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・1年目 六国同盟

「すまん、本当にすまん……。ツワイク人はこんなやつばっかりじゃないんだ、すまん……」

「ユリウス先生が言っても説得力がありませんよ? しかし……うん、やはりいい……」


 俺が嫁さんたちに謝罪したり、国恥に頭を何度も振っていると、よりにもよってソイツはうちの娘にソロリソロリと不気味な足取りで迫ってきた。

 当然、俺はスクルズを背中の後ろにかばった。


「父、このおじさん、あやしい、のじゃ……!」

「同感。だけど『のじゃ』は止めなさい。そんな言葉使いをしていると、アストライア様みたいになってしまうぞ」


「なりたい!」

「ああなったら終わりだ。それで、会議はいつ(・・・・・)?」


「今日の昼に繰り上げになったそうです。大先生とご一緒するのが楽しみですよ」

「悪いけど俺はそういうのには出ないよ」


「え……なぜです? 貴方はもはや事実上のシャンバラのトップでしょう」

「んなわけあるか。俺はここでコツコツと仕事をして、無理難題を叶えるのが仕事なんだ」


 うるさかったのか、作業テーブルのオド王が寝苦しそうに顔を上げた。

 ツワイクの新王に気付いて、過去の対立もあってか驚いた様子で飛び上がった。


「やあ」

「来ていたのですね、ツワイク王」


「君もね、オド王」


 そのやや険悪な態度に少し安心した。

 前々から頼りないと思っていたが、今ではこの弟分に、かつての敵を睨むくらいの気骨が芽生えているようだ。


「すみません、僕はまだ、ツワイクへのまだわだかまりが解けていないのです」

「わかるよ。じゃあこうしよう、会議が終わったら、噂の巨大エルフ像を一緒に見に行こうか」


 巨大エルフ像……? ま、まさか、それは……。


「なんですか、それ?」

「いずれ世界遺産となる偉大なる芸術ですよ。シャンバラに来たからに、アレを見ずに帰るのは人生の損です」

「待て、待てよ!? まさかそれ、マク湖にあるアレのことを言ってるのかっ!?」


「もちろん!」

「あっ、おば! おば、きた、のじゃ! いらっしゃい、おば、のじゃ!」


 おば、というのはリーンハイムの女王アストライア様のことだ。

 最悪のタイミングで厄介な人が現れてしまった……。


「ぉぉぉぉーっ、会いたかったぞーっ、スクルズちゅわぁーんっっ♪」

「た、たまらない……。ああ、どんなに君に会いたかったことか……っ、なんて可憐なレディなんだ……っ」


 もう1人のグラフ、グライオフェンも一緒だ。

 彼女たちは人の目すら忘れてスクルズに飛びついて、ちっちゃなお姫様に世にも情けない顔を公人の前にさらけ出した。


「紹介しにくいんだが……こちら、リーンハイムの女王アストライア陛下だ。で、こちらがオド王で、ごつい方が新しいツワイク王だ」

「うむ、それでさっきの話じゃが、ワシも行くぞ。美しきエルフ像を眺めながら親睦を深めるとしよう」


 いや、いやいや……なぜそうなる……。

 女王陛下は諸王には目もくれず、スクルズばかりを溺愛していた。


「ぜひご一緒しましょう。いやぁ、エルフっていうのは本当に素晴らしいですね」

「えと……これって……ぼ、僕も行かなきゃいけない流れなのでしょうか……」


 たぶんな……。

 しかしその話はさておいて、彼らがこのシャンバラに一同に会したのはもちろんただの偶然ではない。


 これから彼らは首脳会談を行い、そこで六国同盟の締結を目指す。全てはあのタンタルスに対抗するためだ。

 エルフが刈り尽くされたら、その次はヒューマンがやつらに狩られることになる。これはもうエルフだけの問題ではなかった。


 タンタルスの脅威を説明し直して、より強い結束で経済、軍事的に各国を結び付けるのが今回の目的だ。

 本来ならばこちらの世界の者が一丸となって対抗しなければならないが、俺たちを信じて味方となってくれる勢力となると、現在は彼らだけだ。


 俺たちと関係の薄い者たちからすれば、これはまだ絵空事で、現実的にはこの6国で異世界からの侵略に対処するしかなかった。



 ・



 まだ仮決定ではあるが、先ほど六国同盟が無事に結成された。

 初日の会談が終わった頃にはもう夕方前で、俺たちはラクダ車を揺られてあのマク湖を訪れることになった。


 美しいエルフの美姫、始祖ゾーナ・カーナ・テネスに瓜二つのシェラハ像。そしてそれに魅了されるユリウス像という悪魔の想像力による産物に、俺は青ざめながら羞恥に震えた。


 その像が描き出す光景が、まぎれもない真実だったからだ……。


「ふんっ……君は見た目に以上にスケベなやつだな」


 グライオフェンは冷たい目で俺を見て、吐き捨てるようにそう言った。


「ご覧になられましたか、アストライア様! この造形美を!」

「うむ、なんという神業じゃ……。我が国にも1つ欲しいのぅ……ユリウスは要らんが」


「ええ、大先生は必要ありませんね」

「ふっ、気が合うではないか」


「それはこちらの言葉ですよ、アストライア様!」


 ツワイク王とリーンハイム女王はまるで友人であるかのように語り合いながら、シェラハ像の美しさを絶賛していた。

 これだけ美しければ、夢中になる気持ちもわかると、わかったようなことを言われた……。


「ユリウスお兄ちゃんは、本当にシェラハさんを愛しているんですね」

「あ、ああ……まあな」


 オド王はさっきから俺の手を離してくれない。

 俺は彼にとって、失われた肉親の代わりようなものなのだろう。手を握り替えすと、嬉しそうに笑い返してくれた。


「僕、国に帰りたくないです……」

「んなことになったら俺があの女官さんに殺される。またいつでもきてくれ、歓迎する」


 彼はオドでたった1人の王族だ。役目を果たさなければならなかった。


「シェラハ、母さま、綺麗……。父、なぜいる?」

「さ、さあな……」


 スクルズは像の意味をよくわかっていなかった。


「笑える……」

「笑えねーよ……こんなの公開処刑じゃねーか……」


「それが笑える……」

「お前な……」


「私は、姉さんが大好きな、ユリウスが大好き……。もっともっと、多くの人に、このことを知ってもらいたい……。ユリウスが、姉さんに夢中で、いつだって崇拝しているんだって……」

「子供の前だ……これ以上は勘弁してくれ……」


 六国同盟が締結され、シャンバラに同盟議会が設立された。

 俺たちはタンタルスからの侵略に対抗する力を蓄えながら、少しずつ砂漠に緑を蘇らせてゆく。


 そしてその果てに、まさかの転機が待っているとはまだ露さえ知らずに、この年に出来ることを必死にこなして生きていった。

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