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・2年目 新たなる時代へ

 夜、眠れなくてシェラハを求めた。

 朝、起きれなくてずっと眠っていた。

 昼、味気ない昼食を食べて、仕事を投げ捨てた。


 夕、やっと気温が落ち着いてきたので、屋根付きの桟橋からオアシスに釣り竿を垂らして、仕事をサボった罪悪感をごまかした。


「お父さん、これあげる。元気出してね……」

「ありがとう。ウルドはやさしい子だな」


「……業者さん、困ってたよ。明日からはちゃんとお仕事してね……」

「そうするよ」


 やさしいウルドを見送って、彼女がくれたナツメヤシをかじった。

 釣果はあまりよくない。ボーッとしているせいだ。


 師匠も俺もあの戦いで心の傷を負った。いや、師匠に限っては理由を付けて飲んだくれているだけなのかもしれないが……。


 とにかく帰って来てから俺たちは元の日常に戻れずにいた。


 だからこうしている。何もしないで過ごしている。

 夜は苦しさをまぎらわせるために妻たちの身体を激しく求め、昼は仕事を投げ捨てて水面ばかりを見ている。


 誰かに会うだけでも今は苦痛だ。

 偽善者は俺と師匠の判断を責め、傷口をえぐってくる。好きでやったんじゃない。


「あはははっ、ママ捕まえたーっ!」

「捕まえたのじゃーっ!」

「あら、じゃあ次はあたしが鬼ね。いーち、にーい……」


 ふと顔を上げれば、シェラハと子供たちが水浴びをしていた。


 いつもだったら美しさに魅了されてしまうのに、今日は全く心が躍らない。彼女の美しい姿を見つめるのが生き甲斐だったのに、心が錆び付いてしまっていた。


 あの戦場は小さな村も含まれていた。

 もしかしたらその村に、逃げ遅れた人々がまだいたかもしれない。だとしたら俺は、それを焼き殺したことになる。


 いやそんなはずない。魔物の襲撃を受けてみんな逃げたはずだ。

 だが、我が家で息を潜めて隠れていた者があそこにいたとしても、それは別におかしくもない……。


 やさしい人たちは誰もが仕方のないことだったと言う。

 高い視点で事実だけを見ればその通りなのだろう。


 だが見捨てられた前線の兵士たちからすれば、あれは大いなる裏切りだ。見捨てられて、援軍になるはずの味方に焼き払われたのだから。


「おい」


 わからない……。

 本当にあの判断は、仕方なかったの一言で済むのだろうか……。


「おい、ふ抜け! こっちを見ろ!」

「……なんだ、マリウスか」


「俺で悪かったな。それより仕事をサボったそうじゃないか」

「だからなんだ?」


「ふんっ、これは思っていたより重傷だな……。おいユリウス、これは俺からのアドバイスだ。いいか? 仕事をしていた方がずっと気がまぎれるぞ」

「それは仕事の種類にもよるな。錬金術の場合、調合中に余計なことばかり考えてしまう」


 マリウスはまだここに居座るつもりのようだ。靴を脱いで桟橋から足を下ろした。

 男のくせにムダ毛の全くない綺麗な足だった。


「状況からして、ああする他になかっただろ。何をウジウジしている」

「理屈じゃない。善悪でもない。やってしまったことの事実が問題なんだ」


「ユリウスは必要なことをしたんだ。あそこまで追い込まれたのは、カーロスの軍備が不足していたのが原因だ、ユリウスのせいじゃない」

「理屈じゃないって言ってるだろ」


「なら目の前の現実を見ろ! ほら、君の愛するシェラハと子供たちだ! いつもいつもあれに鼻の下を伸ばして――幼なじみとしてちょっと情けなくなるくらいだ!」

「お、俺はそんなに鼻の下を伸ばしてなどいないぞ!」


「とにかく見ろ。ほら、あの子たちが魔物に蹂躙されていいのか? 焼き払うことになってもいいのか? お前がこのまま仕事を放棄すれば、経済も労働も滞る。この国はお前のポーションとスタミナポーションが頼りだ」


 絶対にそれは嫌だ。しかし可能性として考えれば、メギドジェムという殲滅手段を持つ以上、大義のために家族を焼き払う未来もある。


「ユリウス、確かにお前は今回多くの人間を殺めた。だがお前の薬はそれ以上の人々を日々救っているんだ。だから働け、それが何よりもの贖罪になる」


 マリウスがこちらの手を取り、包み込むように慰めてくれた。

 休ませるのではなく働くように迫るなんて、いかにもマリウスらしい励まし方だ。


「お前なら同じ失敗を繰り返さない。そうだろ?」

「そこまで思い上がるつもりはない。だが、そうあるべきだな」


 桟橋から立ち上がって俺は美しいオアシスを見渡した。


 裸で子供とじゃれ合うシェラハの姿に、ちょっとムラッとしたりもした。美しい。やはり俺の嫁は美しい。あの美しい人と子供たちを俺は守らないといけない。


「ありがとう、覚悟が決まった」

「覚悟? なんの覚悟だ?」


「俺が何も考えずにただウジウジしていたと思うか? 考えていたんだ、同じ失敗を繰り返さないようにするには、どうすればいいかって」

「答えは出たのか?」


「出た。俺は甘かった」

「まあ確かにな」


 マリウスを見下ろすと、彼はこちらを既に見上げていた。

 黒いくせっ毛の髪と気の強い顔付きは、昔と全く変わらなくて見ていると安心する。


「タンタルスに対抗するためには、タンタルスと同等の力を手に入れなければならない」

「なんだって……?」


「敵が転移門を使ってくるならば、こちらだって転移装置を止めるのではなく、門をもっと使いこなすべきだ」

「ああ、なるほど……その件については俺も同感だ。俺たちは甘かったな。で、これからどうする?」


「世界中の白の棺を回収し、それを同盟国に配備する」


 技術者としてたまらないプランなのだろう。マリウスの口元が嬉しそうに緩んで、すぐに引き締められた。


「それで?」

「その周囲を要塞化し、魔法銃を配備し、完璧な状態で敵を迎え撃つ! 全ての白の棺を利用しつつ、こちらの監視下に置くんだ! そうすれば悲劇は繰り返されない!!」


 叫ぶと桟橋にグラフがやって来た。どうやら迷宮探索の帰りのようだった。


「賛成だ。ボクもそうするべきだと思う。悲劇は繰り返されてはならないんだ」


 グラフは破滅の世界から来た。言わば彼女は悲劇の当事者だ。だから賛成してくれると思っていた。

 一方でマリウスの方は慎重だった。技術者だからこそこれが極めて危険なプランであることがわかっているのだろう。


「ユリウスにしては超過激な発想だな……。ん……なんだあれ?」


 驚くマリウスの指先を追うと、うちの工房から白い光が漏れていた。

 錬金術の調合による一時的は発光ではなく、まるで俺たちを招くかのように光り続けている。


 工房の中に駆け寄ってみると、なんと光っていたのはあの白紙の書だった。


 導かれるようにページを開くと、そこに妙なレシピが追加されていた。『21式コンデンサー』だそうだ。

 以前、転移門の実用化の際に魔力を貯蔵するパーツを作ったが、どうもそれに仕組みが似ているような気がする。


「おお……このコンデンサーがあれば、きっとバッテリーの性能が何倍にもなる!」

「本当か? つまりそれは、君の魔法銃の威力が倍に上がるということか?」


 グラフが半信半疑でそう尋ねた。


「ああ! だがそれだけじゃない、転移門も改良出来る! エネルギー効率が上がれば、より少ない魔力で連続運用が出来るはずだ」


 ならばこれは、俺たちがまさに今必要としている物だ。白紙の書は、転移門の改良に繋がる力を俺たちに提供してくれた。


「……だけどなぜ、この書はこうも都合良く、俺たちをサポートしてくれるんだ? こんなのはあまりに都合が良過ぎるだろ」

「力を貸してくれるんだからいいじゃないか」


 グラフはそう言うけれど、この白紙の書はいつだって気まぐれだ。どういう基準で俺たちを助けてくれるのか、よくわからない。


「さあ、俺たちで今からシャムシエル様を説得に行こう!」

「もちろんボクも同行するよ。ユリウス、一緒に行こう」


 グラフがでかい白紙の書を抱えて、俺たちはその足で市長邸の書斎を訪ねた。



 ・



「過激、あまりに過激ですな……。改革が必要なのは私にもわかりますが……ふぅむ。すみません、少し考えさせて下さい」


 都市長は過激なこの決断に驚くも、その後数日間を慎重に考えた後に、最後は首を縦に振ってくれた。


 侵略が続いている以上、危険とわかっていても俺たちはやつらの力を求めなければならない。そうしなければ、大切な物を失う可能性がある。


 それからこの提案は、同盟国議会の議題に上げられた。

 当然、あまりにも革新的なこの提案に議会が大きく割れることになったが、結局は他に道がないと最後は可決された。


 タンタルスがヒューマンを襲うと証明されたのだ。

 こうなった以上は、俺たちが進めなくともいずれ起きる改革だった。


 俺たちは始める。世界中に転移門を配備し、タンタルスと同等の力を手に入れる。

 世界が大きく変わってしまうだろう。だが蹂躙と隷属の未来よりもずっとマシだ。


 俺たちは白の棺を探し出し、これから世界を一つに繋ぐ。

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