・2年目 全てを焼き払う炎 1/2
「カーロス側にせめて事情を伝えましょう」
「言ってどうする。これからテメェらは死にますよとでも言うのか? 正気じゃねぇ」
「俺たち転移魔法使い最大の役割は伝令です。カーロス側と連携を組んで、最小限の被害に抑えて見せますよ。いつまでもバカ弟子とは言わせません」
師匠は少し考える素振りを見せた。中級魔法で次々と魔物を片付けながらだ。ゴブリンからオーク、巨大なトロールまでなんでも一撃だった。
「はっ、ならやってみるか。多少は寝覚めがマシになるだろうしな……。よし、やるなら行け! カーロス本陣を説得してこい!」
ツワイクの魔導師のトップにいただけあって師匠は決断力が早かった。
「了解です、アルヴィンス師匠」
「こっちは任せとけ、がんばりゃ神様も多少の温情をくれるだろ」
「それはどうでしょうね……」
世界の裏側に潜って、彼方に見える鈍色の軍勢の中に移動した。
ワンクッションを立てて敵陣の真上あたりに飛び、カーロス本陣を見定めるとそこへともう一度飛んだ。
「なっ、何者だ貴様っっ?!」
「敵だっ、将軍をお守りしろっ!!」
戦闘中の本陣にいきなり白いトーガの魔導師が現れたら、刺客だと思うのが妥当だろう。
俺はすぐに膝を突き、敵ではないと将軍と思しき初老の男に頭をたれた。
血迷ったやつが俺の首を落とすかもしれない。だが俺がこれから彼らにすることを思えば、このくらいの賭けではオッズがあまりに小さ過ぎた。
「待て! 彼はシャンバラの救世主ユリウスだ!」
「なんだとっ、本当か、アリ殿!?」
アリの声と名前に驚いて顔を上げると、そこに一般兵の革装備をまとったアリがいた。
隣には将軍と思しき初老の貴族がいる。見るからに強そうなやつだった。
「アリ、なぜお前がここにいる……」
「商談でたまたまこちらに滞在していた」
「それがなぜ戦場に――」
「決まっているだろう、お前を見返すためだ。……それと、無尽蔵に現れる軍勢を相手に、戦わずに逃げるのはまずいと思った」
「アリ……。お前、誰?」
「俺だ! 愚かな元アリ王子だ、どうだ見直したかっ!」
「見直したよ」
静かに笑い返すと、アリのやつは誇らしげに微笑んだ。一歩間違えれば、一応友人と呼べなくもない男を焼き殺すところだった。まったく、運命のいたずらというものは恐ろしい。
「さて将軍、俺はシャンバラのユリウス。シャムシエル都市長の右腕だ。単刀直入に言うが、俺はあの軍勢を焼き払う力を持っている」
「なんと……いや、しかし、むぅ……。錬金術師ユリウスの噂は聞いているが、さすがにそれは信じかねる」
「信じてくれ。これは改良型のメギドジェム、これ1つで半径300mを焼き払える。ただし、現在の戦況でこれを使うと、この軍を巻き添えにしてしまう」
「ユリウスの言っていることは事実だ。ユリウスはあれ1発で、シャンバラを滅亡の危機から救った」
将軍は話を受け止めかねていた。それだけこの力はリスクが大きすぎる。
「噂は聞いている。今日まで半信半疑だったが、アリ殿が言うならば事実なのだろう。むぅ、しかし、この状況では決死隊を選別している余裕もないな……」
「急で申し訳ない。だが、もうこの手しか残っていないと俺は思っている。もう、やるしかない……」
彼はいい将軍だった。最前線の兵たちを捨て駒にするのを迷っていた。
彼は悩み、前線から響き渡る悲鳴に耳を澄ませて、すぐに覚悟を決めてくれた。
「転移魔法使いならば、我が陛下を説得して来てくれないか? このままでは外交問題になろう……」
「妥当なところだ。確かに前線は崩壊寸前だが、後のことを考えれば話だけでも伝えておいた方がいい。シャンバラに属するお前が、カーロス軍ごと敵を焼き払うのだからな……」
王との交渉の予定はなかったが、幸い将軍との交渉が迅速にまとまった。
すぐに行って、すぐに戻れば、戦死者は増えるだろうがまだ間に合うはずだ。
「わかった。ではまたすぐに会おう。……名をうかがっていいか、将軍?」
「ネルティウスだ。さあ急げ」
「了解。すぐに戻る」
足下に亜空間の扉を開き、俺は落ちるように彼らの前から姿を消した。
それから危険を承知で世界の裏側を走った。王都はすぐそこだった。
「カーロス王! 非礼を承知で踏み込ませてもらった! 俺はシャンバラのユリウス・カサエル、急ぎ貴方に伝えたいことがある!」
謁見の間では会議が行われていた。
そのど真ん中に俺は転移した。非礼を非難される覚悟をしていたというのに、彼らの反応は正反対だった。
「シャンバラからの援軍か!」
「陛下、噂によるとユリウス・カエサルといえばシャンバラを救った男ですぞ!」
「ユリウス殿、援軍はいつ到着するのだ!? もう長くはもたないぞ!」
戦場が王都からそう遠くないところからして、狼煙でまずい戦況が伝わっているのだろう。
彼らは俺を救世主のように迎え、中には祈るように両手を組む大げさなお偉いさんもいた。
「英雄ユリウス・カサエル。詳しい話を聞こうか」
「では手短に――」
陛下と重臣たちに現在の戦況と、起死回生の策を伝えた。
これが異世界からの侵略で、メギドジェムで歪みごと吹き飛ばさなければならないことを、手短に。外交を通じてタンタルスの脅威だけは王に伝わっていたので、話は早かった。
「シャンバラの悪夢が此度は我が国で起きるとは……。そのメギドジェムを使えば、本当に倒せるのか? 兵士たちを犠牲にすれば、この悪夢は終わるのか……?」
「見過ごせばより多くの死傷者が出ます。やつらは迷宮とこの世界を接続して、魔物たちを操っている。こちらに裏切ったタンタルス族が言うには、理論上はほぼ無限の兵力らしい」
「なんということだ……」
「ご決断を。急がねば死傷者が増えるばかり、もうやるしかない」
「だが……」
カーロス王は迷っていた。しかし謁見の間に兵士が飛び込んで来て、前線右翼が崩れたと報告を入れると彼の顔付きが変わった。
「やってくれ……。このまま敗北し、民が蹂躙されるよりいい……」
「心中お察しします。それでは――」
カーロス王の説得が済むと、すぐに俺は本陣へ転移した。
次回更新分、短くなります。




