・2年目 罪か、偽善か
失敗。失敗。失敗を繰り返してゆくうちにあれから5ヶ月が過ぎて、ようやく効果1割増しという小さな成功に漕ぎ着けた。
そこでこのささやかな成功を記念して、バザーオアシスのすぐ隣に新しい公園を作ることになった。
「見て見て、パパ! 見たことない花!」
「それはきっとデイジーだ。デイジーは涼しい地方の植物だからな、サンディが見たことなくても当然だ」
「お父さん、これは……?」
「……ランに見えなくもないが、ん……わからん。そういうのは森育ちのグラフの方が詳しいからあっちに聞くといい」
「大変じゃー、父ーっ! 助けてー!」
「お前はお前で何やってるんだ、スクルズ……」
「転んで落としてわらわの周りに生えちゃったのじゃ……っ! 助けてー、助けて、サンディ、ウルドーッ!」
辺りは大騒ぎだった。蒔けば花園を生み出す不思議の種に、この場に集まってくれた誰もが大小の嬌声を上げてはしゃぎ回っていた。
次々と花が芽吹き、砂漠に淡い緑が生まれ、むせかえるように甘い花の香りが立ちこめてゆく。
そんな花園の世界をエルフの子供たちが跳ね回る姿は、今日までの失敗の日々を十二分に労ってくれた。
娘たちがかわいい。だがそれが3人もいると手に余る。今にも蝶々のようにどこかへ飛んでいってしまいそうで、親としては気が気じゃない。
「ユリウス、代わろか……?」
するとちょうどそこにメープルが戻ってきてくれた。
「そうしてくれると助かる……。シェラハとグラフは……?」
「帰った」
「はっ、俺たちを置いてか!?」
「うん、なんかあったみたい……。そうじゃなきゃ、この子たち置いて帰るわけないよ……」
せっかくこんなに花がいっぱいで、子供たちが興奮してはしゃぎ回っているというのに、なんて場の悪い話だろう。
「……都市長に話を聞いてくる」
「ダメ」
「お、おいっ……?!」
「ちょい待ち……ハスハス……」
「人前で人の臭いをあからさまに嗅ぐな!」
転移魔法を使おうとすると、メープルが飛び込むように抱きついてきた。いや、さらによじ登るようにしがみついて、あまつさえ両足を俺の背中に回してきた。
メープルの眼差しはどういうわけか得意げだ。人様の目線なんて全く気にしていなかった。
「あーーっ?! メープルママずるいよーっ!」
「楽しそう! せっかくだからわらわも乗るのじゃ!」
「お、お母さん……っ、みんなの前でそういうの、恥ずかしいよ……っ」
メープル、スクルズ、サンディの3名がしがみつくと、さすがの俺も立っていられなくなって崩れ落ちた。
「まだ事件だって、決まったわけじゃない……」
「痛っ、つねるなっ」
「はぁ……子供たちの前じゃなかったら、もっと際どいこと、言えたのに……」
「言わんでいい……」
「じゃ……」
「んぐっ……?!」
メープルのねっとりとした熱い唇が不意打ちで唇に押し付けられて、荒い鼻息を鳴らす彼女にむさぼられた。
「わっ、わっ、わぁぁぁーーっっ?! お母さん止めてーっ!」
「お、おぉぉぉ……。メープル母上は、やはり……す、すんごい人なのじゃ……」
「あ、あっち行こ! なんかうち、恥ずかしい……!」
子供たちは俺たちを捨てて、花園を広げに砂漠へと飛び出していった。
何をするんだと俺はメープルを引きはがて、睨んだ。
……あまりに情熱的な口付けに、つい我を忘れて全てを受け入れてしまった。
ああ、今さら取り繕ってももう遅い……。
「おい、あれはドン引きしてたぞ……。親のラブシーン見せられて喜ぶ子供なんてそうそういないだろ……」
「ごめん……なんか、ちょっとのつもりが、爆発しちゃった……」
「爆発? 大爆発の間違いだろ」
「ねぇ、ユリウス……もっかい、キスしてもいい……? なんか、お花いっぱいで、ドキドキする……」
「ダメに決まってるだろ……」
「私、2人目が欲しい……。そしたら、あの子たちも、嬉しいと思う……」
「それは……それは、あいつらがもっと大きくなってから考えよう。これ以上増えると俺たちは過労――ん? 誰かこっちに走ってくるぞ……?」
メープルは引きはがしてもピッタリとくっついてくる冬の猫みたいなやつだ。
そんな彼女となんだかんだ仲良くやっていると、そこに皮の軽鎧とローブをまとったシャンバラの軍人が飛び込んで来た。
「大変です、ユリウス様ッ! 急ぎ市長邸にお戻り下さい!」
「何かあったの……?」
「タンタルスですっ、タンタルスとその軍勢が再びこの世界に現れました!! 急がないと手遅れになるとっ、シャムシエル様がっ!!」
結果論でしかないが、メープルが俺を引き留めたのは失敗だったな。
そんな彼女を慰めるために、俺は彼女の唇に自分の物を重ねてすぐに立ち上がった。
「メープル、子供たちを頼む」
「うん……。気を付けてね、ユリウス……」
「こういう時のために今日までじっくりと保険をかけてきたんだ、どうにかするさ。……必ずお前の元に戻るよ」
「帰ったらいっぱい、慰めてね……?」
「そ、それは……今はそんなこと言ってる場合じゃない。じゃあな!」
だいぶ久々に俺は悪空間の扉を開いて、世界の裏側へと身を投じた。
タンタルスは迷宮のどこかとこの世界を繋げて数で押してくる。対応が遅れれば残るのは蹂躙による奴隷化による破滅だけだった。
・
侵略を受けたのはシャンバラ北部にある王国カーロスだった。
シャンバラとは貿易相手で関係は良好。国土の南半分が荒れ地であるため全体は豊かではないが、実りのある北部には多くの人々が暮らしている。
しかしカーロスにエルフはいない。その点だけこれまでとパターンが大きく異なっていた。
なぜシャンバラの転移門に現れずに、隣国カーロスに現れたのか。エルフは狩れないと諦めて標的をヒューマンに変えたのか、あるいは迂回のためか。確証を選るには情報が不足していた。
ただ1つ確かなのは、時間をかければかけるほどにやつらの兵力が無尽蔵に増えてゆくという点だ。
そこで俺と師匠はシャンバラからの援軍がたどり着くまで、先陣を切ることになった。
「おい、シャレんなってねーぞ、コイツは……」
「同感です。これは腹をくくらないといけないでしょうね」
見晴らしのいい高台に飛んでみれば、迷宮の魔物たちが地上にあふれ出していた。
それは黒い群れとなって景色を埋め尽くし、カーロスの軍勢とせめぎ合っている。
戦いはカーロス側の劣勢だ。
無尽蔵に現れる軍勢を相手に平野での野戦が繰り広げられている。
おびただしい戦死者が死体の山を作り、カーロス軍は今にも飲み潰されかけていた。
「バカ弟子、テメェは次元の歪みを探せ。俺はあいつらを援護する」
「了解。破壊次第すぐに合流します」
「見つかるといいんだがな……」
師匠が亜空間に姿を消して、俺も歪みを探しに世界の裏側に潜った。
しばらくすると師匠の残した言葉の意味を理解することになった。
「ないな……」
歪みを見つけ出し、魔物の坩堝を吹き飛ばせば敵の増援を断てる。
「変だ、どこにも歪みがないぞ……」
だがいくら探しても世界の裏側に歪みらしい歪みが観測出来なかった。
そこで俺は師匠の痕跡をたどって彼に事態を報告した。
「落ち着けよ、バカ弟子。プランAが使えなくなっただけだ」
師匠は範囲魔法が得意だ。彼は雷神のように雷の荒らして魔物を消し炭に変えて、戦場に死体の山を積み重ねていた。
「なら今すぐプランBとやらを教えて下さいよ、今は1秒だって惜しい」
「焼き払え」
「師匠がもうやってます。切りがない」
「違う、テメェのメギドジェムを使うんだよ。シャンバラの戦いはあれで片付いただろ」
「ダメです、ここで使えばカーロスの前線部隊を巻き込んで――」
「それも焼き払え」
普段はただの酔っ払いなのに、アルヴィンス師匠は少しの動揺もなく冷たく言い切った。
「……正気ですか?」
「他にねぇ。対応が遅れれば、世界がモンスターだらけになるかもしれねぇぜ。なら、歪みごとアレを吹き飛ばすしかねぇだろ……」
残酷で短絡的で軽蔑すべき判断だと思った。
だがプランCは浮かばなかった。悩めば悩むほどに敵が増え、それにより戦死者が増えてゆく。
「俺が責任を取る。やれ、ユリウス」
虐殺者となるか、偽善を選んでさらなる被害を拡大させるか、俺たちは究極の選択を迫られていた。




