・蜃気楼《ミラージュ》 1/3
1日目、シャンバラに拉致された俺は姉妹と都市長の願いに応じ、錬金術師としての第二の人生を始めた。
2日目、アドリブで作ったポーションが完全回復薬の効果を発揮して、それがネコヒト族の女戦士を重傷から救い、都市長の推進する迷宮事業をも加速させた。
3日目、市長邸の図書館を借りてゆっくりと過ごした。何もしない日も大切だ。息抜きに1号迷宮に入ろうとしたら、なぜか見張りに逆ギレされた。
4日目、都市長のプロジェクトを手伝った。どうやらツワイクのポーション工場に匹敵する量産が俺1人で行えるため、これ以上供給しても現状は仕方のないところまで行き着いたようだ。
5日目、それが今日。
その日も毎朝同じ時間に起きて、俺はヤシの木陰からシェラハゾの水浴びをのぞいていた。
こんなに毎日のぞいていたら、そのうちにバレてしまうだろうに、愚かな俺はどうしてもこの習慣を止められなかった。
美しいエルフがオアシスで身を清め、踊り回るその姿は、まるで古い伝承の世界に迷い込んだかのようだった。
水浴びをする美しい女神に男が惚れて、事件が起きる。
どこの神話にもきっとある、お決まりの展開だ。
「何やってるんだろな、俺……。こんなの、止めなきゃいけないのに……」
名誉のために言うが、あくまでのぞきは遠くからだ。
スケベ心がないと言えばウソになるが、それにも増して彼女の姿はただただ美しかった。
俺の知っているどんな女性よりも、清らかな存在に見えてくるのだから不思議だった。
手を出さない代わりに、これくらいならいいだろうと、自分勝手な言い訳を胸に刻んで、毎朝彼女を見つめた。毎日、毎日、毎日、飽きもせず。
「ふぅ……。そろそろ、行かなきゃ……」
一瞬、彼女の目がこちらに向けられたような気がして、俺は木陰へと頭を引っ込める。
息を殺してやり過ごすと、彼女は岸辺で服を身に着けて家に戻っていった。
バレたら謝罪の1つや2つでは済まない。
やっぱりこんなこと止めるべきだろうか……。だが、止められる自信がなかった。
明日も明後日も、俺はここに来るだろう。
さて、愚かな男の話はここまでだ。
シャンバラの冒険者ギルドは先日、事務員を含めて30名ほどの規模でついに始動した。
今日は訓練済みの精鋭だけがぷにぷにポーションあらためエリクサーを手に2号迷宮を下り、残りは軍と合同で練兵を行う予定になっている。
先日、暇つぶしで練兵を手伝った限りでは、誰もが意欲と希望を持っていて、これからも訓練を支援してやりたくなった。
俺が追い風となって彼らの背中を押してゆけば、どこまでも飛躍してくれそうで、やりがいがあったからだろう。
「ユリウス、都市長が呼んでる……」
「朝食の誘いか?」
「頼みごとがあるって……。ふふ……」
急にメープルが表情を華やがせて、鈴の音のように高い声を響かせた。
「なんだよ……」
「姉さんは、世界で1番、綺麗……。クスッ……ユリウスも、そう思うよね……?」
嬉しそうに甘ったるい笑い声を上げてから、メープルは市長邸の方に俺の手を引いた。
もしかしてまた見られていたのだろうか……。
彼女の質問にはとても言葉を返せそうもなかった。




