでしょう?」


「そうなんだが、こうも結果に結びつかないと、焦りもする……」

「2割もいけば十分ですよ。我々も努力して、ツワイクから素材を輸入しますので気楽にやって下さい」


 そこまで話して、俺は都市長をじっくりと見た。そういえばこうやって2人だけでゆっくりする時間は今日まであまりなかった。


「はて、どうかされましたか?」

「いや、これは単なる好奇心なんだが……。砂漠になる前のシャンバラは、具体的にどんな世界だったんだ?」


「ああ……その話ですか」


 すると都市長は子供たちを――いや、ウェルサンディばかりを見つめだした。彼にとってサンディは特に特別な孫だ。


「辺境に荒れ地こそありましたが、砂漠なんてどこにも存在しない美しい世界でした。森と草原、畑と川。何もかもが清らかな理想郷でしたよ……」

「だけどなんでそれが砂漠になったんだ?」


 何気ない質問のつもりだった。しかしその問いに都市長は考え込んでしまい、そこに子供たちが帰ってくる形でそれぞれの仕事にまた戻ることになった。


 それからまた試作して、完成させて、子供たちを追って外に出た。子供たちは飽きもせずに緑を生み出す失敗作に高い声を上げていた。


「当時、私は女王陛下のご子息の小姓をしておりました」

「女王って、シェラハの祖先のか?」


「はい……」

「本当にその方とシェラハは似ているのか?」


「はい、この目で見てきました。我らの女王シェラハ・ゾーナカーナ・テネスと、ほぼ同一の容姿に成長してゆくあの子の姿を」

「だったらなんでそんな大事な娘を俺にくれたんだ……」


「本人たちがそう望んだからです」

「いや、だからってそんな……。ああ、もう戻って来たな」


 一足先に工房に戻ると、今度は白い花が咲いたと子供たちは喜んでいた。


 もう人間で言うところの9歳を超えている。ここからさらに個性が強く出て、素直に俺をパパ、父、お父さんと慕ってはくれなくなるだろう……。



 ・



「少し外に出ませんか?」

「もちろん付き合おう」


 子供たちは飽きたのか、工房を離れて家の方に行ってしまった。そうなると自力で実験しなければならない。


 だが失敗続きにどうにもそんな気になれずぼんやりしていると、都市長に誘われた。


「さて、続きをお話しましょう」

「ああ、その話なら喜んで聞こう」


 俺たちは屋根付きの桟橋に落ち着いた。


「シャンバラが砂漠と化した災厄の日、私と王子は宰相に連れられて、都を離れました」

「王子というのは?」


「女王陛下ただ一人のご子息です。私の親友でした」

「となると……それがシェラハのご先祖様なのか?」


「はい……。私はずっと彼の血筋を見守ってきました……」


 なるほど、そういうことか。

 その気になればこの男は、シャンバラの王にだってなれただろう。なのに彼がそうしなかったのは、己が臣下であることを今日まで貫いて来たからだ。


「宰相は当時を生きていたエルフたちからすれば、共通の祖父と言ってもいい男でした」

「どんな人だ?」


「白い髭をたくわえた老人です。嘘か本当か、1000年を生きているという話でした」

「1000年って……。いや、だけど俺からすれば都市長も似たようなものだな。都市長は俺たちみんなのお爺ちゃんだ」


「ふふ……貴方にそう言っていただけて光栄です」

「で、都を離れた後に何が起きたんだ? 災厄ってなんだ?」


「はい……。私たちが辺境に――迷いの森の外に落ち着いてまもなくして、怪異が起こりました」

「災厄、怪異とは穏やかじゃないな……」


「緑の地平に、灰色の波が襲いかかりました。瞬く間に全ての植物が真っ白な灰に変わり、私たちの目の前で砂のように朽ちてゆきました。草も、木も、家すらも……」


 たった一瞬でシャンバラが砂漠に変わったと都市長は言う。そんなことが実際に起こりえるのだろうか。


「それでよく無事だったな……。いや、その宰相が守ってくれたってことか?」

「きっとそうでしょう。砂漠化の爆心地は都。あそこに残っていたら、私たちはあそこに残された哀れな白骨死体となっていました」


「それは想像するだけでもエグいな……。砂漠化の原因はわからないのか? その宰相が何か知っていたんだろ?」

「彼は何も語らぬまま墓に行きました。もはや誰も真実は――な……っ?!」


 ところがどうしたのだろう。都市長は慌てて立ち上がって砂漠の方を指さした。

 指を追うと、砂漠の一角に大きな緑が生まれている。その中心に子供たちがいた。


「まさか、釜に残っていたのを蒔いたのか?」


 都市長と俺はその大きな緑に駆け寄った。近付いてみると、4倍だ。最も効果の出たレシピの4倍の面積の緑が現れていた。


「パパッ、おめでとう!」

「やったのじゃ、大成功なのじゃ!」

「あのね、釜に入ってた分だけしか、使ってないよ……。よかったね、お父さん、じぃじ……」


 試行錯誤はついに実を結んだ。

 大地の結晶をベースに、『ドライアド素材』『琥珀』『水の結晶』を少量加えることで、効果を飛躍的に高めることが可能になった。


「ふ、ふふふ、はははは……」

「都市長?」

「大変じゃっ、じぃじがボケてしまったのじゃ!?」


「素晴らしい、素晴らしいですよ、ユリウスさんっ! 皆を呼んできましょう! 今すぐ皆を、ここにみんなをです!!」


 そこから先は都市長が仕事を投げ出してのお祭り騒ぎになった。

 今すぐ素材をかき集めて、ありったけの在庫を使って大量生産をすることに決まった。


 今日まで地道にがんばってきてよかった。

 俺は緑にあふれた世界を、このシャムシェル都市長に見せてやりたかった。これからも、そのずっと先も。


22日より、新作「このたび私は冷血で女嫌いと悪名高い氷の侯爵と婚約することになりました」を始めます。タイトルの通りの女性向け恋愛です。

迷走するなく綺麗にかけたなと、満足している1作なので、もしよかったら読みに来て下さい。12話くらいで完結します。

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