・2年目 シェラハゾの迷い
・シェラハ・ゾーナカーナ・テネス
わたしの旦那様はとても純粋な人よ。それに真面目で、勤勉で、やると決めたらどこまでも貫き通す不器用な人。それがユリウスの魅力であり、見ていられない危うさだと私は思っている。
彼は目的のためなら自らを犠牲にすることもいとわない。
自分の命を軽く考えがちで、平気で敵の懐に転移して、魔導師なのに剣を振る。
それにわざとやっているのではないかと疑うくらいにギリギリのタイミングで敵の攻撃をかわし、そしてまた敵の懐に飛ぶ。
子供が産まれる前のユリウスは、まるで放たれた弓矢のような人だった。
彼はいつだって目的を果たすまで止まらない。
猟犬のようにどこまでも獲物を追いかけて、平気で危険を冒す。
世界中に転移門と魔法銃を配備するというあの発想は、彼の刹那性があってこその決断よ……。
「ふうっ……全部片付いたようね」
「ふっ、他愛ない。今回は戦力の過剰投入だったかもしれないね」
わたしたちはユリウスの負担を少しでもやわらげたい。
だから今回、わたしたちは子供たちを都市長や義兄に任せて、ユリウスの夢のために迷宮を下ることにした。
「グライオフェンちゃんもシェラハゾちゃんも強ぇぇ~な……。こんなん、おっさんの立場ねぇぞ……」
「あたいたちはやれることをやるだけミャ」
「楽でいいと思う……」
編成はわたし、メープル、グライオフェン。それと名前を思い出せない冒険者のおじさんと、ネコヒト族の女の子。彼女は今もユリウスに夢中よ。
この【水晶の迷宮】はモンスターが硬くて危険な半面、大粒のレインボークォーツが手に入る。このクォーツがユリウスたちが作っている新型コンデンサーの材料よ。
「姉さん、落ち着いて……。みんな、同じ気持ちだから……」
「ああ、もし怪我をして帰ったらかえって心配させるよ。彼はいつだって君の美貌に夢中なんだから。……まあ、ボクもだけど」
「グギギ……ユリウス様のご寵愛を受けるなんて、羨ましいミャ、羨ましいミャ……。ブミャァッ?!」
メープルのいやらしい手が白いネコヒトを撫で回した。
あれ、身体が震えるくらい気持ちいいから困るのよね……。
わたしたちは美しい水晶の迷宮を進んで、クォーツゴブリンやクォーツゴーレムを粉砕していった。
そのたびに小粒のレインボークォーツがドロップして、わたしはそれを拾い上げながら……何度も迷った。
わたしたちのしていることは、本当にシャンバラのためになるのだろうか……と。
そんなことを思いながら虹色の輝きをジッと見つめていると、メープルが私に寄り添ってくれた。
「ユリウスたちがやろうとしてること……ぶっちゃけ、超危ない……。メチャクチャ、過激……」
「そうよね……」
「ボクは賛成だ。タンタルスどもに対抗するには、やつらと同質の力を手に入れるしかない。ボクたちはその事実に気づくのが遅すぎたんだ」
「おっさんにはそういう難しい話はわかんねーわ」
「ん……それにも同意。やってみるしかない……」
「ユリウス様とつがいになるために! あたいもがんばるミャーッ!」
「え……。一応、私たちの旦那様なんだけど……」
「気にしないミャ。4番目の嫁になってみせるミャ!」
「で、でもユリウスって……ネコヒト族も、女性として愛せるのかしら……」
「さあな。ユリウスは堅いようで節操がないからな、全く脈がないとも言い切れないぞ」
あたしは後ろのみんなと言葉を交わしながら硬い水晶の床を歩いた。
いくらなんでもネコヒト族はないと思う……。
それにどちらかというと、最近のユリウスはマリウスさんとの距離が近い。
わたしは迷いを抱えながらユリウスがくれた筋力でゴーレムを力ずくで砕き、メープルの支援で加速したみんなが鮮やかに小者たちを倒していった。快進撃と言ってもいいくらいの一方的な戦いだった。
「話戻すけどよ、これって一度やっちまえば、もう二度と元の状態には戻れない一方通行の道だよな……。上手く言えねぇんだが……世界中にあの転移門と魔法銃を配備しちまったら、もう誰もそれを手放せなくなるよな……」
「そうだな。だが征服されて滅びるよりマシだ」
計画に全面賛成派のグライオフェンがそう断言しながら、モンスターのコアを大きなロングボウで射抜いた。
「ま、そうだけどよ……」
「あ、ボス部屋だ……。待って、支援魔法のフルコースかけるから……」
この先どうなるかなんてわからない。
わたしたちがタンタルスたちと同じ過ちを繰り返さないように、慎重に見守ってゆくしかない。
ボス部屋の奥には、水晶のように輝く巨大な鎧人形が待っていた。
やっと出てきた倒しがいのある大物に、わたしたちは剣と矢と魔法を向けて、戦いの興奮に身を任せて迷いを打ち消した。
どうしてあの白紙の書は、あたしたちの危険な計画に力を貸してくれたのだろう。
あの書が新型コンデンサーの設計図を描き出さなければ、世界を1つに繋ぐというユリウスの計画は難航することになったと思う。
けれど子供たちの笑顔が脳裏に浮かぶと、迷いが消える。わたしたちの子供たちをタンタルスの魔力牧場送りになんてさせない。
私は敵の水晶の盾を薙ぎ払いで破壊し、前衛みんなで一斉に飛びかかってその巨体を粉砕した。
古い世界を犠牲にしようとも、わたしたちは負けられなかった。
更新が滞ってすみません。
どうにか執筆時間を捻出してゆきます。これからも応援して下さい。




