・3交代制ポーション工場
「ん、なんか倉庫の方にいるな……」
ぼんやりと胸くそ悪い過去に心を囚われていると、ふいに魔物素材の保管庫から『トトト……』と物音が響いた。
だが今は調合中だ。俺は目前のオーブに手をかけたまま、眼下で燐光する液体に集中した。
十数年前までは釜と杖で調合していたそうだが、今では錬金術の工業化が進んでいる。
杖はオーブに、釜は巨大な水槽となり、錬金術師は巨大工場の雇われ労働者に成り下がった。
「あーいる、絶対いるわ……。はぁ、めんどくせー……」
ネズミが魔物素材を食い荒らしていって、もしそれが際限なく成長していったらどうなるのだろうか。
安っぽいホラー小説みたいなことになる可能性も、まあなくもなさそうだった。
ああ、ここは何もかもが杜撰でたまらない……。
不注意と杜撰こそが、全ての災難の源だというのに……。
「おい、ユリウスッ、いつまでかけてるんだよ、お前!」
「早くこっちに回せよ! 定時に仕事が終わんねーだろがっ!」
ポーションの材料は水。そして強い生命力を持った迷宮由来の魔物素材が原料だ。
それらをこの水槽に入れて、魔力でドロドロに溶かしたエッセンスを作る。それだけが今の俺の仕事だ。
「聞いてんのかよっ、ユリウスッ!」
「無視すんじゃねーよっ、出向のくせによ!」
それをこの錬金術師たちが、ある種の薬草などを添加して、回復薬としての指向性を与えて反応させた物がポーションだ。
ここでは200名を超える錬金術師が集められ、24時間の3交代で工業的にポーションを作っていた。
「バカ言え、こりゃまだ半生だ。こんなもん材料に使ったら、金をドブに捨てるようなもんだろ」
「ぷっ……おめー何言ってんだよ?」
「バカじゃん。お前錬金術師でもないのによー、わかったような口利くんじゃねーよ、バカ」
「いちいち口の減らない連中だな……」
「いいから早くしろよっ、こっちはお前のせいで残業なんてお断りだからな!」
あまりの次元の低さに怒る気さえ起きなかった。
この手合いに反論しても帰ってくるのは屁理屈で、まともな会話にならないことを俺は知っている。
「断る。問題が起きたら俺の責任にされる」
そもそも工場全体の仕込みを、俺1人だけに押し付けるのが間違いだろう。
俺がもし病欠でもしたら、こいつらはどうするつもりなのだろうか……。
「そんなことするわけねーだろ!」
「そうだそうだ、それにちょっとくらい回復量が低かったくらいで、バレやしないって!」
「バレるバレないの問題じゃないし、こっちはお前らに譲歩する気もない」
「クソッ……融通利かねーにもほどがあるぞ、おめーっ!」
この国には『グァンタ迷宮群』と呼ばれる富の坩堝がある。
一攫千金を夢見る冒険者たちがその迷宮を下り、このツワイク王国に財宝や資源をもたらす。
しかしそれは全滅せずに戻って来たらの話だ。
このポーションは言わば、迷宮探索という国家事業の歩留まり高めるための戦略物資だった。
要するに、少しの手抜きが方々の人間を困らせることになる。
「ちんたらやってんなっ、早くしろっ!」
「ダメだ。お前らこそ少しはプロ意識を持て。ポーションに粗悪品が混じったら、人が死ぬぞ」
「で、お前は錬金術師なのか? 違うよなぁ、ただの、左遷されてきたヘボ魔術師だろ!」
無視だ、無視。
そこに触れられると本気でムカついてくるが、同じ土俵に立てばもっとムカつくことを言われることになる。
多少落ちぶれようと、今だって俺は超スーパーエリートだ。
こいつらとは絶対に同じ土俵には立ってやらん。
「へーぼっへーぼっ、宮廷から追い出されたへっぽこ野郎ーっ」
「アリ王子が言ってたぜ、あの戦争はお前のせいで――あっ、工場長! 聞いて下さいよっ、ユリウスのやつが!」
いつから錬金術師は初等学校以下のアホになったのだろう……。
そこにヘンリー工場長が見回りにやってきて、やつらは告げ口を始めた。
「ユリウスくん、今どれくらいだね?」
「進捗としては80%ほどです」
「では渡したまえ、工場長命令だ」
「正気ですか……」
「早くしろよっ、お前のせいでこっちのラインが止まってんだよっ!」
工場長がその言葉に眉をひそめた。
それもそのはずだ。俺1人が仕込みを担当するこの配置は、この工場長が決めたことだった。
俺はヘンリー工場長の命令に従って、効果2割ダウンの約束されたエッセンスを完成させることにした。
水槽に大きなガラス瓶を次々と投げ入れて、オーブに強い魔力をかけて反応させた。
光と白い蒸気が発生して、頭上の換気扇がすぐにそれを巻き上げた。
錬金術師たちは水槽に土足で降りて、ガラス瓶を拾い上げる。
エッセンスの輝きはいつもよりも鈍く、ため息が出るほどに中途半端で雑な仕事だった。
「責任、取れませんからね……」
「はっ、お前そればっかだよな」
「あばよ、ヘボ魔術師!」
彼らはそれぞれガラス瓶を抱えて去っていった。
仕事が終わったら女遊びをしようと、バカなことを語り合いながらな……。
「あいつら、いつかヘマしますよ……」
「かもしれんな。だがユリウス、お前も正規軍や宮廷に戻りたいなら、もう少し賢くなることだ」
「そんなこと、言われなくとも自分が一番よくわかってますよ……」
口は災いの元だ。融通を利かせて、妥協を覚えることは必須の処世術だ。
あの日、アリ王子に進言をしなかったら、俺は彼の弱みを握る形で出世していたかもしれない。
「もし粗悪品だとクレームが来たら、どうするつもりですか?」
「そんなものどうとでもなる。お前は量産にだけ集中しろ」
「しかし、それでは冒険者たちの命が――」
「ふむ……? クズどもの代わりなど、掃いて捨てるほどいるだろう。我々が気にすることはない」
いや、クズはどっちだよ……。
少なくとも、ポーション工場の長が言っていい言葉ではない。やはりこいつらは腐っていた。
「賢くなれ、ユリウス。仕込みしか能のないお前を使ってやっている恩を忘れるな」
「善処します」
そう素っ気なく答えると、でっぷりと太った彼がのしかかるように俺の肩を抱いた。
「ユリウス、私は君を助けたい」
「……どういう意味です」
「私の気持ち一つで、君が上に戻れるかどうかが決まるのだよ。立場と態度をよく考えておくことだ。……まあ、第2軍を半壊させた無能者を、他の現場が認めるかは、私にもわからんがね」
「ヘンリーさん、貴方は『一言も二言も余計』と言われたりはしませんか?」
「フフフ……せいぜいがんばりたまえ」
工場長はノルマのことしか眼中になく、錬金術師たちはいかに楽をして定時に帰るかしか考えていない。
近い将来、この工場で不祥事が発生するのがもう見えていた。
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