・2年目 幸福と平穏、それと湿った唇 1/2
それからまた数ヶ月の日々が過ぎ去り、ついに子供たちが2歳の誕生日を迎えた。
エルフの2歳はヒューマンで言うところの6歳相当だ。
断片的だった言葉使いが文法の形を取るようになって、それぞれが強い個性を持ち始めた。
「パパ、もう1度! 今のもう1度だけ教えて!」
「イヤだ」
「えーっ、なんでーっ!?」
「あまり教えると、サンディに追い抜かれてしまいそうだ」
サンディは3日で最下級魔法マジックアローを覚えてしまった。
さらには6属性それぞれの魔法を6日間で覚え切り、今は魔力増幅のコツを俺にねだっている。これが出来ないと高威力の魔法を放てない。
「ふふーん、だってうちは天才だもん!」
「思い上がるな。早熟の天才ほど才能に慢心して、将来伸び悩むんだ」
「ふーん……よくわかんない! それよりも強い魔法の使い方教えてよーっ、パパッ!」
「……しょうがないな。だが約束――」
「練習以外では使わない! 誰かを怪我させたらママたちが悲しむ、でしょ!」
サンディは活発なだけあって言葉が上手い。父親の腰に飛び付いて来て、甘える目でこちらを見上げた。
仕方がないので魔力を増幅してみせて、それをサンディの前で砂丘に放った。
魔法の練習は家を少し離れた砂漠でやることが多かった。
「わぁっ、砂が全部凍っちゃった!!」
「一生下級魔法しか使えない魔導師や魔法使いも多いくらいだ。サンディも気長にやるといい」
「ふーん……パパはどれくらいかかったの?」
「俺か? 2ヶ月はかかった気がするな」
「そう、だったら私は1ヶ月で覚えて見せる! 待っててね、パパ!」
「勘弁してくれ……。パパはサンディの才能が怖いよ……」
サンディは攻撃魔法の天才だ。だからこそ頭が痛かった。
師匠もきっと、クソガキだった頃の俺に対してこんな苦労を覚えていたのだろう……。
ギルドの訓練所ではグラフがメープルの子のウルドに弓を。
都市長が回復魔法をグラフの子のスクルズに教えている。どの子も早熟の才能を持っていた。
「えいっっ!! あ、あれぇ……?」
「魔力を使い切ったみたいだな。そろそろオアシスに戻って休もう」
幸いどの子もまだ小さい。魔力や体力にも限界があった。
「わっ?!」
「帰るぞ。お前を成長させすぎるとパパが怒られる。おっと……」
サンディを抱き上げて砂漠から引き返すと、ヤンチャ娘が肩車をしろと人の肩によじ登った。
「てんい魔法? あれで帰ったらいいのに!」
「あれは危ない魔法だからダメだ」
「でもパパ使ってる!」
「まあ、必要に応じてな……」
「危ないのになんで使うの?」
「なんでって……。とんでもなく便利だからか?」
「でも危ないんでしょ?」
「ああ……その通りだ」
純粋なサンディに痛いところを突かれて、もう少し使用頻度を減らそうと決めた。
昔は鉄砲玉みたいな戦い方ができたのに、今は躊躇することがある。
戦士として俺は弱くなった。
それもまた1つの事実だ。俺は死ねないし失踪も出来ない。この子たちが艶やかな美女となるまで見守らなければならなかった。
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「でな、ロッカーだったか棚を開けたら――そこにメープルママがいたんだ。そしてソイツが、不意打ちの睡眠魔法をかけてきてな……」
「あはっ、メープルママらしいねっ」
「ああ。今でこそアイツは自重してるが、サンディたちが生まれる前のメープルママは凄まじかったぞ。何度アレにひっかき回されたことか……」
「でっ、それでそれでっ!?」
木陰に腰掛けてサンディに昔話をした。
聞きたいというので、俺たちの馴れ初め話をすることになった。
「シェラハママとメープルママにシャンバラに誘拐された」
「ゆーかい!?」
「ああ、あれは立派な誘拐だった……。その誘拐犯たちを奥さんにすることになっただなんて、不思議な話だな」
「きっと、ママたちはパパに一目惚れしてたのよ」
それはないと否定したところで女の子は喜ばないだろう。
……むしろ逆で、俺の方がシェラハとメープルという金と銀色の乙女に魅了されていた。
「それでそれで?」
「……そうだな。ママたちの魅力にメロメロにされてしまった俺は、ママたちを自分のサポート役に付けて欲しいと、ジィジに無理なお願いをしたんだよ」
真実を話したらサンディはドン引きする。
大好きなシャムシエルジィジが、母親たちを使って俺を籠絡しようとしただなんて、そんな老獪な事実は知らなくてもいい。
「やっぱり!」
「やっぱりって……どういう意味だ?」
「だってパパ、ママたちが大好きだもん! うち、ママが大好きなパパが好き!」
「そ、そうかもな……」
そう真っ直ぐに指摘されると恥ずかしい。
まだ生まれて2年目だというのにサンディはおませだ。
「あらサンディ、魔法のお勉強はもういいの?」
「あっ、シェラハママ! あのねっ、魔力なくなっちゃったの!」
家から俺たちを見つけたのか、家事をしてくれていたシェラハが木陰にやってきた。
正直、これ以上追求されるとボロが出そうだったので助かった……。
「ふふ……サンディはがんばり屋さんね」
「ママはお買い物?」
「そうよ。2人も一緒に来る?」
「行く!」
「俺はいいや、もう少しここで休みたい」
どの子も才能や個性が強くて手が焼ける。
都市長や師匠、マリウスたちが手伝ってくれなかったら、うちの家庭はもっとギスギスしていたかもしれない。
「そう、わかったわ。行きましょ、サンディ」
「あのねっあのねっ、ママ! さっきね、パパがママのことをね!」
「お、おいっ、その話はシェラハには内緒だ!」
「パパね、ママに一目惚れだったんだって! ママが大好きなんだって!」
「そ、そう……っ、ふふふっ……♪ その話、もっと教えてくれる?」
「さっさと行けお前ら……っ、クソ、話すんじゃなかった……」
フードローブ姿の幸せそうな2人を見送って、俺は予定通り自分の錬金術工房へと入った。
シャンバラの再生。最初は年寄りたちを喜ばせたくて始めたことだったが、いつしかそれは人生の目標となっていた。
俺はこの大地に緑があふれる姿を見てみたい。
だからそのための研究をコツコツと地道に進めていった。
投稿が遅くなってすみません。




