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・2年目 大望と後継者

・ユリウス


 一方その頃、ユリウスは――


「あれ、もう帰ってきたのか?」


 オーブに手をかざして水槽を見下ろしていると、工房の入り口から光が射した。

 ウェルサンディ、ウルド、スクルズ。気の強い順に子供たちが入ってきて、水槽の輝きに駆け寄った。


「パパ、ただいまーっ!」

「わぁぁ……今日の、綺麗……」

「こらっ、危ないからそこから離れなさい。ほらこっちだ!」


 聞き分けのいい順にスクルズ、ウルド、ウェルサンディがこちらに上がってきた。


 いい子のスクルズの頭を撫でたら、まるで犬ころみたいに子供たちがくっついてくる。母親みんなが迷宮に行ってしまったので、きっと寂しいのかもしれない。


「お父さん、これ、何……?」

「レインボークォーツを精錬している。ほら、あの虹色に輝く宝石だよ」

「えーっ、もったいなっ!」


「確かにね。だけどこれが世界を1つに繋ぐんだ」


 これさえあれば迅速に動ける。援軍が遅れて手遅れになることもない。

 そう思い詰めていることに気付いて、俺は表情を父親の顔に戻した。


「アストライアおば様に聞いたのじゃ! 父ががんばれば、毎日遊びに来れるって言ってたのじゃ!」


 それはまた、なんて迷惑な……。

 しかしこれ以上わかりやすい説明もないだろう。嬉しいかどうかはともかくとして、みんな納得していた。


「仕上げるよ」


 水槽にバケツいっぱいのサファイアを投入した。

 すると輝きが暗い工房を青白く照らし上げて、子供たちが甲高い興奮の声を上げた。


「きれーっきれーっ、でももったいないよっ!」

「父、凄い……」

「私、お父さんみたいになりたいな……」


 蒸気が上がり、水槽の中央に『21式コンデンサー』の原材料である『クラスタージェム』が完成した。それは青白く透き通っていて、角度によって色合いが変わる巨大な宝石塊だ。


 水槽に下りて物差しを当てると、縦横きっかり50cm、奥行き20cmの指定通りの規格になっていた。


「しゅごいのじゃっ、なんだかよくわかんないけど父はしゅごいのじゃ!」

「綺麗っ、綺麗っ! パパッこれサンディにちょうだいっ!」

「国家予算ちょっと分けてくらいのわがままだぞ、それ」

「錬金術が使えたら、こんなに大きい宝石、作れちゃうんだ……」


 父親っていうのは案外バカだな。子供たちがこうして目を輝かすだけで、わけもなく誇らしくなれるのだから。

 俺は点検と自慢をかねて、みんなの前でクラスタージェムへと魔力を流し込んで見せた。


 その巨大な宝石は無尽蔵にこちらの魔力を吸い上げる。どこまで流し込んでも限界が感じ取れなかった。


「魔法の力を、吸い取る宝石……なの……?」

「その通り、スクルズは賢いな」

「マジかっ、みんなでやってみるのじゃっ!」

「おっけーっ!」


 子供たちそれぞれが積極性順にクラスタージェムへと触れて、魔力を流し込みだした。魔力の伝導率もこれの特徴だ。子供たちはすぐにへとへとになって、空の水槽に尻餅をつくことになった。


「にゃ、にゃんこりゃぁぁーっ?!」

「ふぅ、ふぅ……なんなの、これ……っ、あ、パパ……」


 一人一人に順番に触れて、魔力を分け与えると彼女たちは順番に立ち上がった。

 品質に問題はなさそうだ。危険性を感じるほどの容量と伝導率だった。


「さて、みんなはマリウスのところにお使いに行ってくれるかな?」

「嫌! パパの仕事もっと見る!」

「わ、私も、見たい……。お父さん、次は何を作るの……?」


「国家機密だ」


 以前、迷宮発掘のために『白銀の導き手』というアイテムを作った。

 その製法を応用して、どうにかして地中の『白の棺』をダウジングする物を作りたい。


「うぅ……負けちゃった……。もうしょうがないなっ、ちょっと行ってくるね!」


 じゃんけんに負けたウェルサンディが工房を飛び出していった。

 その間に俺は汲み置きの水を錬金釜の方に入れた。水かさが足りないことに気付くと、スクルズとウルドがオアシスまで汲みに行ってくれた。


「ありがとう、助かったよ」

「いいの……お父さんのお手伝い、好きだから……」

「お礼に何作ってるのか教えるのじゃ!」


「だから国家機密だって。それに狙い通りの物が出来上がるかもわからない」


 基本の材料を入れて水溶液を燐光させると銀の延べ棒を入れた。

 続けて白の棺から削り取った粉末を入れて、それから白の棺と共鳴するようにアドリブで素材を入れた。


「うっ……」

「父? どうかしたのか?」


「困った……トイレに行きたくなってしまった……。うっ……?!」

「行けばいいのじゃ」


「ダメだ、大切な材料を使っている……っ。うっ、うぐっ……?!」


 漏らそうともここを離れてはいけない。

 だが、娘の前で漏らすのは出来ることならば避けたい! いや避けたいというより、絶対に嫌だ!

 父親としてのメンツか、それとも仕事の成否か、突如として俺は究極の選択を迫られた。


「スクルズ、ウルド! お父さんは漏らそうとも仕事を遂行する! さあっ、大変な現場を目撃する前にここを出て行けっ!」

「はわわわっ、父は凄いのかバカなのかわかんないのじゃっ?!」


 材料はムダに出来ない。よってここは、甘んじて漏らすしかない……。

 ところが覚悟を決めた俺の杖に、スクルズがそっと手をそえた。


「たぶん……私、お父さんみたいに出来ると思うの……」

「それじゃ! この前スクルズは父に内緒でポーション作ってたのじゃ!」


 ウルドが俺から力任せに杖を引ったくると、それをスクルズに握られた。

 錬金術は才能のない人間が制御しようとしても吹き飛んでしまう。なのにスクルズは、便意に不安定化していた水溶液を見事に安定させてくれた。


「ど、どうかな……」

「ほれ見ろ父!」

「でかしたスクルズッ、しばらくそれ任せたぞっ!!」


 父親として、自分の才能が娘に遺伝して嬉しい!

 そう感激に胸震わせたのは、トイレに駆け込んでやることを済ませた後のことだった……。



 ・



 危なかった……。

 台無しになった感動を胸に俺は工房へと戻ってきた。


「パパ!」

「お帰り。大変だったそうじゃないか」


 するとサンディとマリウスがいた。俺はがんばってくれたスクルズの肩を叩いて、一緒に杖で釜をかき混ぜた。


「もうだいぶいいね、一緒に完成させよう」

「う、うん……」


 仕上げに釜の底をトンッと突いて、国家機密を完成させた。


「ねぇねぇ、何これ?」

「方位磁針に見えるな」


 銀と黒塗りの包囲磁針が釜の底に12個完成していた。

 試してみるまでわからないが、とにかく白の棺探索の試作品が完成だ。


「やったな、スクルズ! 凄い凄いのじゃっ!」

「お、お父さんがすごいだけだよ……」


「そんなことはないぞーっ、スクルズがいなかったら父がうんち漏らしてたのじゃ!」

「勘弁してくれ……」


 マリウスには鼻で笑われた後に、やっぱり可哀想だと同情の目を送られた……。

 マリウスは妙な2本の棒を両手に持って、それをクラスタージェムへと当てた。すると棒と棒を繋ぐ紐がキラキラと輝いた。


「素晴らしい。これをバッテリーに内蔵すれば、これまでの半分以下の人数で転移門を稼働出来るぞ!」

「本当なら破格だな」


「それだけじゃない。このコンデンサーを小型化すれば、魔法銃にも内蔵出来る! 魔力を事前に充電しておけば、魔法が使えない者も攻撃魔法で戦えるぞ!」

「わぁっ、マリウスも凄い! 出来たらうちに撃たせて!」

「おいマリウス、子供の前で物騒な話は止めろ……」


「だがこれが興奮せずにいられるか! ユリウスッ、これをもっともっと量産してくれ!! これで世界が変わるぞ!!」

「言われなくともそうする。追加の材料もみんなが取りに行ってくれてるところだ」


 サンディとウルドはスクルズを囲んで、跳ねながら自慢の姉妹を褒め称えていた。

 無邪気だ。世界を様変わりさせる仕事を手伝ってしまったとは、あの子たちは心にも思っていない。


「迷うな、あの子たちを守るためだと思え」

「そうだな……。それに後悔するならやり尽くした後にしたい」


 後の世の者は俺たちの行いを恨むかもしれない。だがこうなっては止まれない。迷わずにこのまま突き進む他になかった。



 ・



 スクルズとの合作にあたる銀の方位磁針は、その後無事に白の棺に反応を示した。

 小型に精製したクラスタージェムも、マリウスの工房に運ばれて新型コンデンサーに加工され、新しい魔法銃に組み込まれた。


 マリウスは魔法の使えない者でも攻撃魔法を使える時代を作り出した。さらには既存の持ち主の魔力を動力にした魔法銃の方も、大幅な軽量化を果たしたそうだ。


 さあ、これからだ。

 世界中の白の棺を回収し、魔法銃を装備した軍勢で要塞を固め、奴らからの侵略を返り討ちにする。


 カーロスでの同じ惨劇を繰り返さないために、俺たちは少しずつ世界を変えていった。


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― 新着の感想 ―
[気になる点] のじゃのじゃがスクルズでグラフの子供だったはずなので、おとなしいのはメープルの子供のウルドですよね? この話ではスクルズとウルドの名前が入れ替わっているように思えます。
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